第311話 ドレスの計画

 

 クライン家別館で夕食を取った後、エマ様は水泳で疲れてしまったのかすぐ眠ってしまわれた。

 明日は教会へ行くので誰を残そうか考えていたら、モカが立候補してくれたのでお願いすることにした。

「明日も来るからよろしくね」

「大丈夫、任せといて」


 モカがポンと胸を叩いていたが、やたら鼻息が荒い。

 頼むからクライン様やダイナー様の寝室をのぞいたりしないでね。

 心配です‼


 私の気持ちが伝わったのか、モリーがモカの頭に飛び乗って、治癒魔法を連発していた。

「だから腐ってるってそういうんじゃないってば!」

 いつものやりとりにほんわかしたが、結局ドラゴ君がモリーに頼んで一緒に残ってもらうことになった。



 ルシィをカバンに入れながらドラゴ君が聞いてきた。

「エリー、ミラもぼくのカバンに入れようか?」

「ううん、久しぶりだから抱っこして帰るよ」

 ミランダがいいの? って目をして私の顔を覗き込んできた。

 もちろんいいに決まっている。

 私が抱き上げたミランダの頭をドラゴ君がそっと撫でた。


「ミラはエリーにそっくりで頑張り屋さんだから、うんと甘えるといい」

「頑張らなくてもミラは私の大事な子どもだから甘えていいんだよ。

 なかなか一緒にいれなくてごめんね」

(ミラ おかーさんの やくに たてて うれしいの

 いっしょに いるだけでいいの)

 そう心話で伝えると、私の腕の中で丸くなった。



 クランハウスに戻るとすぐに裁縫室に行った。

 夕食後なので誰もいない。

 この時間を選んだのはハルマさんから注文のあったシンディーさんの花嫁衣裳の生地を取りに行くためともう一つ。

 私のドレスの生地を一人で選ぶためだ。


 ビアンカさんやお姉さま方に私がドレスを作るなんて言ったら、どうなるかわからないからだ。

 ただでさえ裁縫室の皆さんは着せ替えが大好きなのに、本当にドレスがいるなんて言ったら、とんでもなく手間と技術の粋を集めた豪奢なドレスを作ってしまうかもしれない

 そうならないために細心の注意が必要なのだ。。


 

