第267話 家族が必要


 エマ様は本当にかわいい。

 数え歌とちょっとしたお遊戯ができるわらべ歌を教えたが、始終ご機嫌でくるくる踊るお姿は愛らしくて、私や私の従魔たちともすぐに仲良くなった。



 ちょっと舌っ足らずなところもかわいい。

 モカはみょかだし、ミラはみりゃ、モリーもみょりー、ルシィはである。

 ドラゴ君もそのまま呼べないみたいでどりゃごになっていた。

 私は普通に呼んでいただけるので、ちょっぴり寂しくなったくらいだ。



 1時間半ほど歌って踊って遊んでいたせいか、エマ様は疲れておねむになったのでお昼寝の時間にした。

 それでクライン様の許可をいただいて、ルシィと寝不足のモカも隣に寝かせておいた。


 エマ様と二匹のあどけない寝顔は、なんと心安らぐことか。

 クライン様のお心を和らげるお方であることをとても納得した。



 パペットメイドさんがお茶を入れなおしてくれて、私、ドラゴ君、ミランダ、モリーはお茶のテーブルについた。


「どうだい、初めての家庭教師は?」

「思っていたものとは違いましたが、とても楽しかったです。

 私が楽しんじゃいけないと思いますが」

「構わないよ。

エマはここでは一人だから、エリー君たちといるときは楽しんでもらいたいのだ」


「お小さい方ですし、無理に学問を詰め込むよりも遊びの中で覚えるのがいいと思います。特に学んでほしい分野はございますか?」

「そうだな。私はエマを信頼できる人物に養女にだすつもりだ。

 できれば平民がいい。

だから平民として暮らしていけるだけの知識、読み書きと計算、それと一般常識だ」


 エマ様は貴族としては育てないんですね。了解しました。

 私に貴族の知識は教えられないけど。



「手に職をつけるのもいいかもしれませんね。

 もちろんもう少し成長なさってからですが」

「……、そうだね」


 何? 今の間。働かせるの嫌なのかな?

 働かざる者、平民無理ですよ。



「トールセン、エマ様はここではあのパペットとしかいない。

 あまり会話をされないのだ。だから話し方も教えて差し上げるのがよいと思う」

「そうですね。今の舌っ足らずも愛らしいですが、もう少し明瞭に話せた方がいいでしょう」


「私は本科から入りたいと申し出たのだが却下されてしまった。

 学校に行かなければエマの側にもう少しいてやれるのだが」

 クライン様、学ぶことあんまりありませんものね。


「こちらで一人きりというのはやはり問題だと思います。

 ずっと側にいる方をせめて一人ぐらい入れてはどうですか?」

「エマの世話を任せられるほどの人物がなかなかいないのだ」

「わがままもおっしゃいませんし、従魔たちにも乱暴なこともなさいません。

 しっかりした身元で、口の堅い方にお頼みすれば」

「残念ながらそう簡単ではない」


 言いきられてしまった。

 でもそうだな、そうでなければ私に頼まないか。



「ならそういう方はこれからも探していただくことにして、私たちがまめにこちらに顔を出してエマ様とお話するようにいたしましょう」

「ありがとう。よろしく頼むよ」

 それからクライン様とダイナー様は、仕事のため別の部屋へ行ってしまった。



 私はお昼寝も長すぎると夜眠れなくなるので、エマ様を起こして今度は絵本を読んだ。

 モカはまだ寝ていた。

 うん、エマ様の前で攻撃魔法は使いたくない。



 本を読むためにエマ様をお膝の上に乗せると、その上にルシィも乗ってきた。

 ぐぅ、かわいい。

 二重にかわいいなんて抗えない。

 可愛いは正義(モカがよく使う)とはよく言ったものだ。



 絵本はエマ様にお好きなものをと尋ねて、選んできてもらったものだ。

 物語は主人公の女の子が動物たちと仲良くして森をお花でいっぱいにするものだ。私もこの絵本大好きだ。


「どこがお好きですか?」

「おはにゃ、いっぱい。とみょだち、いっぱい!」

 やはり寂しいのではないだろうか?


 聖書に出てくる騎士さまの冒険譚の絵本を読んだら、ちょっと怖めの場面でルシィのことをキュッと抱きしめていた。騎士様のことを心配しているのだ



 エマ様はちゃんと私たちの話も、絵本の内容も理解されているし、表情も豊かで優しい気持ちもある。

 ごく普通のかわいい女の子だ。

 親の不貞だけでこんな不遇な扱いとはひどすぎる。



「エマ様、次は文字を覚えませんか? 文字が読めればもっとたくさんの本が読めますし、書ければお兄様にもお手紙が書けますよ。

 ほら、このご本のくまさんがうさぎさんに手紙を書くみたいにですよ」

 エマ様は目を輝かせて、私を見てきた。


「みゃた、きてくれるにょ?」

 ああ、もう来ないと思っていたのか。

 きっとこんな風に1日だけ来て、来なくなることが何度もあったのだ。


「ええ、ええ、もちろんですよ。お約束します」

 胸に何かがこみ上げてきて、私はエマ様をルシィごと抱きしめた。



 この方には絶対ちゃんとした保護者、いや家族が必要だ。

 毎日一緒にいて、笑ったり、怒ったり、泣いたり、楽しんだり、そういう暮らしを積み重ねていく家族が。



 クライン様はお忙しすぎる。

 ダイナー様はクライン様のお側にいなくてはならない。

 クライン様の言う、養女に出す先を早く見つけていただいてそこの方々と交流していくのが一番ではないだろうか?


 クライン様がエマ様を養子に出すとしたら家督を継がれてからだろう。

 いくら何でも成人してからのはずだ。

 最短でもあと4年もある。

 そんなに待てない。小さい子の4年はとても貴重だ。

 それまでは私たちがお側にいてあげたい。

 そう心から思った。



 ヴェルシア様、どうかエマ様にすばらしい家族をお与えください。

 どうかどうか、よろしくお願いします。



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