第172話 勇者の手記


 私がモカに渡したのは300年前のオーケストラの勇者の手記だった。

 クライン家が王位を返上することになった魔王のために召喚された方々だ。



 モカは小さな前足で器用にページをめくって1ページ目から叫び声を上げた。

「ヤダ!コンマスの松永さんだ。まさか……そんな!」

 彼女はその手記をどんどん読んでいった。


 読めば読むほどどんどんモカは青ざめていった。

「ウソだ……あの時の皆が来てたの?どうして?」

「モカ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも」

 モカがギュッとしがみついてきたので抱きしめた。


「どうしよう。あたし怖い」

 怯えるモカを抱きしめて、背中をただたださするしかできなかった。

 図鑑を見ていたドラゴ君もお昼寝していたミランダも寄ってきた。



 しばらくして夕食を知らせる合図の鐘が鳴らされた。

「ご飯の時間だけど、モカ食べられる?」

「とても無理。あたしはこれを読まなきゃ。部屋に持って行ってもいいのかな」


「この部屋のものは、マスターの許可がないと外に出せないの。でも私その手記読んだことがあるから、複写できるよ。ただね」

「ただ何?」

「モカに少し休んでもらいたいの。それからおかゆか何かを作るから少しでも食べてほしいの。出来る?」

「うん。ごめんね、エリー。とても大事なことなの」



 私はモカを自分の部屋に連れていき、ベッドに入れた。

 それから母さんのマジックバッグから、白い本を出した。


 これはダンマスからもらった宝物で、私が一度記憶したものを写し出せる本だ。

 ただしこの記憶写そうと指定しないと写せない。


 意識を集中させ、あの手記を読んだ時の記憶を呼び覚ます。

 あれは……そう入寮する数日前だ。

 勉強のための資料を探そうと思っていたのに、この手記が気になったのだ。

 私の記憶に呼応するように本が輝き、確認するとちゃんと複写できていた。



 私は複写した本をモカに渡し、

「ここで読んでいていいけど、とにかく無理をしないように。私はおかゆ作ってすぐに戻ってくるから」

「いいわよ。エリーはご飯食べてきて」

「いいえ、私もここで食べるから」



 私が部屋を出るとミランダを抱いたドラゴ君がいて、

「モカ、大丈夫?」

「あんまり……。心配だから私がついてるね。ご飯が済んだらドラゴ君とミラはみんなと遊んでてくれる?」

「わかった。モカは疲れて眠っちゃったって言っておく」

 そうだね。体調が悪いって言ったら、子どもたちがお見舞いしたがるかもしれないし。



 それからルードさんに断って、パン粥を作り、私の食事と合わせて部屋に戻った。



 部屋に戻ると、モカは泣いていた。

「モカ!どうしたの?」私は駆け寄った。

「この人たちおばあさまと仲のよかった楽団の人たちなの。みんなが次々死んでいって、残った人たちもまだまだ戦わなきゃいけなくて、苦しんでる。

どうして?どうしてこんなひどいことに?」


 私はモカの背中をさすりながら、

「モカ落ち着いて。この話はもう300年も前の話なの。オーケストラの勇者様たちは私たちを救って下さって、今はもうお苦しみではないのよ。

ごめんね。モカの知っている人だとは思わなかったの。

クライン様のご先祖の話でもあるから興味があるだろうと思っただけなの」


「ううん、エリーは悪くないの。ただ……ひどすぎる」

 モカは本を読むのを止めて私に抱きついてきた。


 私たちはしばらく一緒に泣き、落ち着いたモカに少しだけパン粥を食べさせると泣きつかれたモカは眠ってしまった。



 オーケストラの勇者のリーダーだったタカシ・マツナガさまの手記に残酷なことは何も書いてなかった。


 ただ亡くなった方の名前とその方の音楽がいかに素晴らしかったかを、どんなに素敵な方だったかを書いてあるだけだった。

 失われてしまった友人を悼む悲しみの手記だった。


 だが後半の悪魔に操られた王を倒してからは恋人たちの間の子どもが生まれたり、ハープ奏者の女性が隣の王子に嫁いだりといった慶事について書かれていた。

 そこにもその人たちの素晴らしい音楽について書かれていたのだった。



 そしてモカが目を覚まして続きを読みたいというので、私は彼女を膝にのせて一緒に続きを読んだ。


 少しでもモカの力になりたかった。

 知り合いの方の話ならば、具体的な描写が無くても辛すぎる話だからだ。



 読み進めているうちに、後半の慶事の部分になったのでモカも泣きださずにいられるようになった。

「竹内さんと宮地さんはなかなかくっつかなくて皆でイライラしてたのよね。2人が幸せになってくれてよかった」

「松永さんは片腕が無くなったのに、ピアノに転向して左手のためのピアノをよく演奏してたんだ。作曲もしたって。おばあさまが聞いたら絶対弾きたがると思う」


 こんな風に少しは前向きに捉えられるようになったようだ。



「もしかしたらスコアどこかにあるかもしれないね。一緒に探そう。あったら私が歌ってあげる」

 そう提案するとモカはとても喜んでくれた。



 そういえば、マスターもあのコンサートって話してた。

 ユーダイ様がこちらに召喚された時のことだ。

 タカシ・マツナガさまの手記にもコンサート直前とある。



 いったい何が起こったの?





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