第八章
第264話 モカノート
ルシィの誕生から1週間。
みんなに大喜びで迎えられ、彼の魅力に私たちはすっかり虜だ。
「今日もちっこいなぁ。ルシィ」
(真っ白でふわふわなの。とってもかわいいの)
モリーはいつも以上にフルフルしていた。
ドラゴ君とミランダとモリーに撫でられて、ルシィはキュキュと嬉しそうに鳴く。
私はパンが焼ける匂いと赤ちゃん特有の甘い香りは幸せの香りだと思っている。
ルシィには特別ミルクを上げていないのになんだか甘い香りがするのだ。
モカは……いつもの御寝坊さんだ。ベッドで全身ひろがっている。
向こうの言葉でこれをダイノジというらしい。
寝相に専門用語があるなんて、モカの元の世界は繊細な表現をするんだなぁ。
「起こしてあげないの?」
「生まれたてのルシィの前で攻撃魔法なんか使いたくない」
(ドラゴおにーさまのいうとおりなの)
モカは眠りが深すぎて攻撃ぐらいされないと起きないのだ。
もちろん、本気の攻撃ではないんだけど。
ドラゴ君が腕の中にルシィを抱いている。ルシィはとても気持ちよさそうだ。
「闇属性だから、ぼくの側が心地いいんだね」
きゅぅと小さく鳴くルシィは全員の母性父性本能を刺激するようだ。
魅了もあったけど、構うものか。
ルシィは赤ちゃんだもん。みんなでかわいがるんだ。
いつものように朝ごはんを作り、ルシィには甘めのパンがゆを作ってみたけどまだ食べられないようだった。
それで私が抱っこし、汁気だけスプーンに少しだけすくって、魔力をのせて口元に持っていくとちょっとずつなめる。
「おいしい?」
「きゅ!」
胸がきゅーんとする。愛おしい~。
ミラやモカにも感じるけど、ルシィはさらに幼いので守ってあげなきゃって気持ちが強くなる。
ルシィの心話は夢の中でしか聞けないみたい、残念。
でもずっとルシィを抱っこしているわけにもいかない。
クライン様のところに行かなくてはならない。
私がミランダとモリーにルシィを渡すと、モリーは大きくなってクッションのようにルシィを受け止めた。
「きゅーきゅー」
悲し気に鳴く、ルシィに後ろ髪をひかれながら、泣く泣く部屋を後にした。
そういえば、今日のモカは起きてこなかったなぁ。
最近のモカは夜更かしさんなのだ。
まだ連絡が取れていないけどハルマさんに冒険者ギルドを通じて面談の申し込みをした。
その時にこの世界が乙女ゲームの世界だとわかれば、きっと安心するに違いない。
ちょっと物騒なこともあるし、ソフィアもいるけれど勇者がいなくてもなんとかなるかもしれない。
だからその説明をするべく、ハルマノートならぬモカノートを作っているのだ。
基本的には真面目にやってくれているのだが、
「あたしだって、楽しみがないとやってらんない~!」
というわけで、後ろ側から見るとクライン様とダイナー様のBLページだ。
これを書くために夜更かしなのだ。
ミラにバレたらまっぷたつ(ノートが)だもん。
だからこの部屋にはだれも入ってこれないけど、念のためそのノートだけはシークレットガーデンに隠しておいてくださいと敬語で頼んでいる。
だって他のヒトが見たら絶対私が描いてると思われちゃうもの。
こんなことがクライン様に知られたら……一生、奴隷にされちゃうかもしれない。
それだけは嫌だ‼
一度頼まれてモカをクライン様の執務室に連れていったらクライン様から、
「エリー君、モカ君はどうしてあんなに私とサミーを見ているのかな?」
「あの、お二人のことが好き……なんじゃないでしょうか?」
「好かれるのは嬉しいが、ちょっと見過ぎだと思う」
ですよねー。
それでモカを注意したら、
「推しの迷惑にならないようにそっと見ていたつもりだったのに……」
いや、私でもわかったよ。
「隠蔽を早く習得しなくちゃ」
ブツブツつぶやくモカに私は悲しい知らせをしなくてはならなかった。
「モカ」
「何? エリー、あたしには使命があるのよ」
「クライン様には真実の眼があるの。
身に着けたばかりの隠蔽程度ではバレると思う」
「!」
気が付いていなかったみたいで、
「リカルド、優秀過ぎる……」と涙を流していた。
とにかくモカののぞきは不可能だと思う。
出来ればあきらめてほしい。せめてBLを描かないでほしい。
そうお願いしたら、
「やぁねぇ、こんなソフトなの大丈夫よ。キスしかさせてないし。
本来ならもっと肌色多めなんだけど。まだ11歳だしね。自主規制」
いやいや、十分ヤバいです。
私の将来がかかっているかもなの。お願い、わかってほしい~!
私はこんな葛藤を抱えながらいつものようにドラゴ君とクライン様の執務室に向かった。
まずは食堂にお茶のワゴンを受け取りに行く。
そしてもう一つの葛藤がある。
私を狙う相手が魔族とはっきりわかってから、ドラゴ君の警戒レベルがさらに上がった。
授業中も廊下にいるみたいだ。
もちろんそうしちゃいけない訳じゃないけど、物々しい感じがする。
特に警戒しているのが、カロンくんである。
同じクラスの魔族の少年。
彼もロブと同じ魔人族の系統だと、ドラゴ君が鑑定した。
「人間はわからないけど、魔族はわかるよ。しかもあいつはウィル様やフィレスに従っていない。敵である可能性が高い」
「ドラゴ君、でも攻撃して確かめるなんてしないでね。ロブみたいに何も知らないのかもしれないし」
「ないと思う。ロブは力がちょっと強いだけのほとんど人間。でもアイツは魔族としての血が強い」
「そうなんだ。でもそれだけで疑うのは……」
「ターレンの様子が変だったの初日からだって言ってたでしょ。
だったら仲間を潜入させるのもわけないよ。
ただ年齢が11歳なのは本当だ。
ヴェルシアのジョブ判定は内容を隠蔽ができるけど、偽装はできない。
だから年齢は本当なんだ。
つまり眷属か眷属に近い魔族の子どもだと思う」
「フィレスさんは最近眷属を作ったの?」
「しらない。確かめないとね」
それはぼくがやっておくと、ドラゴ君は言った。
魔族の眷属ってどのくらいまで子孫を残せるんだろう?
人間だったら、男性は長くて7~80代、女性だったら50代で産んだという話も聞いたことがある。
眷属になったら肉体や能力が族長の特徴を引き継ぐと聞いたから、寿命も延びるはずだ。
それで計算すればどの眷属のヒトの子どもなのかわかると思う。
でもこれ以上何も起こってほしくないのが本音だ。
カロン君がもし敵だったとしても、直接対決しなくてもいいのならそうありたい。
何も攻撃してこないなら、そのまま放置でいい。
でもドラゴ君の気持ちもわかるので、できるだけ側にいてもらっている。
ヴェルシア様、どうか私たちをお守りください。
そして私たちに心の安寧をお与えくださいませ。
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