第194話 マリウスの復帰

 

 学校に戻ったマリウスは、みんなから暖かく迎えられた。

「よかったなぁ、麻疹はしか今すごく蔓延してるんだぞ」

 こうしてみると改めてマリウスは人気者なのだと感じる。



 今回の一件でマルト・ドロスゼンとそれなりにつながりのあった子は全員麻疹として入院させられ、悪魔の精神汚染がないかチェックされている。

 悪魔のことはもちろん伏せてだ。


 調べるときに魔法契約でそのことを話せないようにしてあるが、誰も話さないだろう。

 彼らのほとんどが商家なので魅了で操られたなんて経歴が残ることはすなわち信用問題にかかわるからだ。



「そうらしいな。俺入院の間、意識失ってたみたいで、あんま記憶ねーんだよ。

 こんなに休んでたなんて思わなかったぜ」

「ノートとかは……大丈夫だよな。トールセンとハーダーセンがついてるもんな」


「まぁな。今ジョシュが家庭教師かてきょしてくれてるんだけど、これがまた厳しくてさ。ちょっとでも怠けると」

 ジョシュがピシッと乗馬用の鞭で机を叩く。

「何か問題でも?試験に落ちたら後悔するのはマリウス、君だよ」



 ジョシュ、それ問題あるような気がする。

 本当に鞭打ってるわけじゃないとは思うけど。

 あれっ?モカ。目をキラキラさせて、手を組んで口元に当てている。

 妄想中?

 なんで?どこにそんな要素が?



 後で聞いてみると、

「優等生ドS眼鏡とほだされ受けマリウス――」


 ――の部分以降は聞こえなかった。見るのも出来なかった。

 ドラゴ君が私の耳をふさいだからだ。ミランダも私の顔に飛びついて目隠ししたからだ。



 その後、3匹はケンカし始めた。

「エリーは清廉なんだ。モカの話は耳が穢れる!」

「みにゃー!」

「何よぅ、エリーが聞いてくるから教えてあげようと思っただけじゃない!」


「ウィル様から聞いた。モカみたいなヒトのことを腐った女子で、腐女子っていうって。エリーを腐らせたら承知しないぞ!僕はエリーを守るように言われているんだ」

「にゃにゃー!」

「腐ってたって元気で楽しく暮らせるわよ。あたしなんか今は聖獣よ!」



「みんなケンカしないで。ごめんね、その……どうしてそんな風に考えられるんだろうって思っただけなの。これからはモカの妄想の理由を聞いたりしない。

 モカも好きなだけ妄想していいから、私に言わないでくれる?」


「別に悪いことしているわけじゃないもん」

 モカがちょっとしょげた。

「わかってる。でもドラゴ君やミラに心配かけたくないの。私は腐っててもモカが大好きだからね」



 そういうとモカが抱きついてきた。ドラゴ君もミランダも。

 私は3匹をしっかり抱きしめて、仲直りしてもらった。



 平和だ。

 やっと平和な日常が戻ってきた。

 学校もあと2週間だ。来週のテストで冬休みだ。



 ドロスゼンは当然退学で、他はそのまま変わりなかった。



 クライン様の契約書をクランの要望を添えてお返しして、3学期から従者の仕事をすることになった。

 仕事増えるけど、休み時間だけだしクライン様が私の安全を図ってくれるのでいいということにしよう。



 実はこの話をクラスで発表した時、一部の令息令嬢が色めき立ったのだが、

「だいたいどうして私が平民風情に心を移すと思われているのかわからない」

 クライン様がそう言うと、それもそうだと皆納得していた。

 ちょっとクライン様、1学期の時にどうしてそれ言ってくれなかったんですか?



 それに例の精霊王の加護を失う話はラリック様が令嬢方に広めてくださった。

 そこまでする必要があるかは疑問視されたが、私が純然たる使用人として扱われることに関しては問題なしと言うことになったようだ。


 令息方にどんな話をされたのかは知らないがヴェルディ様から、

「クライン様の足を引っ張ったら、承知しないからな」とくぎを刺されただけで終わった。




 試験がやっと終わった。

 ドロスゼンの件が片付いたおかげか以前のような敵意を感じなくなった。

 それで食堂でみんなでお茶を飲んでいるときにジョシュが聞いてきた。



「エリーは冬休みどうするの?」

「私は教会の奉仕活動して、ホーリーナイトがすんだらクランの保養所があるセードンでアイススケートしてくる」

「おっ、いいな。俺は騎士科の友達んとこに行く」


 マリウスはそう言ったけれど、実際はクライン家の騎士団で訓練するらしい。

 アシュリーがいるから、遊びに行くことにしたと言ってるのだ。

 でも正当な騎士を目指すマリウスにとっては願ってもないことだったみたい。


 マリウスは今も首に包帯を巻いている。

 首の後ろに悪魔よけの聖属性の印をクライン様につけてもらったのだという。みんなには麻疹の跡が残っているからと言い訳している。

 騎士になりたいマリウスにとって、悪魔に一時でも憑かれたことは汚点だ。

 多分、教会付きの聖騎士にはなれない。

 彼の人生を狭めてしまったことを私はどうやってお返しすればいいんだろう?



「俺は下の子どもたちの面倒みる。アランカの森に行っても獲物が少ないけど、みんなでスライム狩りして、ちょっとでも稼ぐ」

 アシュリーは狩りより現金収入に移行したようだ。

 薬草は荒らされてたけど、スライム狩りは残っているらしい。

 やっぱり貴族が根こそぎって話、本当なのかもしれない。



 マスターにモカに薬草を生やしてもらう話をしたら、やめておけと言われた。

 不自然な生え方をすると、冒険者ギルドが調べるからだ。

 もし理由不明になったら、セネカだけでなくアランカの森も封鎖されてしまう。

 そしたらますます弱い立場の人が、お金を得る手段がなくなってしまう。



「僕も親の手伝いなんだ。冬の霜で木や花が痛まないようにしないといけないんだ」

「私もやったことある。藁で木をくるんだりするアレでしょ」

「そうそう、そういうの」

 ジョシュはそれ以上は語らなかった。

 まぁ私以外、庭仕事なんか興味ないもんね。



 平和だ。

 こんな風に平和に話せるのも、マリウスが戻ってきてくれたおかげだ。

 ありがとう、マリウス。あなたの心の強さに感謝します。



 そしてヴェルシア様、いつもお守りいただきありがとうござます。


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 今回腐女子を攻め立てたのは、腐るという言葉が魔獣であるドラゴ君やミランダには恐ろしく感じてしまい、ちょっと過剰反応しているだけなんです。

 モカは聖獣でタフだから少々腐っても無事だけど、人間が腐ると死ぬと思っています。





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