第309話 ダンスの授業


 パペットメイドさんと玄関で待っていると、夏の乗馬服姿でお二人は現れた。

 汗1つかかないクライン様に対して、ダイナー様は日に焼けて暑そうだった。

「やぁ、エリー君。帰ってきたんだね」

「はい。先ほど戻ってきたところです」


「エマたちはプールかな」

「さようでございます。私の従魔たちも入っておりますが構いませんでしょうか?」

「もちろん、いいとも。あれはエマと君たちのために作ったのだから。

 エリー君も是非入ってくれたまえ。

 エマはあの水着をたいそう気に入っているので、きっと喜ぶだろう」

「ありがとう存じます」



 ダイナー様の顔が焼けて赤くなっているので、

「ダイナー様、氷魔法で少し涼しくいたしましょうか?」

「いや、このままでいい」

「フフ、サミーは今冷たいお茶にはまっているんだよ。

 暑くなったところでキュッと飲むのがいいらしい」

「それではテーブルへどうぞ。すぐお持ちいたします」

 なるほど、だからメイドさんたちは冷たいお茶を入れると言っていたんだな。



 私が冷たいお茶をお持ちすると、二人はジャケットを脱いで少し楽な格好になっていた。

 私がカップにそそいで渡すと、クライン様はすぐに口をつけなかった。

「これはいつものお茶と違うようだね」

「はい、セードンの近くで採れる青いスイカズラの粉末が入ったお茶です。

 お土産にと思いまして」


 しまった。いつものお茶ではないということで毒を気にされているのかもしれない。



「申し訳ございません! 今毒見いたします」

 私が慌てて飲むと、クライン様はくすりと笑った。

「清廉なエリー君が私たちを毒殺するなんてことはないし、毒が入っていないのは見ればわかるよ。

 初めてのお茶だから香りを楽しんでいたんだ」


 そうだった。

 真実の眼をもつクライン様に毒の有無などすぐわかるのだった。

 なんだかあわあわして損した感じ。

 何となくだが、クライン様はそれを楽しんでおられるような気がするのだ。



「なかなかうまい。俺は気に入った」

「ありがとう存じます。ダイナー様。こちらもどうぞ」

 青いスイカズラのメロンパンをお茶請けにだした。


「これは……ちぎって食べるとぼろぼろになるな」

「ふむ、行儀はよくないがかぶりつくのがいいだろう」

 クライン様がメロンパンに噛り付いたので、私たちも安心してそれに倣った。

「ジャムクッキーもありますのでどうぞ」

「エリー君がいるとデーブルがにぎやかになっていいね」

「同感です」


 よかった、お二人とも気に入ってくださったみたいだ。



「それにしてもトールセン。夏休みも制服のままなのか?」

「はい。この制服に付与魔法をかけているので温度調整もできて涼しいのです」

「君には素晴らしい裁縫技術もあるのだから、いろいろ作ってみてはどうだい?

 聖女ソフィアが君のドレスを着ているのを見たよ」

 おお! ソフィア着てくれたんだ。嬉しい。


「いかがでしたか? ソフィア様に似合っていたでしょうか?」

「ああ、とても美しかったよ。

 エドワード殿下がエスコートしていたが彼女に見とれておられたようだ」

 よかったぁ。

 ソフィアに他のドレスも作ってあげたいなぁ。



「ドレスを着ないのはお金の問題だけでなく、平民には他に着るところがありません。無駄なことはしたくないのです」

「なるほど。君の言い分には一理あるが必要な時もある。

 学院祭でダンスパーティーがあるのは知っているかい?」

「ダンスパーティー?」

 そういうのは3年生からじゃないの?


「ダンスの授業を行っている学年は参加、つまり今年からだ。

 トールセンは授業でスカートだから、女性パートを踊らねばならないだろう。

 そうなるとパートナーが必要になる」



 そう、私はダンスの授業だけスカートで参加している。

 安全のため制服のパンツの上からスカートを履いたら、先生の前にラリック公爵令嬢に叱られてしまった。

「あなた、それでもエイントホーフェン伯爵夫人の生徒ですの? 

 夫人に認められているのですから恥ずかしいことはしないでちょうだい! 

