第297話 愛を伝える
クライン様との話も済んだのでエマ様の様子を見に行くと、彼女は疲れ切って眠っていた。
ルシィを抱きしめている。
もしかしたらルシィはエマ様を心話でなだめていたのかもしれない。
エマ様の腫れていた目は、モリーがすっかり治してくれていたので安らかなお顔をしている。
私もついていてあげたかったが、この館に未婚の私が泊まることはクライン様やダイナー様の名誉にかかわるので出来ない。
実際に関係を持たなくとも、おかしな噂の元は極力避けねばならない。
私はこれからエマ様の母親になるために、1点の曇りもあってはならないのだ。
それで目を覚まさないルシィとしっかりもののモリーを置いて、クランハウスに戻った。
モカとミランダにあの恐ろしい内容は話せなかったが、エマ様が虐待されないように外国に逃がしたいことと私の養女にしたいこと、卒業までその意思が変わらなければクライン様が許して下さることを話した。
「うーん、でもエリーは他の危険もあるわけだし、エマのお母さんは他の人の方が安全じゃないかな?」
モカが珍しくちゃんとしたことを言う。
フフ、珍しくとは何よ! ってモカに抗議されそうだ。
嘘のつけない私の代わりに、ドラゴ君が言い訳をしてくれた。
「でも金で引き受けた養父母なら、金でエマを売り飛ばすかもしれないだろ。
クラインの権力目的の悪いやつらに捕まるかもしれない。
それならエリーの方がちゃんと守ってあげられる。僕らだって側にいるんだし」
(エマはいい子なの。ミラの妹にしてもいいの)
「ミラ、エマの方が年上だよ」
ドラゴ君はそういうとミランダの背中を優しくなでた。
でもミラがそういうの、わかる気がする。
エマ様はあの閉鎖的な空間でお心の成長も遅れているのだ。
ヴァルティス様には深いお考えがあって呪いをかけたのだろうが、やはりお可哀そう過ぎる。
モカも考えを変えたみたいで、
「そうね、それにエリーのママはAランク冒険者だし。
エリーのパパも優しい人だから養父母にはもってこいよね」
「母は私。父さんと母さんはおじいちゃんとおばあちゃんよ」
「なんでエリーがママなのよ。普通姉でしょ。リカルドと同じ歳なんだし」
「姉なんて絶対ダメ。私がリカルド様の愛人の座を狙っているって言われるもの。
外国に落ち着いたら姉でもいいけどさ」
「それでエリーは具体的にどうやって外国へ行くつもりなの?」
「そうだね。もしハミル様の話が本当なら、まず先に父さんと母さんだけで外国に落ち着いてもらって私とエマ様は後から行くのがいいと思う。
二人には外国で地盤固めしてもらって、私はこの国でお金を稼ぐわ。
マスターがしてくれた治療費のための魔道具も作りたいし。
でもモカのゲームの話通りになっちゃったね。
私は清廉スキルを失ってでもエマ様のためにお金を稼ぐつもりよ」
「そんなにお金いる?」
「いるよ。外国での身分を買わないといけないんだから。
父さんにはお店も持ってもらいたいしね」
「移動はぼくに任せてよ。
ただエマが幼いから年齢制限の魔法に引っかかるかもしれない」
「そっか、エリーが学校卒業してもエマはまだ子供だから通行手形出してもらえないよね。
だったらお兄さんの許可を得て、エマにシークレットガーデンで隠れてもらおうよ」
「それいい考え。エマ様だけじゃなくみんなでシークレットガーデンの中にいて、転移してもらえばいいんだ。それなら手形取る必要ないし。
モカ、お願いできる?」
「うん、頑張る。ちょっと方向音痴かもしれないけど」
「大丈夫。転移はぼくがする。モカはぼくにくっついてくれればいい」
(ミラも何かしたいの。おかーさんの役にたちたいの)
「ミラには重要な役割があるよ。
シークレットガーデンの中は広いでしょ。
だからエマ様やルシィが迷子にならないようにモリーと一緒に面倒を見てほしいの」
(わかったの。ミラがんばるの)
ドラゴ君がこの場にいないモリーにも同じ話を心話で伝えてくれて、了解を得てくれた。
ああ、私は幸せだ。みんなが側にいてくれるから。
皇族の血のことさえ知られなければいいのだから、魔法が使えるけどそれだけに頼ってなくて、いとこ同士の結婚が許されている国がいい。
探せばそんな国がきっとあるはずだ。
どの国がいいか、ちゃんと調べなくちゃ!
