第266話 離れにて


 私たちを乗せた馬車はすぐクライン様のお屋敷につき、家令のローグ様が出迎えた。

 彼は私の方をチラッと見た。

 前回の面談最悪だったもの。警戒されてらっしゃるのだろう。

 さすがベテランでクライン様の前で感情をあらわにすることはなかった。



「こっちだよ」

 クライン様が先に歩こうとするのでダイナー様が、

「リカルド様、俺が先導します」

「いいのだ。きっとエマが飛びついてくるだろうから」

 クライン様は長い脚でササっと歩こうとして、私の脚が短い(正しくは背が低い)ことに気が付いた。


 そうなのだ。

 私がケルベロス戦のせいで、クラスメイトのほとんどと10センチ以上身長差がついていて、クライン様達とは15センチ以上離れてしまったのだ。

 モカ曰く、攻略対象者たちは180センチ以上の身長になるから仕方がないのだろう。


「すまない、エリー君には早かったかな」

「お許しいただければ走って追いかけます」

「いや、ゆっくり行こう」



 クライン様が歩くスピードを遅くして、私が道順を覚えようとするとダイナー様から教えてもらった。

「トールセン、道は覚えなくてもよい。

 離れについたらリカルド様が皆に魔法をかけてくださる。

 この門をくぐるとどう歩いても離れに着くようになっている。

 逆に本邸の方には行けないが行く必要はない。

 離れは許可のないものにはたどり着けないようにされているのだ」



 それは私が思っていた以上の魔法だ。

 マスターがシーラちゃんとりんごの木を隠すのと逆の誘導の魔法だ。

 クライン様は私よりかなり難しい魔法を習得されている。

 とてもではないが、私に追いつけるとは思えない。

 1学期でも学年1位は取れたのは、ラッキーだったんだなぁ。



 離れの扉の前で、クライン様は魔法陣の書き換えをされた。

 すごく複雑な魔法陣。私の付与なんか及びもつかない。

 許可されているのが、えっ? 5人だけ?


 クライン様とダイナー様とソルちゃん。

 それとアナスタシア・メルダ・ゼ・クラインとユリウス・ジョシュア・ゼ・カーレンリースとある。

 アナスタシア様はクライン様とエマ様のお母様のお名前だろう。



 それにユリウス様といえば、あのローザリア嬢の思い人とされる剣聖さまだ。

 モカの言う乙女ゲーム『アイささ』の攻略対象者でクライン様の親友だ。


 クライン様は名簿の下に私たちの全員の名前を入れていた。


 

「驚いたのかい? 5人しか名前がなくて」

「はい……、使用人の名前があると思っていました」

「使用人はいない」

 ではエマ様のお世話は誰が?


「すぐわかるよ」

 クライン様は私の心を読んだように返事をされると、ダイナー様がノッカーを叩いた。



 ノッカーの音ですぐにメイドが出てきた。


 黒髪のしとやかな美しい女性メイドだ。

「おかえりなさいませ」

 クライン様もダイナー様も返事をせずそのまま二階に進んだ。

 私はとりあえず会釈だけすると、別のところから同じ顔のメイドが出てきた。


「ああ、客人と俺らにお茶とお菓子を頼む」

「かしこまりました」

 ダイナー様がメイドに命じて、彼女はそのまま引っ込んだ。


「双子ですか?」

「いいや」


 すると奥の部屋のドアが開き、同じメイドが小さな女の子を抱えてこちらに歩いてきた。

「降ろちて」

 メイドに降ろされた少女というか幼女だ。


「おにいちゃまー、おかえりなちゃい」

「エマ」

 エマと呼ばれた幼女はまっすぐクライン様に抱き着き、クライン様も抱き上げて頬ずりしていた。

 6歳と聞いていたが3歳ぐらいにしか見えない。

 小さすぎませんか?



