第318話 モカ、お留守番する2


 この別館の生活は結構規則正しい。

 みんなで夕食を取ったら、あたしとエマはお風呂に入れられて寝かしつけられる。

 お風呂の時の世話や着替えなんかはパペットメイドがしてくれるんだけど、湯冷めしないようすぐにベッドに入れられる。



 そしたら、いるときは必ずリカルドがやってくる。

 子守歌を歌ってくれたり、小さなお話をしてくれたり。それが毎回とっても素敵なのだ。

 実はミラもモリーもルシィも、その子守唄やお話を結構楽しみにしている。

 ドラゴ君はいつもエリーにくっついて帰ってしまうのでこのことは知らない。



 リカルドって本当に優しくて、とってもマメなんだ。

 乙女ゲームでは妹が殺されてしまったせいで、冷酷だったけど、今のリカルドはその正反対だ

 前世ではその冷酷さにぞくぞくしたけど、本当にそういう人の側にいたら怖くて仕方ないよね。

 あたしは今のリカルドの方が好き。


 少なくともエマのことを可愛がっているのは本当だもの。

 可愛がっているふりをして甘やかす親もいるけどそういうことはなく、エマやあたしたちがいたずらしたら、ちゃんと怒られる。

 怒鳴ったりしない、どうして悪いのか諭される感じ。

 エマはリカルドに静かに怒られる方が心に響くみたい。

 そういえばエリーもそういう感じ。諭す系だ。



 2人は結構似ているところがある。

 一番感じるのはこれから行われるトントンだ。

「おにいちゃま、とんとんちて」

「いいよ、エマ」


 リカルドが布団越しにトントンと優しくたたくと、エマはすーっと眠りについてしまうのだ。

 これと同じことをエリーもよくしてくれる。

 鎮静の効果がある闇系の魔法か、スキルなのかな。

 ドラゴ君に聞いたら、

「そんなトントンスキルなんてないよ。どちらかといえば、愛情の魔法だね」

 ついでにこんなことも言ってた。


「そのトントンは保育スキルから派生してるんじゃないかな。

 エリーも保育スキルあるし」

「ドラゴ君は鑑定できるんでしょ? 見えないの?」

「うーん、魔獣と人間の鑑定はちょっと違うんだ。それにあいつは特に見づらい」

「そうなんだ」

「加護の効果かもしれないけど……、とにかく油断できないヤツ」


 逆にミラは前にリカルドのせいでエリーがいじめられていたから好きじゃなかったけど、今ではちょっと認めているみたい。

(おにーさまとしてはわるくないの)、だって。



 このトントンはあたしたちにも眠ってなかったらしてくれるんだけど、されると朝まで眠っちゃうので寝たふりをする。

 リカルドはエマを寝かしつけたら、サミーと二人で残っている仕事を片付けるから。

 そしてその時こそあたしが一番したいのぞ……ゲフンゲフン、見守りたいところなのだ。



 そして今日も見事なトントンでエマを眠らせたリカルドは寝室から出て行った。

 すぐに追いかけたいけど、あたしが起きてるのがバレたら眠らされちゃうのでしばらく我慢。

 この待ち時間に眠っちゃうこともあるので、注意なのだ。

 だってクマって眠るのが大好きなんだもん。



 周りがシーンと静かになった。

 パペットメイドはもう動かしてないみたい。

 あたしはそーっとドアをちょっとだけ開けてできるだけ音を立てずにリカルドの執務室へ行く。

 もちろんドアは閉まっている。

 でも鍵穴から覗けるんだ。かすかな穴でもしっかり見える。

 これが出来るのはスキルのおかげ。



 あたしにはカップリングというスキルがあってしばらく謎だった。

 普通だったらカップルをくっつけるスキルだと思うでしょ。

 でも実は好きなカップルを見ると、あたしにバフがかかるというものだったんだ。

 しかも推しの情報を得るためなら感覚が明敏になるのだ。


 クランにお気に入りのカプがいて、その子たちを見ると妙に力が漲るみなぎなぁ、癒しかなって思ってたら、ドラゴ君がちょっと嫌そうに教えてくれたの。

 エリーが「いったい何を見てそうなるの?」と質問されたので答えようとしたら、ミラに飛び蹴り食らって言えなかった。

 ミラは羽の装備のおかげで最近空中戦が上手いんだよ。



 エリーにあたしにも飛びたいから羽の装備欲しいって言ったら、

「モカは羽っぽくないんだよね」

 じゃあ、何っぽいの? 

