第283話 新居の訪問②


 ハルマさんの案内でお二人の新居に入ると、シンディーさんが出迎えてくれた。


「久しぶりね、エリーちゃん。よく来てくれたわね」

「お久しぶりです、シンディーさん。あの、これお菓子と料理なんですけど」

「わぁ、ありがとう。エリーちゃんが焼いてくれたの? 

 前のケーキもすごくおいしかったのよね」

「まぁまぁ、とにかく玄関先で喋らないで中入ろうぜ」


「二人がいつまでも入ってこなかったからお湯が冷めちゃったわ。温めてくる」

「あの、私が」

 さっと火魔法で温める。朝のお茶くみで慣れた作業だ。


「エリーちゃん、火魔法持ってたっけ?」

「いえ、精霊石をポケットに入れてます」

「なんだか前よりもっと魔法が上達したみたいね」



「そういえばシンディーさんの学校はこちらなんですか?」

「ううん、微妙な魔力量でね。ジェーナの学校で済んだの。

 こんなに使えるようになったのはハルマと攻略行くようになってからよ」

 ジェーナはニールに近い栄えた街だ。


「俺もジェーナの別の学校で剣とか読み書き習って、休みの日にシンディーとダンジョン潜ってた。

 ジェーナの学校は国が学費を立て替えてくんなかったからな」

「働きながら払うって子が多かったわ」

「じゃあ、私と一緒ですね」


「でも最近はお菓子売ってないよね?」

「はい。1級裁縫師の資格が取れたので、バカンスシーズンのためのドレスを縫ってます」

「すごいじゃない! 1級なんて個人店持てるんでしょ?」

「年齢が若すぎるので15歳までは持てません。クランの裁縫室で修行中です」


「じゃあ卒業したらドレスメーカーするの?」

「いえ、私は錬金術師になります。

 ドレスは、その……聖女ソフィアと友達になったので、彼女のためにドレスを縫ってあげたかったんです」

「聖女ソフィアか……」

 ハルマさんがつぶやいた。

 彼女はRPGの主要メンバーだ。気になるんだろう。


「聖女様はよい方なの?」

「ええ、とても素晴らしい方です。それにちょっぴりいたずらっ子なんです」

「ゲームのソフィアも茶目っ気のある子だったよ」

 ハルマさんがちょっと不安げな目をしたので、私は話を変えた。



「そうだ、ご結婚されるんですよね。おめでとうございます。

 いつのご予定ですか?」

「子どもが生まれるのが12月なの。だからそれまでにはするわ」

「バカンスシーズンで指名依頼が入ったから、入籍だけ先にして帰ったら式をあげるんだ」

 先に入籍するのはフラグ防止のためなんだって。


 フラグというのは何らかの条件が整うと特別なイベントがおこることだそうだ。

 ハルマさんは入籍していかなかったら、何らかの形で結婚できなくなるかもしれないという。

 シンディーさんは帰ってからでいいと言ったそうだが、絶対に入籍だけは先にしたいと押し切ったのだ。



「ねぇエリーちゃん。あたしたちの式にぜひ来てね。

 ニールからの友達はエリーちゃんしかしないの」

「ぜひ伺います。バカンスシーズンの後でいいならドレス縫いましょうか? 

