第310話 警告


 学院祭とは、王立魔法学院で行われる学院あげてのお祭りである。

 学科ごとに研究成果を展示発表をしたり、騎士学部と魔法士学部で模擬戦を行ったり、家政学部が行う飲食店があったり様々だ。


 でも一番のメインイベントは貴族学部(というのは通称なんだけど)の行うダンスパーティーである。

 つまり婚活と就活(ハルマ用語です)の機会ってことだ。


 家を継ぐ長男と次男以下の子息の年齢が近かったら、長男を学院に、次男以下の子息をエヴァンズに入れることがある。

 ヴェルディ伯爵令息がその例だ。


 彼の兄は3つ上で今学院の最高学年にいるが、ヴェルディ様の方が魔力量が多いらしい。

 それでヴェルディ様の方がふさわしいという声もあるそうだが、後継ぎはあくまでも兄の方だと示すために、学歴に差をつけたのだ。

 確かにヴェルディ様が学院にいたら、エドワード殿下の側近候補となるだろう。

 もし兄が年の近いシリウス殿下の側近候補だったとしたら、大きな問題だ。


 シリウス殿下は亡くなられた前王妃の御子様だ。

 エドワード殿下、ディアーナ殿下の2歳年上で王位継承を争っている。

 もしエドワード殿下が王位に就けば、ヴェルディ様が力を持ってしまうからだ。



 エヴァンズに来ている貴族令息の皆様はそういう方が多い。

 でもそういう家を継がない子息方もそれなりに需要がある。

 家を継ぐ子どもが女性しかいない場合、婿として次男以下の方々をお迎えしたいからだ。

 そのため学院祭のダンスパーティーは、派閥や身分を超えて出会えるのでとても重要な出会いの場なのだ。



 就職の方も同じだ。

 後継ぎとなる子息や息女が学院にいらっしゃるので、この学院祭は顔つなぎの場となる。

 優秀な生徒は先生方が紹介して売り込んでくださるのだ。

 アシュリーはもしかしたら今度の学院祭でどこかの騎士団につながりができるかもしれない。

 美男子で成績優秀なアシュリーなら、きっといいところに行けるに違いない。



 実はクライン様もお兄様と差をつけるためにこちらに来たといってたけど、嘘だと思う。

 私はあの方が殿下方のお世話をしたくなくてこちらに来たと思っている。


 なぜなら私がディアーナ殿下のお付きの人から、何か頼まれごとをされそうになった時にクライン様がこういったのだ。

「私はエヴァンズにいるためにシリウス殿下とエドワード殿下の補佐を免除されております。

 ですからディアーナ殿下だけ特別扱いにすることは出来かねます。

 それは私の従者であっても同じことです」


 断ってくださったのはありがたいけれど、学校を卒業したら大量の仕事がきそうな気がする。

 やはり、卒業と同時にエマ様を連れて国外逃亡したいです。



「でも学院祭って予科は参加しないって聞いていたんです」

「その通りだよ。

 秋から生徒会長になられるシリウス殿下はディアーナ殿下が参加できないことをかわいそうだとおっしゃってね。

 なら2学年全員を招待しようという話になったのだよ」


 

 私の嫌だという気持ちを表情に出してしまったようだ。

「それは表向きで私があの方の主催する会に出席しないことがお気に召さなかったのだろう。あの方は次の王になる意思が強いから」

 そういってクライン様は自嘲気味に嗤った。


 そうか、クライン様は時代の王を選定するお役目を果たさなければならない。

 学校は社会の縮図だ。

 政治的手腕なら生徒会運営や催しを成功させることでも見せられる。


 でも何となくだが、クライン様の言葉にはすこしとげがあった。

 なぜだろう? 

 何か問題でもあるんだろうか?

