第151話 愛妾様の追悼式


 朝目覚めると寮の窓ガラスをコツンコツンと叩く音がした。

 カーテンを開けるとレターバードが届いていた。

 届いたらすぐに手紙になるタイプでなく、返信用の手紙も持って帰ってくれるタイプだ。





 エリーへ

 おはよう。

 今日の夜、ラッセル劇場に納品に行くので学校が終わったらすぐにクランハウスに戻ってきてネ。

 待ってるワ。

                           ビアンカ





 了承の返事を書いてレターバードを送り返し、朝ご飯を作り始めた。

 例の苛めから私は食堂を使わなくなった。

 だからドラゴ君もミランダもモカも食堂は使えない。



 モカはクライン様とサミー様のランチタイムが見たいとごねていたが、あの方たちがどこで食べているのか私は知らない。

 食堂のゴミ事件を知っていたから一応どこかにいるのかもしれないが、騒がれるのが嫌でディアーナ殿下のように特別な食堂を与えられているのかもしれない。



 いやいや、好奇心猫を殺すという。きっと知らない方がいい。

変に知ってたらまた色々と言われてしまう。

 この学校で一番避けるべきなのはクライン様だと私は確信している。



 全員分の朝ご飯とお弁当を作ったら、教会に行き奉仕活動をする。

 フェルナンドさんには新しい助手がついていたから、私は掃除でもさせてもらおう。


 教会の器具はなぜか付与魔法で汚れないようにはしない。

建物に不壊と清浄と聖属性の守護が為されているのだが、どうしてなんだろう?

結構ろうそくの煤で汚れるので毎日磨かなくてはならないのに。

 修行のためなんだろうか?



 教会の裏口から入り、奉仕活動の世話役で司祭のレノ様に挨拶をする。

「おはようございます」

「おはようエリー、今日手伝ってほしいのは……そうだな、祭壇の花を生けるヴァ―モンを手伝ってくれるかい?」



 レノ様は今日する仕事のリストを見ながら、そう言った。

 数多くの手伝いをその人の向き不向きに合わせて振り分けるのが彼の仕事だ。

 私はまだ10歳だし雑用でいいのだけれど、なぜか不釣り合いな重要な仕事を任されている気がする。解せぬ。



「おはようございます、ヴァ―モン様」

「おはようエリー、ちょうどいいところにきた」



 次の闇の日の礼拝は上王陛下のなくなられた愛妾エリノア様の16回目の追悼式を兼ねていた。

 この追悼式は毎年行われているが、16回も行われていて毎回似た感じになるのだという。

 エリノア様が喜びそうな女性らしい飾り付けをしたいのだが、レオンハルト様のためにこの教会は女性の立ち入りが制限されている。

 それで、助言をくれる女性がいなくて困っていたそうなのだ。



 うーん、私大人の女性の好みなんて知らないよ。



「とても清楚で大人しい方だったそうだ。だから派手な花より優しく穏やかなイメージにしたいんだけど」

「それならやっぱり白を中心ですよね。あとはお好みになったお色目を入れてはどうでしょうか?好きな花とかはお聞きですか?」

「小さな蔓バラがお好きだったそうだよ。色は淡いピンクだ。上王陛下よりその花もいただくことになっている」



「追悼式ですし、その花以外はあまり目立たない方がよろしいのでは?」

「ふむ、地味過ぎないかな?」

「その方がお人柄も偲べるのでは?ただ地味すぎるのもよくありませんので、白い小さめの花をふんだんに使って、そこにピンクの蔓バラを絡ませるように配置してはどうでしょうか?」



 ヴァ―モン様が私の意見を基にして簡単な絵を描いた。

 彼が使う画材は色鉛筆と言うこれも先代勇者が持ち込んだ画材で、水や油もなしに絵を描くことが出来る優れものだ。


 私はラインモルト様の発掘調査の壁画を写すときに使ったことがあるけれど、庶民ではお目にかかることも出来ないくらいの高価な画材だ。

 一本一本手作業で芯になる顔料を細く伸ばし、適当な長さに切った芯をその枠になる木型にはめ込み、魔法で圧着することで鉛筆となる。

 作り方自体は簡単だけど、顔料の硬さが職人の腕の見せ所なのだそうだ。



「こんな感じどうだい?」

 ヴァ―モン様の下絵は白と蔓バラだけでなく、絶妙な加減で爽やかな緑も加えられてとても美しかった。

「素敵です!なんて可愛らしい。清楚な方ならばきっと好まれたと思います」


「そうだね。こないだやった公爵夫人の追悼式が濃い紫や渋めの赤をふんだんに使ったから、なんだかそちらのイメージに引っ張られてね。やっぱり女の子の意見が聞けてよかった」

「でも私のような子供の意見が通ってしまうのは責任を感じます」

「大丈夫、責任は私が取るからね。エリーは心配しなくてもいいよ」



 私は素朴な疑問をぶつけた。

「でも愛妾様って派手な感じの女性がなるんだと思っていました」

「ああ、他の愛妾の方々はそういう方が多いね。エリノア様は身分も騎士爵夫人で低い方だったそうだから、目立つような真似は出来なかったんじゃないかな?」

 えっ?騎士爵夫人って、既婚者なの?


「そうか、エリーは貴族じゃないからね。結構既婚者の愛妾入りは多いんだよ。

出産経験があるということは確実に子供が産めるということだ。上王陛下がエリノア様を迎えられたのは王女を産んでほしかったからだと伺っている」

そうなんだ。そういうこともあるんだな。


「残念ながらエリノア様は男子しかお産みにならなかったが、アリステア公はアウズ神の加護を持つとても素晴らしい1級魔法鍛冶師だから国に大変貢献されたと認められたんだ。それでこの追悼式も行われるんだよ」

 でも大聖堂カテドラルでないのは愛妾だからなんだろう。



 ふーん、そうなんだ。

 貴族の女性なら、王家に嫁ぐということは大変な名誉でしかも貢献できたのであれば本望だろう。

 私はそんな生き方真っ平だけど。



 そんな話をしながらもヴァ―モン様はてきぱきと今日の祭壇の花を生け、私は頼まれるまま水を作り出して花瓶に注ぎ、不要になった枝や花を片付けた。

 まだ使えそうな花をちいさなブーケにしたら持って帰ってもいいことになった。

作業台の保管庫に入れて今日の劇場へもっていってもいいかもしれない。



 もちろん、ビアンカさんの許可があればだけど。






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