第224話 疑いをもたれて


 マスターとの面談からしばらくたった。


 なんとなく毎週土の日に、ロブと会うことになっている。

 ロブは私がお返ししようとしてものらりくらりと返させてくれない。

 せめてコーヒー代だけでも今度こそ受け取ってもらえるようにしなきゃ。

 それでロブの気に入りそうなお菓子を持って、ドラゴ君(カバンの中にはモカとミランダ)といつもの従魔ギルド近くの酒場に行った。



 今日のロブは一人ではなかった。

 いつもの席ではなくカウンターに大人の男性といる。

 私は近寄っていいのかわからず、入り口でまごまごしていたらロブが気が付いて声を掛けてくれた。


「エリー、こっち来てくれ」

 それで近寄ったが、隣の男性がひどく私のことを見る。


「あの……」

「いや、大変失礼した。俺は従魔ギルドのサブクランマスターのオットーだ」

「エリーと申します」

 オットーさんに差し出された手を私が握ろうとしたら、ドラゴ君が彼の手をピシッと叩いた。



「お前、今魔法使おうとしただろ。エリーをどうするつもりなんだ」

「オットーさん、どういうことだ?」

 ロブも食って掛かる。


「いや、すまない。彼女が隠蔽を使っている気がしたから、解除しようと思っただけなんだ」

「隠蔽? 私がですか?」

 私は清廉スキルのおかげで隠蔽が出来ない。使いたくても使えません。



「私、隠蔽なんかしていません」

「口では何とでも言える。信用できない」

「そんなに言うならいいですよ。解除魔法かけてください。

 でもそれ以外の魔法をかけたら即死ぬって魔法契約結んでください。

 あなたが死ねば呪詛をかけられても無効になりますから」

「いや、呪詛なんか掛けないし」

「口では何とでも言えます」



 ここまで言ったら引き下がるかと思ったがオットーさんは魔法契約に応じ、私は解除魔法を掛けられた。

 もちろん何も起こらなかった。



「本当に申し訳ないことをした。だがこれには理由があるんだ」

「その理由を教えてください」

「ロブのことだ」


「オットーさん!」

「ダメだ、お前ちゃんと言ってないんだろ」

「……もしかして、ロブのお家のことですか?」

「お前……知っていたのか?」

「私がロブと一緒に歩いてるのを見て、教えてくれた人がいるの」



 本当はモカの情報で知っていたが、ロブがこの国一番の大商人ディクスン氏の跡取り息子だということを言いに来た人たちがいた。



 王都に戻ってきてまだ日が浅いころだった。

 朝の奉仕活動の帰りに、2,3歳上の学院の女生徒が数人でやってきて囲まれた。

 こっちに戻ってから2回ぐらいしか会ってなかったのに、私のことをロブの恋人だと思っているみたいで口汚くののしられたのだ。


「嫌だわ~、毒婦って男とみれば見境ないのね~」

 私10歳の子どもなんだけど。どうしてそうなる?


 手袋をしていたが、仕草やたたずまいから貴族ではないと思った。

 ロブと同じ商人の娘だったのかもしれない。



「なんだ、そうだったのか……。俺、言い出せなくて悩んでたのに……」

「どうして? 私気にしないよ。別に結婚する訳じゃないんだから」

「……このお嬢さんはなかなかはっきり言う子だね」

「そういう奴なんだよ」


「つまり悪い評判のある私がロブみたいなお金持ちと仲良くしているから、彼が騙されてないか心配だったってことですか?」

「本当に言いにくいことをはっきり言う子だね」

「時間の無駄ですから」



 それで私は席を立とうとした。

「おい、どこ行くんだ?」

「帰るの。用事終わったでしょ」

「いやいやオットーさんがこんなことするとは思ってなかったから。

 お詫びにご馳走する」



 私はため息をついた。ロブは全くわかってない。


「あのねロブ、友達同士ってそんなおごったりしないの。

 私コーヒーの値段、クランのヒトに聞いた。

 1杯金貨5枚って何よ! そんなの子どもが飲む金額じゃないでしょ!」

 あの時の給仕の女性は、金貨10枚を弁償させられると思って土下座したのだ。


「……うん、そうだな」

「そんなものをおごるから、騙されてるんじゃないかって心配されるのよ!