「エドワード殿下やディアーナ殿下はあまり前向きではないのですか?」

「君が誰かに話すことは心配していないが、明言は避けておこう」



 うーむ、聞いてはいけなかったみたい。話しづらい感じになった。

 するといいタイミングでパペットメイドさんがエマ様たちがプールから上がったことを教えてくれた。

 私が席を立とうとすると、クライン様に呼び止められた。



「そうそうエリー君、セードンまで馬車を出すので帰りはそれで帰りたまえ」

「あの……」

「どんな方法を使ったかは聞かないでおく。

 だが無理やり王都へ入ったことで死にかけたのではないか?」

 ええっ! どうしてそれを?


「王都への関所の出入りで変わったことがあれば私に連絡が来るんだ。

 エリー君のような子どもが一人で移動すれば目立つからね」

 そうだったんだ……。ならもう実験は出来ないの?

「私も1度やったことがあるんだよ。エマの命乞いのためにね」


 エマ様に毒杯が与えられる前にクライン様は王都から領地に移されて監視されていたそうだ。

 クライン様が母親の妊娠をことのほか喜び楽しみにしていたため、妹の処刑でショックを与えないようにとの配慮のためだった。

 でもクライン様はそれを察知し、監視の目をかいくぐって無理に王都へ入ったという。



「クライン様ならあのくらいの罠を簡単に超えられたのでは?」

「君に与えられた妨害がどの程度かはわからないが、私の時は王都に着いた途端、胴と下半身が裂けて皮一枚でつながっているだけになったよ。

 ソルがいなければ死んでいた。

 君はどの程度だったのかな?」


「私は宙に上がって地面に叩きつけられただけです」

「そうか。そうではないかと思っていたのだが、侵入者の能力に合わせて守りの強度も上がるようだね。

 私もそれきり試していないんだが、回数を重ねたらさらに強く妨害されるかもしれない」


 もしその予想が正しければ、もっと危険な目にあって今度は従魔たちも危険に晒してしまうかもしれない……。



「エリー君、ヴァルティス神の加護には抜け道がある。

 ちゃんと許しを得てさえいればよいのだ。

 君には私が渡した通行手形がある。なぜそれを使わなかった?」

「それは……、もしエマ様を連れてこの国を離れるときに私が考える方法がちゃんとできるか知りたかったんです」

「エマのためならなおさら危険な真似はよすんだ。

 君が死んだらあの子を養女には出せないのだから」

「はい……、申し訳ございませんでした」


「今回はもしかしたら警告だったのかもしれないね。あまりにも簡単な妨害だから」

「あの、質問がございます。

 私は1度だけ空から王都を抜けたことがあるんです。

 空からならいけるのでしょうか?」

「それは……。考えられるのは精霊か上級魔族の力を借りたのではないか?」

「……」


「君のクランならばありうるな。

 王妃殿下にドレスを献上したビアンカという魔族を遠目で見たことがあるが、あの者ならば可能だろう」

「クランのことはお話しできません」


「別に聞こうとは思っていない。彼は私の『真実の眼』を完全に封じていたからね。

 普通の魔族ならかなり強い力があっても多少は見えるんだよ。

 つまり彼はそれ以上ってことだ」

 ビアンカさんは確かに上級魔族だ。

 そんなことまでわかるなんてなんだか恐ろしい。


「クライン様、私の質問にお答えいただけませんか?」

「空からでもダメだ。通常ならば」

「精霊か上級魔族の力を借りればできるんですね」

「ああ、そうだ」



 だとするとマスターやビアンカさんに頼めばできるのかもしれない。

 でもクランの方々を巻き込みたくない。

 もし明るみになったら、クランへの誹謗中傷のきっかけになるかもしれないもの。

 人間以外の種族を差別する人たちに口実を与えてしまう……。


「エリー君、とにかくもう危険な真似はしないと約束してくれ」

「……かしこまりました。今回の王都の出入りは正式なものだけにいたします」

「よろしく頼むよ」



 クライン様は少し悲し気に私を見ておられた。

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