第289話 出生の秘密

 

 ハミル様は私が加護や称号がないと主張したのに、

「たとえそうであったとしても、我々の血筋の君が王か王子の愛妾にされる可能性は非常に高い。ただの子どもを産む道具としてね」

 いやだ、いやだそんなの!


「だから絶対秘匿しなくてはならない。

 できればマリールイーズと国外に出てほしいくらいだ。

 それでもこの血のことを知られると狙われるだろうけれど」

「あの、その血ってなんですか?」


 ハミル様はきっとこの話を聞くまでは帰してくださらない。

 だから落ち着いてちゃんと聞くことにした。



「僕らは50年前に西サオン帝国に従属するのを嫌って滅ぼされたサクリード皇国の皇族だ。祖母が皇女だった。つまり直系なんだ」

「どうしてそんな方がこの国に」

「西サオン帝国のハーレムに入るくらいならとこの国に内密で亡命したんだ。

 平民としてね。

 でも祖母と恋に落ちたラフマン子爵と結婚して母が生まれた」


「エリノア様にはお姉さまがいますか?」

「ああ、ローウィーナだ。ラフマン子爵は早くに妻を亡くしていて再婚だったんだ。当時は平民の妻を娶ったと大騒ぎだったそうだよ。つまり母とは異母姉妹だ」


「それで、エレノア様は平民騎士と結婚した……」

「うん。祖母は平民ってことになってたし、社交界に出さずに平民の家に嫁に出す。

 それがラフマン子爵と祖母の決めた話だったんだ。

 理由は皇族の血を薄めるためだ。


 カイオス・タイラーは、君のおじいさんのことだよ。

 平民で子爵家に出入りしていた馬商の家柄なんだ。

 でも母のためにと得意の馬と剣の技を磨き、騎士になって騎士爵を取った。

 それからマリールイーズが生まれたんだよ」



「でもお嫁に行って社交界にも出ていなかったのに、どうして国王に見初められたんですか?」


「そのころ、ラフマン子爵家は災害にあってね。

 祖母は死に、領地は荒廃し、ラフマン子爵も倒れてしまった。

 だからローウィーナは早く有利な結婚をしたかった。

 それで祖母の身分を使って、上位貴族の妻になろうと目論んだんだ」


「どうやって?」

「祖母の持っていた皇族に与えられる家宝のネックレスがあったんだ。

 今は行方不明なんだけどね。

『魂繋ぎのネックレス』って言うんだよ。

 マリールイーズから聞いてる?」

「いいえ、知りません」



「それで身分の証を立てようとしたけど、王宮には賢者フジノ師がいてローウィーナがサクリード皇家の人間でないことを看破した。

 でもネックレスや提出された証拠は本物。

 では他にいるのではないかって、普通そう思うよね」


「それでエリノア様が……」

「うん、カイオスが騎士団の仕事で遠征に行っている間にね。

 略奪して後宮入りさせたんだ。

 マリールイーズを産んでさほど間がないときだったそうだよ」


 ひどい、ひどすぎる! そんなの許せない。



「ただ、なかなか子どもが生まれなくてね。

 サクリード皇家の人間はひどく潔癖で真の愛情で結ばれていないと神の加護を得られないんだよ。

 だから母は10年、凌辱されていただけだった」


「でも今は公爵閣下がいらっしゃいます。先王陛下とお心が通じたのですか?」

「いいや、母はそのころには完全におかしくなっていてね。

 幻惑の香を使って、先王はカイオスのふりをして契ったんだ。

 それで僕が生まれた。


 母は幻惑に騙されたわけだけど、僕を産んだことで一時的に正気に返った。

 それでこの僕らの血の秘密を教えてくれたんだよ。

 だから僕は国と王に従順なフリをしてきた。

 今僕は結婚を許されず、国王あにうえの命令で子作りだけさせられているんだよ。

 そのうち僕があてがわれた女たちに絆されると信じているんだ。

 そんなことあるはずもないのにね」



 どうしよう。気持ちが悪い。

 私、この話を受け入れられない。

 それを私にも、いや母さんはまだ若い。私たちにしろというの?