翌日、本当はセードンに出発するつもりだったが、エマ様のために延期した。
母さんに手紙で相談したいことがあるということと、20日連続ではなく毎週末帰るようにすると伝えた。
夏休みは6週間あるので、3日セードンにいれば18日になる。
こちらにも半分はいるので、その間はエマ様のお世話もできるし、セードンにいる間はドラゴ君以外のみんなに交代で残ってもらうことにした。
モリーは話し合いには参加できなかったけど、みんなと心話でつながっているので了承してくれた。
エマ様の元に行くと、やはりお元気がなかった。
ルシィをキュっと抱きしめていて、モリーを肩に乗せている。
こんな愛らしい方をもう悲しい目にあわせたくない
「エマ様」
私が呼びかけると、いつもは満面の笑みで抱き着いてくださるのに迷っておられるようだった。
それで私の方から寄って行って抱きしめた。
「えりーはエマのこと、きりゃわないの?」
「どうしてですか? エマ様のことが大好きだから嫌うわけがありません」
「みゃえのひと、おかあちゃまがきたらみんなエマのこと、きりゃいににゃるの」
ああ、事情を知って態度を変えたんだ。
4回も家庭教師が変われば、気が付くよね。
もし初めからエマ様の立場を知っていたら、私だって来なかったかもしれない。
でもエマ様を知った今ではこのお方を穢れた存在だとは思えない。
私は自分の心を信じようと思う。
この方に愛を持って接することこそが神の御心だと感じたのだ。
「私はエマ様を嫌ったりなどしません。これからもずっとそうです」
エマ様の腕の中のルシィがキュッキュッと何かをエマ様に語り掛けていた。
「エマ、えりーのじゅーまににゃりたい」
「エマ様、ヒトは同じヒトを従魔にしてはいけないのですよ。
それがたとえ名前だけであったとしても」
「しょーにゃの……」
ガッカリとうつむいたエマ様に私はしゃがんで目を合わせた。
エマ様は涙を湛えた瞳で私を見つめてきた。
「従魔にはできませんがエマ様のことを本当に大切に思っています」
養女の話はまだなにも決まっていないので、エマ様に伝えることは出来なかった。
でも正式な養女でなくとも愛を伝えることは出来る。
「私は学校や仕事があるので毎日は来れません。
ですが私のエマ様を大切にしたいと思う気持ちに変わりはありません。
私は本当にエマ様が大好きなのです」
「ぼくもエマのこと大好きだよ」
「あたしも大好き!」
(ミラも!)
モリーの最大限のフルフルをしていた。
「キュキュウ!」
ルシィもきっと大好きと言ってくれているのだろう。
「エマ様はいらない子ではありません。
私たちはエマ様といることでとても幸せです。
だからエマ様もご自分をいらない子なんて言わないでください」
そういって私たちは全員でエマ様を抱きしめた。
エマ様のお心が負った傷は今私が言った程度のことでは慰められないかもしれない。
だけどこれからいつだってエマ様を大切に思っていることや大好きなのだということをお伝えしていこう。
エマ様に最大限の愛を贈ろう。
そして4年後、クライン様からエマ様を養女にいただくのだ。
あの方にエマ様の母として認めていただくのだ。
ヴェルシア様、私はエマ様の母になることに迷いはありません。
どうかより良き道へお導きくださいませ。
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従魔たちの中で一番エマに同情を寄せているのはドラゴ君です。
それは事情を知り自分と同じ立場だと知ったからです。
ドラゴ君は卵の時に盗まれて、親ドラゴンに助けを求めたのですが、親ドラゴンは自分の怒りにかまけてドラゴ君も殺そうとしたのです。
親の暴力と存在否定される悲しみは彼が一番よく知っているのです。
これにて第8章終了です。
第9章のお話は現在こねこね中です。
少々お時間をいただきますが、エタらないことはお約束いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
400万PV感謝記念SS書きました。
「未来へ」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054922771538
重ねてどうぞよろしくお願いいたします。
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