第323話 マドカ・カツラギ
ダンジーさんと出会ってから数日たった。
湖の調査のせいで真珠とりは難航していたんだけど、ダンジーさんが仲間の魔獣たちに声をかけて、かなりの数を集めてくれた。
「わしらではこの程度しかお礼はできぬが、よろしく頼む」
エマ様のアクセサリー用だけでなく、他にもたっぷり使えそうなぐらいある。
湖の貝を全部殺してしまったのか心配になって聞くと、なんと威圧すれば貝の方が吐き出すらしい。
威圧ってそんな風にも使えるのね。
威圧スキルはドラゴ君が出来るので習得しようとしたけど、残念ながら私にはつかなかった。
きっと清廉スキルのせいで、取得を阻害されてるんだろう。
清廉な人が他人を威圧なんかしないもの。
その日の夜、降りしきる雨の中とうとう母さんが戻ってきた。
「母さん、おかえりなさい」
「ああエリー、ただいま。ちょっと待ってね」
母さんはドライとクリーンの魔法をかけてから、私のことを抱きしめた。
「クリーンの魔石、調子はどう?」
「とても役にたったわ。
他の冒険者にどこで買ったのか聞かれるぐらい評判がいいのよ。
威力も弱まらないしね」
母さんは風の魔法は使えるが、水の魔法は使えないので、私が魔石にクリーンの魔法を付与して使ってもらったのだ。
単機能だけれど、体の洗えない旅行には必需品だ。
今回の仕事は王都までの護衛だったけど、母さんは王都には行かない方がいいから、セードンまでにしてもらうことで安い賃金で請け負った。
だからAランク冒険者は母さんだけで、他はみんなCランクばかりだったらしい。
でも途中でかなり山賊が襲ってきて、Cランクじゃ危ないところを母さんが全部仕留めて、大変な尊敬を受けたらしい。
それでみんな母さんに注目したそうだ。
なんか姉御とか言ってくる人もいたみたい。
まとわりついてパーティーを組もうと誘ってくるから、母さんはソロしかしないって突っぱねたそうだ。
ちなみに母さんはクリーンの魔石の出どころを私とは言わず、セードンの市場で適当に買った掘り出し物と言ったらしい。
魔石のことで私にもまとわりついてくる可能性もあるものね。
「慕ってくれるのだけならともかく、ずっと側にいるからちょっと疲れたわ」
「そうなの? ちょっと待ってて、すぐベッドと寝巻を用意してくるから」
「そこまで疲れてないわよ。
あ~、トールのパンの匂いだ。エリーのシチューも。
この匂いをかぐと家に帰ってきたって感じるわ。早くご飯が食べたいな」
「じゃ座って待ってて、すぐ用意するよ」
私がシチューを温めなおしていると、母さんがルシィを抱きしめていた。
ルシィが母さんのお胸にすりすりしてた。
いや、お胸のことにこだわるのはよそう。
ミランダがルシィを叱ってから、おいでと言われるまでは他の人のお胸に張り付かなくなったのだ。
なぜか私のお胸が大きくなると死んでしまうと誤解しているようで、
(かーたま、しなないで! おむねなくていいでちゅ)と大泣きされてしまった。
いや胸が大きくなったぐらいじゃ死にません。
それにしてもミラ、いったいどんな話をしたの?
父さんが店を閉めて手伝いの子どもたちが帰って行ったのを確認してから、母さんは話し始めた。
「実は向こうで新しい聖女様が見つかったのよ。
異世界から来たらしいわ。勇者ユーダイ様と一緒ね」
やっぱり!
