第9章

第298話 ヒノモト国

 

 セードンへ出発直前、エマ様のところにあいさつに行った。

 ミランダが(エマのめんどー、ミラがみるのー)と言ってくれて残ってくれることになった。


 エマ様は、いつも一緒にいたルシィがいってしまうのか寂しげだった。

「るー、いっちゃうにょ?」

「キュ!」

 ルシィは誇らしげに胸を張った。

 ドラゴ君が言うには、「かーたまのかーたまにあいにいくでちゅ」だそうだ。


「しょーなにょ」


 私がエマ様を抱きしめると、エマ様は私の胸にそっと顔をうずめた。

「エマ様、私たちは来週には戻ってきます。ルシィももちろん連れて帰ります」

 エマ様は頷いた。


「その間、朝顔のお世話と観察日記書いてくださいね。

 それとあちらについたら毎日手紙送ります。小鳥の形をしたお手紙ですよ。

 その子にエマ様のかいたお返事くださいませ。

 ちゃんとしたお手紙じゃなくても絵でも〇をかいただけでも構いません。

 エマ様が今日もお元気ということが知りたいのです」


 エマ様は私に返事を下さると約束してくれたので、ミランダに注意事項を述べた。

「もしエマ様がレターバードを開けられなかったら、代わりに開けてあげてね。

 あと書き物机に紙とインクと色鉛筆を用意してあるから返事にはそれを使って。

 それとインクで遊んじゃダメよ。ここは私の部屋じゃないから汚れるからね」


(だいじょーぶなの。ミラはモカおねーちゃんじゃないからあばれないの)

「あたしだって暴れないわよ!」

 いやいや、これはモカが元気って話だけだから。





 今セードンに向かう馬車の中だ。

 私の隣にはドラゴ君(鞄の中にはモカとモリーとルシィ)が座っている。

 モリーとルシィは新しく私の従魔になってくれたので紹介するため。

 モカはシークレットガーデンの中に入って王都まで転移できるかを調べるためだ。


 成人していない子どもの移動は基本的によくないとされていて、特に王都への出入りは手形のあるものに限られている。

 私も錬金術師のジョブが出ていなければ、王都なんて一生来なかったと思う。


 今回はクライン様が私の王都~セードンの往復を許す手形を取ってくださったのだが、子どもの移動は目立つし、前のように奴隷商人に目をつけられてもいけない。

 それに私の移動が成功すれば、エマ様を外国に連れて行くときも大丈夫なはずだ。



 マスターの魔法なら1時間だったけど都からセードンまでは半日かかる。

 一緒に乗り合わせた老夫婦が子どもだけの移動をする私たちを心配してくれたが、前にモカにくれたセイラムさんの印が入った認証タグ(迷子札のようなもの)を見せるとそれなら安心ねと笑ってくれた。


 このお二人は騎士爵だが、避暑のためにセードンに向かっているそうだ。

「私たちは元々平民だから乗合馬車の方が楽なの。お金もかからないしね」

 馬車を維持するには、まず馬がいるし、馬小屋もいるし、馬を管理する人もいる。

 馬車も作るか買うかしないといけないし、馬車の動きが悪くならないよう管理する人もいる。

 装飾なんか付けたら、それを維持する人か付与魔法で保存しないといけない。

 御者もいるし、ヒトによってはドアを開けて足置きを用意する従者もいる。


「嫁がね、みっともないからやめろって言うのよね。

 だったらあなたがこれからのドレス代を全部我慢して馬車の維持費を一生出してくださる? って聞いたら黙っちゃったけど」


 ご子息はなんと花形官吏である外交官になられて男爵位をお持ちなのだそうだ。

 それでその奥様も貴族なのだが、身の丈に合わないようなドレスや装飾品をしょっちゅう買い込んで借金を作ったそうだ。

 それは返したのだけれど、彼女は何も買ってもらえないせいかイライラをぶつけてくるのだという。

 そんな話、私が聞いていいのだろうか?


「うっとうしいから、このままセードンに移住しちゃおうかしらって思うくらいよ。

 息子がやりたい仕事につけたことは嬉しいけれど、どうしてあんな女と結婚したのかしら?」

「ケート、あれは上司に言われて仕方なくだったろ。

 あんなのだから嫁の貰い手がなかったのだ」

「そうね、結婚のおかげで出世したんですものね。

 でも自分は外国を飛び回っているからって嫁の世話を私たちに押し付けるのはいかがなものかと思うの」

 いろいろあるんですね……。



「しかもヒノモト国に行ってるのよ」

「ヒノモト国?」

「この近在ではなく結構離れているんだけどね、なかなかいい国らしいわ。

 特に食べ物がおいしいの」

 コーメというものがあって、それの加工品がたくさんあるらしい。

「こちらにも少しは入ってきているわ。せいゆソースとかね」

 ああ、異世界バーベキューで使ったやつだ。


「魔法も使えないことはないが、魔法に頼らない生活をしているようだな。

 それでなにかからくり仕掛けでいろいろ執り行っているようなんだ」

 何それ、私が希望する感じじゃない!

 あとはいとこ同士で結婚さえできればいい!


「魔法を使わない文化がすごく進んでいるそうよ。

 これ息子がくれたお土産のブローチなんだけど」

 ケート夫人は胸につけていた蝶のブローチを取り外した。

「ほら、ここをこんな風にひっぱると……」

 ブローチの蝶は夫人が少し翅を引っ張るとパタパタと動き出した。

 とてもなめらかで無理のない動きだった。

「えっ、これ魔法じゃないんですか? 生きているみたいです」

「どういう仕掛けわからないが、これがヒノモトのからくりだそうだ」


 すごい、おもしろい!

 こういう技術が盛んってことは、私のスキル取得大で技術習得すればやっていけるかもしれない……。


「でもどうしてそんな離れている国と国交を結ぼうとしてるんですか?」

「よくは知らないけど、この国だって国民のほとんどは魔法が使えないじゃない? 魔法に頼らない生活を学ぼうとしてるんじゃないかしら」


 確かにその通りだ。

 大体私程度の魔力でも王都の学校に入れたのは、ジョブが錬金術師だったからだ。

 しかも試験が難しくて錬金術師になれる人は本当に少ない。

 今のクラスで4人いるけど、クライン様とダイナー様は錬金術師にならないだろうし、メルも仕立て屋をメインでやるって決めている。


 錬金術師だけでなく、付与魔法士も不足してるし、優れた魔法陣士も多くはない。

 そうなると魔道具を作るヒトや魔石に付与するヒトが減ってしまう。

 庶民の弱い魔力でも使える魔道具や魔石がなくなったら……。

 そういうことをちゃんと危惧して考えている人がいるのだ。

 この国には幻滅しかなかったが少しだけホッとした。


 とにかくヒノモト国のことを調べよう。



 ヴェルシア様、思わぬところで素晴らしい情報を得ました。

 お導きに感謝いたします。




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