「空をとべるやつ、考えておくね」

 そういって魔獣図鑑を読み込んでいた。

 また着ぐるみを作るのに違いない。

 マジで着ぐるみマスターの称号がつきそうだわ。



「サミー、私のことはいいから先に休んでくれ」

「いえ、リカルド様。俺はまだ眠くありませんから」

「じゃあ少し休憩しようか」


 そういって二人はソファに座る。

 残念ながら隣同士ではなく、向いあってだ。

 まあいい、よく見えるから。



 ローテーブルにはエリーがエマのために書いた絵本が乗っていた。

「これはエリー君が書いたものだ。なかなか興味深い」

「そういいますと?」

「この国では聞いたことのないような物語が多い。

 うらしまエリー、にんセルキー王子、モリーの赤い靴、白雪ミランダなどだ」

「どんな話なのですか?」

「エリー君が海の中のリューグウキャッスルにいったり、胸の大きいお姫様を果敢に助けるルシィ君、ダンスの好きなモリーくんに、かわいくてモテモテのミランダ姫の話だ。全部エマも出てくるよ」


 それあたしがエリーに話した童話と全然違うじゃない!

 どうしてそうなる?



「それは聞いたこともないですね」

「気になるのが、エリー君がその中でやたら働いていることだ」

「トールセンらしいですね」

「みんなにウルウルした目で頼まれると断れないらしい」

「実際そうですよね。過労が心配ですね」

「そうだな、王族がみんな王都から離れたから、もう少し休めるように調整しよう。あのクソ親父、もう少し働けばいいのに」

「リカルド様、申し訳ございません」



「サミーが謝る必要はない。

 そうだ、これなんかもっとすごいぞ。マッチ売りのモカ」

「まっち? 何でしょうか?」

「使い捨ての火をつける魔道具らしい。作り方が書いてあった。

 魔石の粉を木の棒にくっつけて特別な紙の箱で擦り付けると火がつくんだ」

「それなら普通に火をつける付与をした魔石の方がいいのでは?」


「問題はそこではない。そのマッチは火をつけたものに幻覚を見せるんだ。

 そのものが望んだ幻覚をな」

「そ、それは!」

「そんなものが流通して見ろ。みんなマッチ中毒になるぞ。

 その効能をみんなが知らないため、モカは売れずに飢え死にしそうになるんだ」

「恐ろしい話ですね」

「結局モカは肉屋と八百屋のきれいな男の子を見て、生きたい! と思い、マッチを捨てて森で狩りをして肉屋に獲物を売りに行く話で終わる」


「飢え死にしないんですね」

「ああ、マッチなどに頼らず雄々しく自分の力で道を切り開くという教訓ものだ」

「よかったです。飢え死にしなくて」

 サミーったら、やたら飢え死ににこだわるのね。

 たしかに嫌だけどさ。



「だがエリー君なら、このマッチを作れそうなのが恐ろしいな」

「そうですね、幻覚を見せるにはいろいろ素材ありますし」

「だが本人の望む幻覚だ。魔法陣の方が適している。

 そして彼女は魔法陣も得意中の得意だ」

「……危険ですね」


「本人に絶対に作らないように念を押しておいた。

 今のところは他にはないが、エリー君の描いた絵本はこの別館から持ち出さないようにしてくれ」

「かしこまりました」


 ヤダ、なんか大ごとになっちゃった。

 マッチ売りの少女なんか向こうではメジャーな童話なのに。

 それにしてもエリーったら、あたしがきれいな男の子たちを見て元気になるなんて、わかってるわね。



「君の弟には私からよい絵本を贈ろう。エリー君と約束していたのだろう?」

「そんな……、リカルド様には十分すぎるほどいただいております」

「気にするな。リディアは私の乳母でもある。君の弟ならば私の兄弟同然だ」

「もったいないお言葉です」


 それにしても何であの感動的な話がそんな風になるの?

