第156話 ユナの態度


「ではこれからガラス工芸について学ぶ。

 1学期の時にトンボ玉教えなかった子は……ああ、一人いるな。

 私はエティエンヌ・エノックスだ。専門は鍛冶だがガラス工芸もかじっている。君たちが錬成のときにイメージするくらいなら一通りのものは作れるので安心してくれ」


 エノックス先生は火魔法を使う工芸専門の教師でまだ20代前半だが落ち着いた感じの男性だ。

 私の取りたかった工芸の予定にピッタリ合っていて幸先がいい。



 先生の言う一人と言うのはユナだ。彼女は工芸ではなく演劇を取っていた。

 彼女は私に秘密と言いながら、お母さんの職業のことはみんなに明かしていた

 

 彼女が一番錬金術とかけ離れた授業を取っているのを見ても、本気で錬金術師になりたいとは思っていないんだろう。



 同じようにメルも裁縫しかとるつもりがなかったので、工芸の授業を受けることを嘆いていた。

 彼は錬金術師には全然なりたくないみたいで、最適ジョブも裁縫師だ。

 でも上位職の錬金術師が付いたので高度な付与が出来るように勉強したかっただけなのだそうだ。


 そうなると当然、専攻科に進むときには単位が足りないので、付与魔法士科に進むつもりだったみたい。

 国がどう思うかは知らないが家族も認めてくれているそうだ。

 上位職に進まなくてはいけないという決まりもないし、いい選択だと思う。



 まぁ、今はそんなこと関係ない。授業に集中しよ。



 ガラス工芸にはコールドワークとホットワークがあってコールドワークは製品にあとから飾りつけの装飾をすること、ホットワークはバーナーや炉を使ってガラスを溶かして製品を作ることだ。



 初心者なのでまずはコールドワークからすることになった。



 エノックス先生の見本は透明なガラスの上に色ガラスで覆ったせガラスを使ったもので、色ガラス部分を削り取ることで文様を浮かび上がらせる切子という手法を見せてくれた。

 とても美しい作品で、ガラスがとても煌めいて見えた。



 被せガラスはとても高価なので、私たちは透明な厚手のタンブラーに下絵の線を引いたものを渡された。

 たてと横だけだがこの線を目安にして削り取れば、単純な文様ならすぐに出来ると言われた。


「それではまず皆にはこの車やすりを動かせるかどうか練習してもらいたい。

無属性があれば出来る程度のものだが、ある程度スピードの調整が出来ないといけないからな」

 それで先生の見本の通りのスピードに動かしてみる。

 特別難しくないみたいだ。



 そう思ったが、私とクライン様以外は結構苦戦していた。

 みんな力が強すぎたり、弱すぎるのだ。

 でも弱すぎたメルが徐々にうまくなり、ダイナー様も力を大分弱めることで何とか制御できるようになった。

 ユナが一番魔力操作を得意では無さそうだった。



「トールセン、教えてやってくれ」

 先生にそう言われて、魔力を制御するようにイメージしてと言ってみたがなかなかできなかった。


 どうしてもわからないようだったので、

「このくらいの力」と彼女に魔力を流してみるとものすごく驚かれた。

「痛くないはずなんだけど痛かった?」

「別に」


「見本を示したんだけど。わかった?」

「わかったから、向こうへ行って。私に近寄らないで!」

 何よ、その態度!私は先生に言われたから教えただけじゃない!

 

 急に叫びだしたユナに、そこにいた全員が不愉快そうに見ていた。

どう考えても彼女の態度は普通ではなかった。



 魔力の制御量を教えるのに同じ量の魔力を流してみるのはハインツ師もやっていた方法だ。

 それをされると一発で分量が分かるので、時間のなかった受験勉強には最適だった。


 これはごく一般的な方法なのだが、男性が女性に魔力を流すのは親しい間柄以外好ましいとは言えない。だからまだ若いエノックス先生は私に頼んだのだ。

 ハインツ師はおじいちゃんだし、賢者だからよかったんだろう。



 まぁ私の手伝いはいらないみたいだし、しばらくすると出来ていたのでもう放っておこう。



 その後車やすりの台にダイヤモンドやすりを嵌めて先生の言う通りにタンブラーに当ててカットし、やすりの種類を変えてカットした部分を滑らかにして、磨いていくと出来上がった。



「割と簡単だったね」とクライン様に微笑みかけられたので、一応会釈しておいた。


 クライン様……、私の態度でわかってくれないかな。

 どうかお願いだから話しかけないで欲しい。私を殺させないでください。



 先生が結構丁寧に見本を見せてくれたし、側で教えてくれたので程度に差があれ、みんな切子のタンブラーを完成させることが出来た。


「次はステンドグラスだ。デザインは悪いが任せてほしい。ではまた来週」



 終わったら、私は逃げるように教室から出ていった。

 私はユナにも、クライン様にもダイナー様にも関わりたくなかったからだ。



 ただ嫌な気持ちが残った。とても重苦しい不快感がこびりつくような感じだ。



 それにどうして私が逃げなければならないんだろうか?

 私は悪いことはしていないはずだ。

 私を避けて苛める側に回ったのはユナだし、クライン様絡みは私の命に直結する。



 でも何かが気になっているんだ。それはなんだろう?

 わからない。



 ヴェルシア様、どうぞ私に間違いがあるなら正す方法を教えてくださいませ。

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