第158話 独りぼっちじゃない
「はぁはぁ、あたしのお宝が残っているなんて……くぅぅ~、おにいちゃんなら絶対長生きすると思っていたのに~~~」
「この世界ならすいぶん長生きだぞ。俺はユーダイにさらに長生きのためにずっと眷属にならないかと言ったんだが、人間として死にたいって言ってな。
なりたくもない勇者になんかなって、やっと楽出来るからって聞かなかった。
でももし萌香に会ったら、是非伝えてくれとそう言ってた」
「もう!なんで久しぶりの妹に伝えることが薄い本の処分の話なのよ~~~~!!
おにいちゃんのばか!」
「えっ、でもこれが一番重要だから絶対に忘れるなって言われたぞ」
モカはふっと力が抜けたように座って、
「ねぇ、お兄さん。お兄ちゃんは幸せだった?」
「俺が看取ったときには、俺を自慢の息子だと言ってくれた。勇者としてとても尊敬されていたぞ」
「よかった。幸せだったのね。でもやっぱりおにいちゃんと会いたかったなぁ」
「ユーダイはお前がこの世界に召喚や転生してこない方がいいと考えていた。
魔獣やら戦争やらで結構苦労したからな」
「むぅ、でも私が憧れてたの知ってたのに」
「しかし、まさか熊になってくるとは思わなかった」
「あたしも!目が覚めたら部屋にあったぬいぐるみみたいな親兄弟がワラワラいてて、自分もおんなじ格好だし。
そしたら冒険者が来てみんな誘拐されちゃってさ。
びっくりするし、怖いし、どうしようもなかったよ」
「だがここまで無事に来てくれた。ありがとう。俺はユーダイとの約束を一つ果たせた」
「薄い本の話?」
「ああ」
それを聞くとモカはもう一度マスターに抱き着いた。
「あたし、こっちの親兄弟ともう一度会ってもわからないかもしれないけど、少なくともお兄さんはおにいちゃんの息子だから家族だよね。
あたし独りぼっちじゃないんだ」
マスターは肯定するようにそっとモカの頭をなでていた。
「萌香、お前を守るためなら俺は出来るだけのことをする。そのエンドと言うグリフォンを買取してもいい」
「ホント?」
「相手が交渉に応じてくれるならすぐにでも」
「どうしよう。でもあたしエリーの側にもいたいの。エリーは大事な友達なの」
「ならエンドも一緒にエリーの側にいたらいい。奴は萌香の従魔なんだろ?」
「うん、でもエンドも友達なの」
「ああ、だが萌香の気持ちを優先してくれるんだろ」
「それは……そうなの」
この話、私聞いてよかったのかな?
だってモカとマスターは血のつながりはないけど、魂は叔母甥の関係ってことでしょ?
困ったのでドラゴ君とミランダを見たが、2匹ともしょうがないよって感じで首を振った。
それに眷属のこと……それってマスターが上位魔族ってことだよね。
それから私はマスターに、エンドさんを売ったベリーニ魔獣店のことを伝えた。
そして誰がエンドさんを買ったのか、クララさんが調べることになった。
エンドさんが貴族に売られたと言っていたから、交渉をクララさんにしていただくためだ。
エンドさんの件が済むと、モカの隠蔽について話し合った。
もうすでにクライン様にはバレているが、他の人にも知られるのはまずい。
高度な鑑定が出来るものは世間にはまぁまぁいるので、やはりクランマスターに隠蔽をしてもらうことになった。
モカはマスターにずっと抱っこされて嬉しそうだった。
ビリーでいいぞと言われても、お兄さんと呼びたいと言っていた。
おにいちゃんとは呼べないけど思い出していたんだろう。
用件が済んだので、私たちが部屋を出ようとすると、
「エリー、なにか悩んでいるのか?」
「えっ、あの、はい。少し」
「ここに置いていけ」
「えっ、何をですか?」
「悩みをだ。そんな私悩んでますって顔されたらこっちが気になる」
「でも……」
「対価は俺がユーダイの息子だということを黙っていること。いいな」
「はい」
それで私がユナとアシュリー・ドーンの話とクライン様の話もした。
「そうか、お前はユナを許せない。クラインの方は無視をしなくちゃいけないのにわかってくれなくてイライラしている。それでいいか?」
「そうですね」
「それでどうなんだ。ユナが謝ってきたら許せるのか?」
「わかりません。表面上は穏やかには出来ると思いますけど、心からは許せないかもしれません」
「それでいいんじゃないか?」
「えっ?」
「謝ってきたら表面上は許す。謝ってこないなら許さないで。アシュリーは外野だ。気にするな」
「でも」
「それだ。なぜ、『でも』なんだ?その『でも』が悩みだ。その『でも』は何を意味する?」
この『でも』は、ああ私本当はユナを許したいんだ。
でもそうはならない。
ユナは望んでいないし、謝っても来ない。私自身にもしこりがある。
どうにもならないことを望んで、どうにもならないことを悩んでいるだけなんだ。
私もユナも変わってしまったんだ。
「仲直りってのは簡単ではないこともある。諍いが起こればお互いに抱えた何かも出てくるさ。時間が解決することもあるし、相いれないとわかって離れることもある。俺が言えるのはここまでだな。最後の答えは自分で出せ」
「はい……」
「何だ?歯切れが悪いな」
「ないものねだりだったんです。それが分かって、でも悲しいです」
「それが分かっただけいいじゃないか。お前が本当に望むとおりにすればいい。
誰が何と言おうともな」
クランマスターはもう仕事があるからと私たちを部屋から追い立てた。
もしかしてこれ、一応の解決なのかな?
でも話を聞いてもらっただけで、気持ちが楽になったのは確かだ。
ドラゴ君が「さっきよりよくなった」と私の背中をさする。
魔力のとげの話だろう。
クライン様のことは結構どうでもよかったみたいだ。
ユナのことが私の心配事だった。
それが分かっただけでも良かったのだ。
私はドラゴ君の頭を撫でた。
「いつも助けてくれてありがとう」
「ぼく、助けてないと思うけど」
「ううん、助けてくれてるよ。ミランダもモカも。いてくれるだけでいいの」
「ふーん、そんなもの?」
そうだよ。
さっきモカも言ってたもの。
私は独りぼっちじゃない。
ヴェルシア様、お導きいただきありがとうございます。
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