第245話 クライン家の面談


 結局、卵は孵らないままクライン家に従者としての研修を受ける日になった。


 クライン邸までドラゴ君がついてきてくれた。

 モリーはポケットに入ってもらった。


 裏門にて名前と要件を伝えようとすると、ソルちゃんが迎えに来てくれた。

(エリー、モリー、あいたかったぁー。いっしょにあそぼー)

「おはようございます、ソレイユ様。

 本日は仕事で参りましたのでモリーと遊んでくださいませ」


 私がモリーをポケットから出し、手のひらに乗せてソルちゃんに差し出した。

 モリーはフルフルっと愛らしく揺れた。

(わかったぁー、エリーもあとであそぼーね)

 ソルちゃんはそう言って、モリーを掴んで行ってしまった。



 衛士の騎士たちがいいのか?って顔をしていたが、ベテランの方がソレイユ様だから仕方がないと判断されたようだ。



 そのあと私は家宰のローグ様(男爵家出身だそうだ)のところに連れていかれた。

 自分の生い立ちや能力、学校での成績や友人関係、これまでのいきさつなどをかなり事細かにいろいろ尋ねられた。

 私これでも冒険者なんだけどな。

 聞かれて困るようなことはほとんどなかったが、『常闇の炎』の内情については話せないと突っぱねた。



 最後にクライン様の従者になることについて、どう思っているか尋ねられた。

「クライン様には感謝しております。学校内でのお世話はさせていただきたいと存じます」

「ではあなたはクライン家に忠誠を誓えますか?」


「それは出来かねます。

 わたくしはあくまで冒険者クラン『常闇の炎』の仮メンバーでございます。

 クランにはもうすでに返せないほどの恩義も受けております。

 命を救われただけでなく手の欠損も癒していただきました。

 それはクライン家に仕える前の話です。

クライン様にもご理解いただき、契約書にもその旨を明記していただいております」


「我々はクライン家に仕えることを誇りに思っています。

 もしクライン家と『常闇の炎』が敵対した場合、あなたはどちらにつくのですか?」

「現クランマスタービリーがいる限り、わたくしは『常闇の炎』につきます」


「話にならない。あなたのような人間をリカルド様の側に置くことはできません」

「それならば致し方ございません。

わたくしは初めからクライン家に忠誠を尽くすことはないと申し上げたのですから」



 ローグ様との面談は決裂した。

 当然、従者の研修も受けるはずもなかった。


 私が帰ろうとすると、メイドがクライン様が私とローグ様を呼んでいるということで移動することになった。



 通されたのは書斎だった。壁一面に本がずらりと並んでいる。

 すごい量、窓とドアと天井以外全部本だ。しかも2重の棚だ。

 こんなすごい書斎、11歳でご自分のなのか。読んでないものはないんだろうな。

 さすが未来の近習。



 側にはいつも通り、ダイナー様が控えている。

 ソルちゃんはいない。モリーとどこかで遊んでいるのだろう。

 クライン様が私のことを聞いたので、ローグ様は私がクライン家に不適格な人物であることを訴え、即刻解雇するように進言していた。


「ローグ、クラインのためにいつも尽してくれて嬉しく思う。

 だがエリー君はクライン家ではなく私と契約しているのだ。

 契約がある以上、契約違反しない限り彼女は私を裏切れない。

 お前ならばこの意味が理解できると思う」


「それは……、かしこまりました。

リカルド様がそこまでおっしゃるならば、不本意ですが受け入れざる得ません」

「そうしてくれ。

 ただ今後のことだがエリー君にはこの家でやってもらいたいことがある。

 まだ『常闇の炎』の了承を得ていないので、私の希望にすぎないが」


「それは何でしょうか?わたくし共でできないことでしょうか?」

 ローグ様は心外だと言わんばかりに、クライン様に訴えていた。



「ああ、エマの教育だ。エマのことはすべて私に一任されている。

 父上に迷惑をかけたくないし、あの女には近寄らせたくない。

 そして、お前たちは父上の用人だ。お前たちの手も煩わせたくない」


「ご配慮いたみいります。

 リカルド様のお役にはいついかなる時も立ちたいと思っておりますが……」

「その気持ちだけでよい。

 そういうわけで我が家には不適格だとは思うが私とエマ以外のことはさせないので、彼女の出入りを許せ」

「かしこまりました」

「ではローグは下がってくれ」


 ローグ様は去り際にしっかり励むようにと念押しして去って行った。



「すまないね、エリー君。

 ローグの家はサミーの家もそうだが、我が家が王家だった時代から尽くしてくれていて、自分と違う考えを受け入れられないのだ」

「いえ、それは私も同じですから」

てことは300年以上仕えているってことか。それはすごいことだ。


「それでは君にはこの書類をクランに持ち帰ってほしい。

 内容は先ほど言った私の妹の家庭教師をしてほしいのだ。

 妹の名前はエマ・クラインという。

 まだ6歳だが家庭教師が長くいてくれなくてね」


「それは……毎日でしょうか?」

「いや、週に1,2回でよいし、君の予定を優先してくれて構わない。

 エマは体が弱いので長くは勉強できないから」


「ですがクライン家の令嬢ともなれば、きちんとした方の教育でないといけないと思います」

「エマはクライン家の籍に入っているが、伯爵家の娘ではないのだ」

「? それはどういう意味でしょうか?」



 クライン様は少し黙った。

「そうか、すまない。君は平民だからこういうことはあまり知らないんだったね。

 エマは父上のたねではないのだ。母が愛人との間に作った子供だ。

 その場合、父上の籍には入れるが伯爵家の相続が出来ないようになっている。

 だから伯爵家の娘ではない」


 まさか、思ってもみないようなことをさらりと返答されて何も言えなかった。



「この家でエマと血がつながっているのは私と母だけだ。

 母はほとんどここには来ないし、エマに関心がない。

 いやむしろ苛めるので引き離している。

 それでもエマが会いたがるのでたまに面会はさせているがそれだけだ」


 なんだかその辺りも複雑な困りごとのにおいがします。



 ダイナー様が私の困惑に気が付いて補足してくれた。

「トールセン、エマ様は天真爛漫な愛らしいお方だ。

 ただお立場がお立場だけに皆にかかわりあいたくないと避けられてしまうのだ。

君はリカルド様に匹敵する知性とエイントホーフェン伯爵夫人に認められた存在だ。

 エマ様の力になってほしい」

「サミーは優しいな。私はこれで貸しを返してもらおうと思っていた」



 クライン様、ダイナー様の心遣いが台無しですよ!

 でもそういわれると断れません。



 ヴェルシア様、私にエマ様の教育なんてできるんでしょうか?

 保育スキル、役にたつかなぁ。

 ちょっぴり、心配です。


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 上位貴族はリカルド・ルカス・ゼ・クラインのように、セカンドネームとゼを冠します。

 正式な子として認められていないから、エマはファーストネームと家名だけなのです。


 リカルドとエマの母親は、例の社交界の花として恋愛を謳歌されている方ですよ。

(第137話、ニコルズさんの過去)







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