第193話 密談

 

 エリーと別れた後、ジョシュを乗せた馬車は一旦は学校の方に向かったが、途中で道を変えた。

 クライン家の屋敷の離れにだ。



 ジョシュは客間に案内され、しばらくしてリカルドとサミーが現れた。

「待たせてすまない、ユーリ」

「今はジョシュだ。何か用なのか?」


「君の討伐したヒヒについての情報が欲しい。冒険者ギルドの伝聞よりも君に直接聞いた方がいいからね」

「さほど強くはなかったが、魔法攻撃が無効なので魔法士団だと大変だな。

あと馬鹿力とキラーホーネットを咆哮で使役させたのも厄介だ」


「使役か……それは悪魔とつながっている可能性がゼロではないということになる。

さほど強くないって君だからじゃないのか?」

「そうかもしれない。それにドラゴの陽動がとてもうまく行って、こっちのことを意識しなくなったのもよかった。でももっと知能の高い個体だと普通の騎士たちなら手こずるんじゃないか?」


「我が国の騎士では受けきれないか」

「ああ、人間では無理だろうな。巨人族レベルなら受けられるかもしれない。

だが奴の皮は刃物で切れるから避けタンクに陽動させて矢で傷つけて弱らせて、とどめを刺せばいい」

「魔法士団には咆哮で使役された魔獣を相手させるか。悪魔との関連性が見つかればいいが、面倒だな」

 魔法士団と騎士団はお互いをライバル視しているので、そんな使役された雑魚など相手にしたがらないのだ。

 しかしその二つをうまく操ってこその王の近習である。



「それにしてもエリーを雇うなんて考えたな」

「彼女を雇えば、必然的に彼女の従魔も付いてくる。

ドラゴとモカはこの王都でもトップクラスに強い従魔だ。使わない手はない」


「しかし、光の精霊王の加護を掛けるなんて無茶だな」

「そんなことはない。彼女に危害さえ加えなければいいんだから」

「つまりどっかの誰かさんが、君の気持ちを慮って始末する分には問題ないというわけか」

 ジョシュはリカルドの側にいるサミーをちらりと見た。



「そんなことするつもりはないよ。彼女は清廉スキル持ちだ。彼女に契約者に対する裏切り行為などできない。私と『常闇の炎』さえ敵対しなければ大丈夫だ。ただし」

「ただし?」

「彼女が退学あるいは卒業したら私との契約が切れて、裏切り放題だね」


「エリーはしないだろう。姿を消すくらいじゃないか?」

「あんな従魔を連れてか?厄介すぎる。『常闇の炎』にあんな従魔がごろごろいるようでは危険だ。だが私は触らぬ神に祟りなしだと思っている」


「別のやつか?」

「ヴェルディは、その危険性を考えてクランを取り潰せと言っているが従魔を従えているのは魔族だ。注意を怠ってはならないだろう。

彼らがバラバラになれば、監視することもままならない」

「ああそうだな」

「悪魔討伐はクライン家の悲願でもある。そして王家からの隷属より逃れるための最後の手段だ。私は失敗できない」




 そのとき、客室のドアがノックされた。

「入れ」


 ドアを少しだけあいて、人形を抱いた銀髪に紫の瞳の愛らしい幼女がそっとのぞき込んできた。

 ジョシュとサミーは立ち上がって出迎えた。


「おにいちゃま。エマ、しゃみしいの」

「ああ、エマ。入っておいで。ジョシュ君、せっかくだから食事を一緒にどうだ?

話の続きは後でしよう」

「ご招待、謹んでお受けいたします」



(今はユリウスでないから、エマちゃんをあやしてやれないな。それにしても相変わらずの妹煩悩だな、リック)


 エリーのところの食事会も捨てがたかったが、この兄妹とのディナーも悪くないとジョシュは小さく微笑み、今日はゆっくりと楽しむことにした。






 ◇





 マルトが目を覚ますと、そこは牢屋ではなく粗末だが掃除の行き届いた清潔な部屋のベッドの上だった。

「ここ……どこ?」



 マルトは自分の置かれた状況を整理し始めた。

 エリー・トールセンに嵌められて、クライン様に逮捕され牢屋に入れられてしまったのだ。

(私は頼まれたことをしただけなのに。そうだ、罪の印!)



 本当に出ているのか調べたかったが、確かめるにもここが安全かもわからなかった。

 それから逮捕後の様子を思い出そうとした。

 それで、牢に入れられて、尋問されいる途中で急に眠くなったことを思い出した。


(お母さん、私がこんなことになって大丈夫かな。ちゃんと守ってくれるっておっしゃってたし大丈夫よね)



 すると、ノックもなく突然ドアが開いた。

「ドロスゼン、目が覚めたか?」

「えっ?カロン君?」

 オーギュスト・カロン。マルトと同じAクラスの魔族の少年。



「人間って言うのはややこしいな。あの程度のことですぐに罪の印が出る」

「やっぱりあるの?」

「さっき、ウチの姐さんが調べた時にはあったって。左腰の辺り。後で見て見ろよ」

「そんな……、ラリック様にお詫びして消していただけないかしら?」

「お前、馬鹿なのか?お前に表の世界に戻る方法なんかもうないんだよ」


「ウソ!だって私のこと守ってくださるって」

「守ってもらったじゃないか?俺たちを使ってな」

「あなたたちっていったい……」

「俺たちは暗殺ギルド。お前がこれから生きていくところさ」

「何ですって?私に人なんか殺せないわ」


「お前みたいなドジ踏むやつにそんな真似はさせない。でも潜入して情報を取る役目ならできる。魅了持ちはそれにはすごく役にたつしな。

 着替えと風呂と性行為にさえ気を付けてもらえば、罪の印も分かりにくい場所にある。よかったな。顔や手に出ていたら殺していた」



 殺意さえ感じない目で淡々と殺すと言われて、マルトにもこれが現実に起こっていることだとわかり始めた。


「心配するなって。ちゃんと教育係もつくから。あねさん、お願いします」

 カロンくんに呼ばれて、一人の女性が入ってきた。



「私、あなた知っているわ。前に裁縫ギルドにいた……」

「ああ、あの時はラムって名前でね。でも偽名だから。アンタにはあたしのことを先生と呼んでもらう」

「先生……」

「そう、アンタにはこのギルドの仕事を覚えてもらわないとね。とにかく食事取れる?この仕事は体が資本だからね」

「あの、それよりも連絡とりたいんです。私……」

 すると、ラムだった女はマルトを平手で打った。



「アンタ、今依頼人の名前を言おうとしたね。それはここでは仲間であろうとも絶対にしちゃだめなんだ。あたしはアンタをぶちのめすのに手加減はしない。痛い目見たくなかったら黙って仕事を覚えるんだね」

「母が心配なんです。助けて下さるとは約束したけど」


「ふーん、それもおいおいわかってくるんじゃないか?今はアンタのするべきことをしてからにしてほしいね。

 わかったら、そこに服があるから着替えて。さっさとするんだよ」



 マルトは生まれて初めて打たれたショックと自分の状況を飲み込めずに混乱していたが、寝間着のままではいられないのでとりあえず着替えた。

 カロンの言う通りの場所に印もついていて涙が出た。


(こんなことになるなら、全然したくなかったのに。お母さんとバートに会いたい)

 母と恋しい幼馴染の顔を思い浮かべて彼女は涙した。



 人を呪わば穴二つ。そして穴に落ちたのはマルトだけだった。

(とにかく生き延びよう。カロン君もいるし、何とかなるかもしれない)



 そしてマルトは、進みたくない人生への扉を開けたのだった。





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