「ギルドから指名依頼で、聖女様に冒険者のノウハウを教えるように言われたの。
私はマナーも完璧だし、侍女兼お目付け役として支えてくれって言われたのよね」
「マリア、それは危なかったんじゃないのか?」
父さんの心配はもっともだ。
「うん。聖女認定で王都の教会の偉いお方も来たし、王族も来るって話だった。
やらなくてすんだけど」
「どうして? 他の人がやりたいって言ったの?」
「聖女様が私のことが気に入らなかったみたい。
おばさんなんかに教えられるのが嫌なんだって。こっちは助かったからいいけど」
おばさんって母さんは32歳だけど、すごく若く見えるのに……。
「でもその聖女様がちょっと……我儘な方だったみたい。
侍女についた子をしょっちゅう辞めさせるの。
だからこっちにお鉢が回ってこないうちに戻ってきたの」
「うわぁ……地雷女だったんだ」
モカがつぶやく。
地雷とは少しでも踏むと爆発する武器のことで、ちょっとしたことで怒るややこしい人をさすんだって。
「でも聖女様の力は本物よ。私は一番初めのダンジョン攻略だけ付き合ったの。
もう根こそぎ魔獣を倒してたわ。
向こうのギルマスがダンジョンコアだけは壊さないでくれとすごく頼み込んでた」
どうもダンジーさんから聞いていた通り人みたい。
「それで聖女様は手加減してくれるようになったの?」
「いいえ、私は神の使いなんだから、それで壊れるなら神様の意思でしょって全然聞いてくれなかった。
海や山にいる大人しい魔獣もガンガン殺して、本当にこの人が聖女なのかとみんなが怯えるくらいだったわ」
「海にいるセルキーたちは? 無事なの?」
「私がいたころはね。
一応ギルマスがセルキーたちとは長年共生関係にあって、親しくしていることを伝てたわ。
でも『そんなこと知ったことじゃないわよ。アイツらはポイントが高いから、レベルアップしやすいのに』って叫んだの。何を言ってるんだって思ったわ」
ポイント、レベルアップ……ゲーム用語かな?
モカを見るとそうだと頷いていた。
「『あいササ』にそんなポイントでレベルアップなんてなかったけどなぁ」
「でもセルキーの王様の人化した姿がお姿がとても美しくて、一応表面上は仲良くすることにしたみたい。
王様のことをひどく馬鹿にするような発言をして、お付きのセルキーたちはみんな腹を立てていたけど」
「どんなことを言ったの?」
「『所詮魔獣だから、セレスの足元にも及ばないわね。
見られないこともないからわたしに仕えてもいいわよ』」
絶句しかない。どうして友好的な相手にそんな無礼な態度をとるのかしら?
「それでどうなったの?」
「セルキーの王様の方が一枚上手で、
『あなたのような尊く美しい方に私のような下賤な存在はふさわしくありません。
どうぞわれらをお見逃しいただけますようお願い申し上げます』だって。
下手に出て見せてるけど、しっかり仕えることは断ってたわね」
「マリアさん、その子美人だったの?」
「美人というか、可愛らしい感じかな。エリーの方がずっと美人よ」
「この似顔絵に似てる?」
モカがお得意の絵を描いて見せた。
「そっくりよ! モカは絵がうまいのね。間違いなくマドカ・カツラギだわ」
決まりだ、つまり彼女は乙女ゲームのヒロインなんだ。
「年齢は? 私よりも年上?」
「いいえ12歳ぐらいよ。そのことでもよく怒ってたわ。
『なんでわたしがこんなにガキなのよ』って」
つまり乙女ゲームの人たちと同じ年齢ってことね。
それから母さんの相談したことは、ルエルトの方面は当分荒れるしややこしいから、南の方から国外脱出することを検討することになった。
南はヴァルティス王国の中ならばいいのだけれど、そこから山を越えると砂漠が続いて昼暑く、夜は凍えるという気候になるという。
北なら海路が使えたのに残念だ。
母さんはともかく、父さんに南の砂漠超えは大丈夫だろうか?
ううん、それを私の魔道具で補強すればいいんだ。
事情は変わったけど、今は母さんが無事なことを喜ぼう。
ヴェルシア様、ありがとうございます。
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