 そうか、だから母さんは父さんのお店を弟子や養子に継がせると言ってたんだ。

 この危険を私以外の他の子に残さないように。



「僕は君にこんな目に遭ってほしくないんだ。でも君がいないと勇者が立てない。

 だから自衛してほしいんだ。何も知らないでいては危険すぎる。

 君がまさか王宮に出入りできるほどでなければ、そのまま見守るつもりだったんだけど」


 知らなかった。こんな危険が自分にあるなんて。


 ドラゴ君がよく王宮は危険を感じると言っていたけど、それはこのことを本能的に感じ取っていたのかもしれない。



「ごめんね、こんな無理強いして。

 前はまだ出られたんだけど、最近ますます監視が厳しくてね。

 今王家のこどもたちは光の精霊から加護をもらえていない。

 彼らはみんな祝福どまりなんだ。

 だから神の加護を得る種馬として、僕を絶対に逃したくないんだよ。

 リカルドの控室に君を送るからよく考えて行動してほしいんだ」


「公爵閣下、お心遣い感謝します」


「できればアリステアとかハミルトンとか名前で呼んでほしいけど」

「ではハミル様で」

 そう呼ぶとハミル様は笑った。

 母さんによく似ている優しい笑顔だった。


「また会いたいけど、会えば君が注目されるから。これで最後かもしれない。

 もう一度抱きしめさせてもらえる?」



 私はハミル様の希望に従った。

「僕には母しか家族はいなかった。この王家の人間はみんな敵だから。

 でもやっと家族と巡り合ったんだ」


「ディアーナ殿下とお親しいと伺っていますが」

「ディアーナ? 子守してただけだよ。

 あの子は女王になるかもしれないからね。

 そして女王になれば国のために父親と同じことをするだろう。

 一体どこの世の中にヒトを種馬扱いにする家の人間を信用できるのさ」


 それは……そうかもしれない。

 ハミル様はずっと、そして今もそのような虐待に遭っておられるのだ。


 悲しかった。

 神の加護はそのように使われるものではない。

 これではただの奴隷ではないか!



「ハミル様はこのままでいいんですか?」

「もちろん、嫌だよ。でも僕が動くことは君とマリールイーズの危険が増すことだ。

 君には使命があるしね。

 それに僕は女性たちと契るだけでいいし、気が乗らないと言えば断れる。

だが君たちはただひたすら犯され、10か月も妊娠し命がけで子どもを産むんだ。

 僕はまだ耐えられる。心配しなくて大丈夫だよ」


 

 そんなわけにいかなかったが、今の私にはどうすることも出来なかった。


 ハミル様は元気でねと私の額に祝福のキスをして、そっとドアを開けてくれた。

 するとまた目の前が揺らいで、今度はクライン様に指定された控室のドアの前だった。



 ハミル様は空間魔法をお使いになるんだ。

 そうだね、あの箱は空間魔法を屈指したものだもの。


 私がドアを開けるとまだ誰もいなかった。

 そのことに私はホッとしていた。



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 母さんとエリーのパン屋の後継ぎの話は第24話私の誕生日に載っています。


 魂繋ぎのネックレスは、こういう代物だったのです。

 スライムダンジョンの隠し部屋の宝箱は、その人にふさわしい宝物が出るのです。


 ただエリーはビリーと秘密の契約のせいで、このネックレスの記憶がありません。


 あとエリーはマリアに魂繋ぎのネックレスを見せているのですが、あまりに大量の宝物を見せて、ザクザク宝石の側に置いていたので気が付きませんでした。

 マリアには鑑定はありませんし、生まれてすぐになくなっているので見たことがなかったのです。


追記:ハミル様は生物上の父親のことを父と絶対に呼びたくないので、先王と呼ばせるつもりが陛下つけていたので修正しました。

 ハミル様はバルティス王家が死ぬほど大嫌いです。これもサクリード皇家の潔癖さかもしれません。


内容に変更はございません。


10/2 エリーの祖父、カイオス・テイラーをタイラーに変えました。

 テイラーさん出てました。

 『常闇の炎』の金庫番されてるハーフリンクです。

   

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