 1級なのでタダじゃできないんですがお安くしておきます」


「うーん、そのころにはお腹目立ってると思うの」

 それでいつも持っているデザインノートにいくつかお腹にゆとりを持たせたドレスのデザインを描いた。

「どれも素敵なドレスね。すそをあげてワンピースにできるところもいいわ」

「私たちには貴族みたいなドレスはかえって使い勝手が悪いですから。

 魔獣の素材を使えばそのまま防具にもできます。私、付与が得意なので」



 今自分の着ている制服に断ってから水をかけてみた。

「完全防水で、魔法攻撃も跳ね返すんです。

 授業で姿勢を正してもらったりとかあるのでまだ物理攻撃は跳ね返せないんですけど。卒業したらつけます」

 シンディーさんは私の制服を触ってみて、ほぅとため息をついた。


「あたしは生地のことなんかわからないけど、この制服がすごくいいのはわかるわ」

「ダンジョン攻略もほぼこれで行ってます。これにあの白いケープ着てるんですよ」

 日々の暮らしもこれです。

 おしゃれした日に限って事件が起こるもんね。



「でもあたしはもう攻略には行かないわ。赤ちゃんを育てるからね」

 ほわっと微笑むシンディーさんは前に会ったときよりずっと穏やかで幸せそうだ。


「それで私、安産祈願のタリスマンを作ってきたんです。

 ウチのクランに聖属性を持つ子いますので。もちろんプレゼントです。

 受け取っていただけますか?」

 教会のタリスマンではないので、一応確認。


「もちろんよ。でもそこまでしてくれなくてもよかったのよ」

「あのとき助けに来ていただいたお返しです」


 スライムダンジョンはそれほど危険ではなかったかもしれないが、狂言までしてハルマさんを戻してくれたことはやっぱりなかなかできないことだ。

 あの時は力もなくてはちみつのリップクリームぐらいしか渡せなかったけど、今の私ならもう少しちゃんとしたことが出来る。



 私が差し出したタリスマンを見てシンディーさんは叫んだ。

「ダメよ! こんな高いもの受け取れない!!」


 私が出したのはピンクコーラルとホワイトオニキスを組み合わせたペンダントだ。どちらの石も魔よけの効果がある。

 ハルマさんは前もモテていたのでシンディーさんに嫉妬するヒトがいるかもしれないからだ。

 コーラルは海の生き物が硬く石のようになったもので、安産にいいとされている。

 赤ければ赤いほど高価なんだけど、私が使った石は職人見習いの失敗作を研磨したものだし、色も薄いので元々大して高くない。

 そのことを説明して安心してもらおうとした。



 ハルマさんも鑑定して、シンディーさんと二人でため息をついた。

「エリーちゃん、これは本当に高価だよ。安く見積もっても金貨20枚はするよ」

「ええっ? でもクランでもう使えない石なんですよ」

「石もいいけど、付与がね。安産・清浄・魔除け・鎮静の4つも入ってる」

「その聖属性のヒトにもお礼がいったでしょ?」


 ごめんなさい。本当にお金かかってないんです。

 職人さんに聞いたらコーラルはタダで持ってっていいって言われたし、付与はモリーとかけたし。

 あっ、鎮静は闇属性だな。

 あの時膝の上にルシィ乗せてて、私たちの真似っこして前足伸ばしてたから入っちゃったのかな。

 だからお金がかかったのはホワイトオニキスだけなんだけど、これも小粒だから高価じゃなかった。


「ホントにお金ほとんどかかってないんです。でも気になるならハルマさんのAランク出世のお祝いも兼ねてください」

 二人はどうすると顔を見合わせていたが、今回は受け取ってもらえることになった。



「エリーちゃんは、自分で作れるからってものの価値がわかっていない。

 自分のものもちゃんと鑑定して価値を見極めてから渡した方がいい」

「そうよ。ルノアみたいにあなたの力を利用しようとする悪い奴なんか世の中いっぱいいるんだから」

「……気を付けます」

 一応ルノアさんの武器の付与は初めの槍以外は全部解除したけどね。


「ルノアさんとリノアさんはお元気ですか?」

「ごめん、ニール以降は全然知らない。でも反省してると思うわ」

「そうそう、マリアさんの本気の威圧すごかった。

 ルノアとリノアはぶっ倒れたし、周りで見てたやつらも震え上がっちまってさ。

 さすがAランク」

「何言ってるの。アンタもAランクなんだからね」

「駆け出しのAランクと『ニールの戦女神二つ名』を一緒にすんなよ」

 うん、二人が仲よさそうですごく安心です。



 それからは学校の話をしたり、二人は攻略の話をしたり。

 なんだか前よりもぎくしゃくした感じが取れて、仲良くなれた気がする。



 帰る前にデザインノートを片付けようとしたら、モカの書いてくれた装備の絵が落ちてしまった。


 ハルマさんはそれを見て爆笑する。

「ナニコレ、懐かしのアニメと世界的大ヒットゲームのキャラじゃん。

 モカちゃん描いたの?」

「そうなんです。モカがかわいい装備がいいって」

「これどっちもいろんな意味でダメな気がする。主に著作権」



 それでハルマさんは別の装備を勧めてくれた。

「これも真似なんだけど、著作権ってほどじゃなく汎用性が高いから」

 その絵はユーダイ様の『異世界おもしろ動物辞典』に載っていたので私も見たことがあった。


 確かにモカの描いてくれた装備よりずっと動きやすそうだ。

 ありがとうございます! ハルマさん。

 私、この装備作ります。



 ハルマさんは帰りに、

「シンディーは3番目のドレスが好きだと思う。作ってくれる?」

 もちろんです。心を込めて作らせていただきます。

 サイズは後ほどハルマさんが連絡してくれることになった。



 ヴェルシア様、今日は本当に楽しくて有意義な一日でした。

 ハルマさんとシンディーさんと生まれてくる赤ちゃんがいつまでも仲良くお幸せでありますように。




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