第272話 母の存在


 ダンジョンに行く前の樹の日にエマ様の元にみんなでいった。

 私が来たのを見て駆けてきてくださる。


「エリー、あしょぼー」

 はい! 喜んで~。

 エマ様は今日もかわいいです。



 今日はエマ様用に文字の表やお名前の綴りをかいた見本をあらかじめ作ってあったので、Emma(エマ)とRicardo(リカルド)の綴りを覚えてもらった。

「おにいちゃまー、なみゃえ!」

「よく書けてるね。ありがとうエマ」

 クライン様が満足そうにエマ様の頭をなでていた。



 エマ様のお昼寝タイムにお茶をいただき、いろいろ話し合うのも日課になった。

「クライン様。もしよろしければ、エマ様に何か花を植えていただくのはいかがでしょうか?

 朝顔なら今からでも育ちますし、小さな鉢植えにしておけば風が強い日には部屋の中に入れられます。

 花が終わっても種が取れて、来年も植えられます。

 夏の間毎日観察して、絵を描くのも面白いと思うんです。

 絵が描ければ、何かと役に立ちますよ」



 朝顔ならほとんど失敗はないし、たくさん花も付く。

 それにこちらにはモカというとっておきのサポーターがいる。

 聖獣であるモカに付与してもらえば病気などにはかからない。


 本当は野菜がよかった。収穫して食べる喜びがあるからだ。

 でも貴族の庭に野菜はさすがに似つかわしくないし、夏の間は私もセードンに行くので毎日こちらに来れるわけではない。

 おいしい野菜は収穫する前に鳥や虫に食べられてしまう危険性もある。

 エマ様が初めて育てる植物は失敗してほしくない。

 

「なるほど、では必要なものを用意しておこう」

「ありがとう存じます」



 エマ様の指導内容の打ち合わせが終わると、普通に雑談になった。

「トールセン、明日はダンジョンか?」

「はい、ダイナー様。ジョシュと残りの従魔たちで一緒に行きます」

「ハーダーセンは手練れだ。安心していくといい」

 ダイナー様もジョシュの腕、ご存じなんですね。



「ダイナー様のダンジョン行きはいかがでしたか?」

「特に問題はなかった。

 マリウスがたいそう張り切っていたので彼に任せることも多かったな」


 あっマリウス、苗字呼びから昇格している。

 仲良くなったんだな。

 マリウス、よかったね。



「ただ張り切りすぎて、ドーンの獲物まで取ってしまって怒られていた」

「目に浮かぶようです」


 アシュリーは孤児院のみんなの為にお肉がいるんだから。

 マリウスも分けるとは思うけどさ。



 マリウスってちょっぴりモカと似てるんだよな。

 行動パターンというか、ちょっと先走っちゃうとこ。

 だから気が合うんだな。

 うむ、仲良きことはよきことかな。



 私たちが帰る時間になるとエマ様は寂しそうなお顔になったが、我慢なさっているのがいじらしかった。


「今日はリカルド様のお許しを得て、モカとルシィがお泊りさせていただきます。

 エマ様がお望みなら添い寝もさせていただきますよ」

「おとょみゃりー?」

「明後日の闇の日までずっとこちらにエマ様とご一緒することですよ」


 エマ様はそんなことが起こるとは思ってもいなかったご様子でぽかんとされていた。

「おにいちゃまー、ほんとょー?」

「本当だよ。よかったね、エマ」

 キャアと喜びの声をあげて、エマ様はモカとルシィを抱き上げた。



 ウチの子たちはヒトに擬態しているドラゴ君とシーラちゃん以外はみんな小さいのでエマ様でも抱っこできる。それにみんな軽いしね。


「これほど喜ぶとは。もっと早くエリー君に頼むべきだったな」

 いや去年はそんな余裕ありませんでしたよ。



 モカ曰く、ゲーム上ではエマ様は生まれて間もなく殺されてしまうので、このような妹にデレるところはなかったそうなのだ。

 エマ様が生きていてくれて本当によかった。


 彼女の死がクライン様の心に影を落とし、ダイナー様と親友であるグロウブナー様とユリウス様以外は信じない冷酷な性格になったそうだ。

 反面一度受け入れると愛情深いキャラクターでもあったので、エマ様溺愛はこれはこれでいいんだって。

 確かに今のクライン様は冷酷ではなく冷徹だ。


 モカとしてはいつも鞭を片手に威圧する冷酷なクライン様も好きだったそうだが。

 私は考えるだけで怖いです。



「世の中の兄はだいたい妹に嫌味言ったり、汚かったりして夢がないんだって。

 友達の夏菜が言ってた。

 ウチのおにいちゃんはそうじゃなかったけどね。

 だから妹を大事にする兄は尊いのよ」


 なるほど、そういうところもモカの世界での萌えポイントなんだな。

大分異世界の用語が私の中に浸透してきた。


 それにクライン様の人間味のあるところが見られて、ちょっとほっとします。

 みんな家族が大事なのは同じだよね。



 最後に暇乞いをした時にエマ様が私の手をキュッと握って、

「みゃたねぇ」

「はいまた、参ります」

 思わず私はエマ様を抱きしめてしまった。


 今度こそ帰ろうとすると今度はエマ様に抱っこされたルシィが鳴き出した。

「きゅうきゅう」

 ああ、行かないでって言ってる。


「よしよし。ごめんね。モカお姉ちゃんも一緒だよ。

 明後日には帰ってくるから、いい子だからお留守番してね」

「きゅいきゅーいん」



 私がエマ様からルシィを受け取ってあやしていると、

「えりー、るーのおかあちゃまなの?」

「そうなんです。私が卵を孵したんですよ。ミラもそうです」

「……」


 エマ様が黙り込んでしまった。

 それを見てクライン様がエマ様を抱き寄せていた。



 ああ、エマ様に寂しい思いをさせてしまった。

 もしかしたら、エマ様はあまりお母様と会ってらっしゃらないのかもしれない。


 エマ様はもっと愛されて大事にされるべきだ。

 何度も訪れているが母であるアナスタシア様がこの別館に来ているところを見たことはない。

 夜ごとの夜会で、社交界の華をされているんだろうか?


 夫の子どもではないとはいえ、お腹を痛めた自分の子をほったらかしにして夜会を楽しめるなんて私には理解できない。

 それが不快で悲しかった。



 ヴェルシア様、どうかエマ様を受け入れてくださる素敵な家族を早急に見つけてください。

 とってもとってもいい子なのです。

 私が子どもでなかったら、今すぐ連れて帰りたいぐらいです。


 どうかどうか、よろしくお願いいたします。



------------------------------------------------------------------------------------------------

リカルドは英語読みはリチャード(綴りはRichard)なんですが、イメージが違うのでリカルドでお願いします。


名前は英語圏で揃えず、イメージで与えています。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る