 わかった?」

「わ、わかりました」

「わかればよろしい」



 するとオットーさんは何がおかしいのか、ゲラゲラ笑い始めた。

「このお嬢さんにかかっちゃあ、ロブも形無しだな」

「全部アンタのせいだから」

 そう言ってロブはオットーさんをはたいていた。

 仲いいんだな。



「エリー、こんな失礼な奴ほっといて帰ろう」

 ドラゴ君が憤慨すると、ロブの腕からシーラちゃんが伸びてきて、イヤイヤ帰らないでと言うように巻き付いてきた。


「シーラ、ぼくはお前のことは嫌いじゃないけど、こんなやつ連れてくるロブを見損なった。

 このオットーって奴、うさんくさい。信用できない」


 そう言ってドラゴ君がシーラちゃんを撫でると、シーラちゃんはものすごくしょんぼりして可哀そうだった。


「ホントごめん。俺もこんなだまし討ちしようとするとは思っていなかったんだ」

 最近だまし討ちって言葉、よく聞くな。

 ああ、モリーのテイムの時にクライン様に言われたんだ。



「ロブ、私は冒険者なの。ロブが言いたくなさそうだったから聞かなかったし、私たちの間では関係ないと思ってる。それが冒険者の鉄則なの。

 従魔ギルドでは違うみたいだけど」

「いや、本当に申し訳ない。ロブは従魔ギルドでも重要人物なんだ。

 そんなに簡単に心を許す奴じゃないんだが、女の子と短期間で仲良くなるなんておかしいと思ったんだ」

「それって、魅了でも使っていると思われたんですか?」

 オットーさんは頷いた。



「俺たち従魔ギルドは闇属性が多い。それに近い能力を持つ奴もな」

「俺も持ってたけど、教会でスキル封じしたんだ。魅了なんかちょっと役立つくらいで、弊害の方が多いから」

「そうなの?」

「好かれ過ぎて付きまといにあったり、誘拐されそうになったり。

 みんながやたら俺の言うことに従うからおかしいなって思ったら魅了だったんだ」


「……私の疑いを解くためにスキルを一つだけお教えします。

 私が従魔たちに好かれるのは、清廉スキルがあるからです」

「そうだよ、エリーは清廉なんだ」

 そう言ってドラゴ君がくっついてくると、シーラちゃんも同じように私にくっついてきた。



「うぉ、シーラまで懐いてるのか」

「ああ、シーラに魅了なんか効かないからな」

 シーラちゃんは魅了が大嫌いで、掛けようとされたら暴れたんだそうだ。


「当然だね。ドラゴン種はどんなに幼くても誇り高い種族だ。

 操ろうとされたらそりゃ暴れるよ」

 ドラゴ君が納得したように頷くとシーラちゃんはわかってもらえてうれしいのか、ドラゴ君にピタッとくっついて、頬ずりいていた。


 シーラちゃんは本当にかわいいです。

 私がなでなですると、気持ちよさそうに目を細めていた。



 結局、ロブの謝罪は受け入れたけど、今日はそのまま帰った。

 あっ、コーヒー代返すの忘れた!

 次だ、次返そう。





 ◇




「なかなか負けん気の強いお嬢さんだったね」

「もうほっといてくれよ。あいつはちゃんとしてるんだから」

「ロブにも春が来たってことか」

「うるさい!」


 そういう初心うぶな反応を見せられると、オットーはますます心配になった。



「お前、あの子が所属してるクラン知ってるか?」

「えっ、そういや聞いてないな。

 あんな子供が所属できるから『カナンの慈雨』あたりだろ」

「違う。『常闇の炎』だ。冷血魔族の手下なんだ。

 俺が魅了を疑ったっておかしくないだろ。

 魔族にはとんでもない魅了持ちがいるからな」


「『常闇の炎』……。だからあんなすごい従魔がいるのか」

「なんだよ、すごい従魔って」

「さっきエリーの側にいた小さい子、あいつカーバンクルが人化した姿だそうだ。

 獣化したところは見てないけど、シーラがとっても強いって言うんだ」

「カーバンクル……ケルベロスを倒した奴か」

 ロブは頷いた。

「うわっ、それなら触らせてもらうんだった」

「オットーさん……、あれだけ疑っておいて触らせてくれる訳ないだろ」



 頭を抱えるオットーを尻目にロブはエリーとどうやったら仲直りが出来るのか思案した。


 こんな風にエリーと仲たがいしているのは辛かった。

 ロブのことを金や見た目だけで寄ってくる女とエリーは全然違った。

 シーラを認めて優しくしてくれる、正義感の強い愛らしい清らかな少女。



 それはロブの初恋だった。





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