「エマ、今日は私の友人を連れてきたのだよ。おともだちだよ」

「おとみょだちー?」

 ダイナー様がすかさず私の背中をトントンと叩いた。

 そうですね、挨拶だ。


「初めまして、ク、いえ、リカルド様のお友達で、エリーと申します」

「えりー?」

「こちらは私の従魔で、ドラゴ、モカ、ミランダ、モリー、ルシィです」

「いっぴゃい!」

「そうですね、いっぱいいます」


 エマ様はつかつかと寄ってきて、おもむろにモカをキュッと抱きしめた。

「みょか!」

「モカです」

「みょかです」

「ですはいらないです」

「みょか!」


 かわいいからもうでいいような気がしてきた。

 モカ、今日からみょかでお願い。


「あしょぼー」

「ええ、ぜひ」



 なんというか、エマ様は本当に素晴らしくかわいらしかった。

 天使ってこんな感じなんだろうか?

 にっこり笑う笑顔に心が打たれる。

 愛らしい素直なお方、うん、間違いなくそうだ。


 銀色の髪に紫の瞳。明らかな闇属性だ。

 光の精霊王が宿るとされるクライン家では異色の存在だろう。



 廊下ではなんだからとダイナー様に部屋に案内されると、そこにはお茶のテーブルの準備されていた。

 あの同じ顔のメイドがいた。

 少なくとも4人はいる。もちろん4つ子ではない。

 ここまでいればさすがにわかった。

 彼女たちはパペット、つまり人形なのだ。


 なるほど人ならば買収されたり、裏切ったりできるがパペットならばそれはできない。

 使用人の入室許可が要らないのはこのためだったのだ。



「この人形はクライン様がお作りになったのですか?」

「設計はレント師だ。

 あの方が賢者として認められたのはこの魔道具と操作魔法なのだ

 それを私は改良して使っている」


 確かにこれだけの精巧な動き……、魔族のベルさんに匹敵する。

 あの店のパペットも人間としか思えなかった。

 パペットメイドは家事や育児だけでなく、エマ様を守る戦闘要員でもあるという。

 これほどまでの強固な守りが一体どうしてエマ様に必要なんだろうか?


 

 私とドラゴ君はお茶をいただくことになって、他のみんなはエマ様と遊んでいた。

何をしているのかよくわからないがキャッキャッと楽しそうだ。

 


 パペットメイドが入れてくれたお茶は大変おいしかった。

 以前実際にいたメイドさんを完全にコピーしたそうなのだ。

「見本があれば作るのは簡単だから」

「でもご本人が見たら驚かれるでしょう」

「ああ、その問題はない。彼女は死んでしまったから」


 えっ、どういうこと?



「私がクライン家の後継ぎでは困る方々がいてね。

 幼いうちに毒殺しようとしたのだ。それで私付きだったメイドが毒見をして死んだ」

「そんなっ!」


「貴族の世界ではよくあることだ。

 だが私は光の精霊王の加護を受けているから、精霊王自ら主犯の家をつぶしてしまった。それから私は、私の命を狙ったものを滅亡させると言われている。

 でもなめられるよりはずっといいので、そのままにしている」


 だからクライン様は憧れも恐れられもしているんだな。

 ヒトには手にできないほどの権力を持つと言われていても、それでは安らぎなどとは無縁だろう。



「あの、よろしいのですか? 私のような平民にこのような許可をいただいて」

 これほどの守りをするのは、きっとエマ様がクライン様の弱点だからだ。

 クライン様自身は狙えなくても、エマ様に危害を加えると言われたらクライン様は折れるだろう。

 


「エリー君には清廉スキルがあるから。

 君が私を裏切るときは相当な苦しみがあると思うよ。

 それこそすべてを失うレベルのね」


 何それ怖い!

 裏切る予定はありませんよ!


「もちろん、私の方から裏切らない場合だよ。だから信用しているよ」


 なるほどご自分の行動さえ気を付ければ信用できるというのなら、クライン様は私を裏切らない。



 だから私も約束通り、エマ様の家庭教師に徹しよう。




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