 裁縫室に入ると、きれいに整頓され作業台の上には何もない。

 床もきれいに掃き清められ、糸くずひとつない。

 あるのはトルソーに着せた作業中のドレスくらいだ。

 みんな自分の作業のきりのいいところまでやっておき、形を崩さずにしまえる大きな箱にいれてしまう。


 これはビアンカさんが決めたルールで、雑然とした部屋の中では気が散って新しいものが生まれないからだそうだ。

 それに朝一番に急ぎの仕事が入ったときも片付いていればすぐにその仕事に取り掛かれる。

 とても気持ちのよく仕事ができる裁縫室だ。



 ここには作業中のドレス以外にたくさんの生地のストックもしまってある。

 そこには鍵がかかっているのだが、私は1級裁縫師だからその鍵を渡してもらっていた。

 私が見るのはドレスを作るときにできたあまり布を入れておくところだ。

 なぜあまり布で作るかというと、まっさらの生地は在庫として台帳に載っているので使ったら使用理由を書かないといけないからだ。

 理由を知られたら豪奢なドレスルートまっしぐらだ。



 平民が服を仕立てるときは必要量を裁断して買うが、ドレスの場合はデザインにもよるが大量に布が必要なので反物買いが基本だ。

 お金持ちの貴婦人なら他の女性と被らないように同じ生地の反物をすべて買い占めることもある。

 だからあまり布といっても体の小さな私には十分素敵なドレスが作れるのだ。

 もちろん、そのままは使えないので染めて刺繍を入れれば雰囲気が変わって誰も分からない。


 あまり布を入れてある棚をみると手前は夏の生地が多いけれど、奥の方に秋向きの生地があった。

 縦じまの織り柄が入っている白っぽい柔らかな生地だ。

 たまに家紋を織り込んだ生地があるがこれなら大丈夫だろう。


 ダイナー様はクライン家の騎士団の制服を着るとおっしゃっていた。

 制服は白地に金の意匠なので余程奇抜な色でない限り合わせやすいはずだ。

 逆にあまり揃った感じにしない方がいい。

 私の考える設定としては哀れな平民の同僚にダイナー様が同情して一緒に踊ることになったという感じにしたい。

 私の目の色に合わせた青緑色に染めて、少しだけレースの飾りと刺繍を入れるつもりだ。



 あまり布で作ったものは一応お金はいらないことになっているけど、皆さんがおやつを買うためのお金を入れている箱に代金を入れた。

 母さんのマジックバッグにあまり布とシンディーさんのドレスの生地を入れて出ていこうと明かりを消したその時、突然裁縫室の窓が開いた。

 吹き込む風にひるがえるカーテンの方を振り返ると月明かりの下でビアンカさんが腕組をしてにっこりと笑って立っていた。


「フフフ、エリーちゃん、何してたの? こんな遅くに」

「あ、あのッ……、シンディーさんのドレス用の生地を取りに来ました」

 嘘は言っていない。決して言ってない。


「アタシのお客様にエリーちゃんと同い年の娘さんがいる奥様がいるの。

 その奥様がネ、エヴァンズの2年生なのに急遽ダンスパーティーに全員参加するから娘のドレスがいるって言うのヨ」

 私の体から冷や汗が止まらなくなった。


「それでね、エリーちゃんは絶対アタシに内緒でドレスを作るのにちがいないと思って見張ってたワケ」

 大正解です。大正解過ぎます!



「モウ、水臭いんダカラ! 

 バカンスシーズンの依頼も終わったし、アタシが渾身の力を込めたドレスを作ってア・ゲ・ル♡」

 無理です。これは絶対に断れないやつ!


「ずーっと作りたくもないドレスばっかりでストレス溜まってたのヨ。

 エリーちゃんは最高にカワイイから最上級のドレス作るワネ」

「あのっ! ビアンカさん。

 ダイナー様と踊るんですけど、私は平民なので地味することになってるんです。

 だから作るならできるだけ地味に」


「ハイハイ、最高にシックでぴったりのドレス作るワネ」

 違う、なんかニュアンス違う!

「高価なドレスはダメです。平民です。平民が着ておかしくないやつで!」



 ビアンカさんは全然私の話を聞いてくれなかった。

 最上級の生地の入っている棚を開けて、「エリーちゃんのドレス⤴」なんて鼻歌を歌いながら生地を選び始めたのだ。

「そんな高価な生地に払うお金はありません!」

「アタシの愉しみだから、アタシのおごりヨォ。安心してネ♡」



 落胆のあまり崩れ落ちるように床に座り込んでいると、裁縫室の外で待っていてくれたドラゴ君とミランダが側に来てくれた。

「エリー、諦めなよ。

 あの状態のビアンカを止めるなんて、いくら命があっても足りないよ」


(ミラ ビアンカさまに さんせーなの。

 おかーさんは せかいいち かわいくて やさしくて きれーなの。

 すてきな ドレス 着てほしーの)

「ほら、エリー立って。ミラのお願い聞いてあげなよ」



 ドラゴ君の言う通り、ビアンカさんはもう止まらないし、ミランダがそう思ってくれるのは嬉しい。

 でも世界一はないよ。

 ミラったら、子の欲目ね。


 学校行事で大人は先生方しか参加しないし、ちょっと身分に不釣り合いなドレスになりそうだけど、ビアンカさんはシックにしてくれるって言ったし。

 1曲踊ってサッと帰れば大丈夫だ。



 そう自分に言い聞かせながらも、思わずヴェルシア様にできるだけ地味になるようお願いしそうになった。

 ヴェルシア様、申しわけありません。


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 生地の巻いた物をなんていうのか調べたら、反物でいいんですね。

 着物用語のようなのですが、もうすでに洋風の世界にはない言葉を使っていそうな気がするのでお許しください。

 

 例えば『あいづちをうつ』なんか使ったと思います。

 これ刀鍛冶が、刀を師と弟子で交互に打つことから来てるそうですよ。



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