 同じ師を仰ぐものとして忠告いたしますわ‼」


 おっしゃる通りなんだけれども、スカートには付与がついていないから防御能力が低下してしまう。

 ビアンカさんが忙しくて他の方に任せたら、普通の生地で作ってしまわれたのだ。

 縫いなおすと言ってもらったが、丁寧に仕上げられたスカートを無駄にするのは嫌でそのままにしていた。



 ダンスの授業にスカートで参加すると今度はヴェルディ伯爵令息に怒られた。

 あのセネカの森近くに領地を持つ魔獣狂いのご一族の方だ。

 この方はドラゴ君やモカのことが気になっているのか、ちょいちょい突っかかってくる。

 スカートのことで注意を受けたこともあった。


「お前、スカートを持っているなら初めから履いてこい。ややこしいヤツだな」

「はい、申し訳ございません」

「ダンスはエレガントさがもっとも求められるものだ。

 練習だからと言ってガサツな動きをするなよ。

 リカルド様に恥をかかせたら許さないからな」

「かしこまりました。心して踊らせていただきます」



 でも実は1学期のダンスの授業の点数は満点だったのだ。

 これはユナとモカのおかげである。

 ユナはさすがに女優だけあってダンスの名手だった。

 彼女は子役ながらソロで踊ることを許されていて、片足を爪先立ってくるくると回ることが出来るのだ。

 そんな曲芸みたいなことが出来るのかと驚いていたら、

「あたしについてきたらエリーだってできる! 歌って踊れる聖獣にお任せあれ‼」



 それで頼んでもいないのにモカにダンスレッスンをされることになってしまった。

 どうもフィギュアスケーターとは様々な踊りを踊るそうで、くるくる回るのはバレエというジャンルらしい。

 モカ先生はなかなか厳しい教師で、嫌がるドラゴ君も無理やり参加させられていた。


 モリーは気に入ったのかノリノリで頑張っていた。

 体の一部を手足のようにのばし、丁寧にモカの指示する動きをしていた。

 遊びに来たソルちゃんも練習して2匹で踊っていた。

 すごくかわいい。


 ルシィは後ろ脚が泳ぐのに特化していてできないので、ミランダがあやしてくれていた。

 ミランダは頑張りすぎだと思う。

 休みの間に甘やかしてあげたい。


 アンデオールだの、5つのポジションだの、パッセとかピケとかいろいろ言われてやってみると、マナー講習で学んだ姿勢とほぼ同じ姿勢で動くので思った以上に早く習得できた。

「ああ! こんな才能を無駄にするなんて~

 ここにトゥシューズがあればエリーにグランフェッテさせるのに~!」

 なんかわからないけど、これ以上は踊れなくてもいいと思います。



 そんなこんなでダンスのスキルが大きく成長しているせいか、前で見本を見せる係にまでなったのだ。

 正直王女や貴族を差し置いて私が出るのは忍びなかったが、モカの熱血指導で体幹が鍛えられて、ちょっとやそっとではぶれなくなってしまった。


 お相手のクライン様は本当に優雅だった。

 本当に私でよかったのか心配になったぐらいだ。

 あの方の才能は留まるところを知らない。

「トールセンさんがもう少し身長があれば映えるでしょうね」

 先生にこのように言われたが、映えなくてもいいので別に構わない。



 それにしてもダンスパーティーなんて知らなかったぁ。どうしよう?

 学院祭のことなど、3年生になってから考えればいいと思っていた。

 ジョシュか、マリウスか、アシュリーが踊ってくれるだろうか?

 いや、あの3人モテるからな。

 マリウスやアシュリーは無理だな。

 特にマリウスに頼んだら、ティムセンさんに怒られそうだ。

 ジョシュ1択だ。ジョシュは女嫌いだからきっと空いているに違いない。



「お二人はお相手が決まっていらっしゃるのですか?」

「私はディアーナ殿下をエスコートすることになっている。

 私がエヴァンズでいちばん身分の高い男子学生だから」

「俺は決めていない」


「エリー君、サミーと踊ってはどうだい?」

「でも……、ダイナー様は貴族でいらっしゃいますから……」

「エリー君が踊ってくれれば問題は少なくなる。

 サミーの家は男爵家なので、子爵以上の女性には声をかけられない。

 かといって男爵あるいは騎士爵、平民に声をかけると結婚できると誤解させてしまうかもしれない。

 サミーはすでにクライン家の騎士なのだから、身分の低い女性には優良物件だ」


 私がロブの壮行会に行きたいとお願いしたばかりにダイナー様の騎士爵の授与が早まったんだった。

 申しわけないことをした……。



「トールセン、気にしないでくれ。

 リカルド様は少し大げさにおっしゃっているのだ。

 ただハーダーセンは無理だから、マリウスかドーンに頼んだ方がいい」

「どうしてですか? ジョシュにパートナーが?」


「ラリック公爵令嬢が子爵以上の男子生徒が少ないことから、平民男子で成績一番の生徒と踊ると明言された。つまりハーダーセンだ」

「彼女はクリスとの婚約が決まったも同然なので結婚相手を探す必要はない。

 だから平民と踊っても構わないんだそうだよ」


「そんな話を一体いつ?」

「終業式の後、しばらく会えないから皆でお茶会をしようということになったのだ。

 君は仕事だからと帰った後だった」


 そんなぁ~。

 早く帰るとそういう落とし穴があるのか!



「だからエリー君が帰ってきたらすぐに教えてあげないといけないと思ってね。

 君が早く帰るのはエマのためなのだし。

 1学年合同なのでメルくんでもいいかもしれない」

 もっとダメです。

 メルにはリアがいるもの。

 リアは1年生だから参加できないかもしれないけど、私と踊るなんて知ったら絶対怒る。



「ダイナー様、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「いいのか? トールセンとなら俺も気兼ねなく踊れるが……」

「お願いします! マリウスやアシュリーやメルはモテるんです。

 ジョシュだけが頼みの綱だったのに」

「ならばよろしくお願いする」

「もし他に踊りたいお方がいらしたらおっしゃってくださいね」

「その点は心配しなくていい」



 ああ、ドレス作らないといけなくなってしまった。


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 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


1/9 学園祭→学院祭に変更しました。

   

 「学院祭のことなど、2学期になってから考えればいい」と書いていたのですが、2学期になってから遊びに行くか考えればいいって意味だったんですが、分かりにくいので、「3年生になってから」に変えました。


よろしくお願いいたします。



2021/8/28 この話のタイトルを「ダンスのお相手」から「ダンスの授業」に変更いたしました。

似たようなタイトルをつけて申し訳ないです。

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