 エリーってお話を作るのがうまいのか下手なのかよくわかんない。



「リカルド様、実は俺ちょっと悩んでいて」

 サミーの悩み⁉ 聞きたい‼


「トールセンと踊るのはいいんですが、うまくリードできるか心配なんです」

「サミーは高度なテクニックはないがちゃんと踊れているよ。心配いらない」

「その、あまりに小柄なので心配なんです」

「ハハハ、人間は案外丈夫だよ。ダンスを踊ったくらいで壊れたりしないさ」

「そういうんじゃないんです……」


「ふむ、サミーの言いたいことはわかった。

 エリー君の立ち位置が近すぎてちょっと恥ずかしいんだろ」

「そうなんです! リカルド様もそう感じておられるんですか?」


「いや、全然」

「そうですか……」

「あれは仕方がないんだ。

 身長は踵の高い靴で調整できるけれど、腕の長さは伸ばせないのだから。

 だからどうしても他の女性よりも近い位置になってしまう」

「そうですね……」

「大丈夫だよ。ヴェルディに振り回されるように踊っても、エリー君はいつも優雅に踊れるのだから。

 みんなで並んで踊るときは、ちょっと苦労してるようだが、うまく体を動かしてカバーしてるし」



 ああ、それあたし相談受けたんだった。

 みんなと同じ位置に並ぶと、背が低いから相手の元にたどり着くタイミングがすこし遅れてしまう。

 でも先に早く動いたり、少し前に出ると、線を乱すので美しくない。

 それで優雅に見えるけど最大の足幅で踏み出して、相手の元に行くように練習したのだ。



 エリーはなんでもすぐ習得するスキルがあるけど、努力して初めて実るタイプのスキルだ。

 だから見たこともあるし、すぐに出来そうなのに剣術はほとんどできないという。

 やらないの? って聞いたら、背が低いからリーチが短いし、身体強化は相手もしているから、打ち合いで負けてしまうという。


「マスターに剣豪のスキルがあるんだけど、いくら見せてもらっても私には剣豪のスキルはつかなかくて。

 結局一番低い剣術スキルしかつかなかったの。

 マスターはすごい鑑定ができて、私のスキルがわかるのよ。

 それを育てる努力をしなくちゃいけないから、今使っている短剣や槍や弓を頑張った方がいいと思うの」

 それ、鑑定じゃなくて……魔眼だから。



 エリー曰く、スキルは使わないと衰えるんだって。

 出来なくはないんだけど、前と同じ調子ではないらしい。

 やっているうちに勘を取り戻すけど、出来るだけ衰えさせたくないらしい。

 なんていうかフィギュアスケートと一緒だね。


「ダンスが心配なら、練習に付き合おうか?」

 あっ、リカルドたちが立った。

 今からダンスするの? ワクワクじゅるり。



 そう思ったとたん、ドアノブがぐるりと回って、あたしはリカルドに捕獲されていた。

「夜眠らない悪い子には、どんなお仕置きが必要かな?」


 リカルドはあたしに向かって微笑んだけど。

 わーん、これ笑ってるけど怒ってるときの笑顔だ。ヤバいやつ!



「だがモカ君は今回1匹でエマの元でお留守番してくれているからね。

 今日のところは大目に見てあげよう。

 でも覗きはよくないね。

 エリー君にモカが覗いたら怒っていいって許可も得てあるんだ」


 なんと! エリー! これぐらい許してよ~。

 転生してよかったことって、最推しを間近で見られることぐらいじゃん。

 みんなに会えたのも良かったけどさ。



「とにかくもう寝ようね」

 リカルドは私をしっかり抱いて、背中をトントン叩いた。

 ヤダー、トントンスキル発動。いつもより強力だ!

 もう無理、起きてらんな……い。

 おやす……zzz。


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にんセルキー王子の元ネタは、人魚姫です。


今回長くてすみません。切って2回に分けるほどの話じゃないんです。

ただ、ちょっと補足説明したいなと思っていることをモカ目線で入れております。

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