第150話 4級裁縫師試験


 モカの闘いの翌日、授業を終えると私は早々に学校を後にし裁縫ギルドへ向かった。

 今日は4級裁縫師の試験があるからだ。



 4級裁縫師は仕立てをする店に勤めるのに必要な最低条件となる資格だ。

 簡単な計算問題や専門用語などの筆記試験と男性用のシャツをその場で仕立てる必要がある。


 この資格は簡単な雑貨を店に卸すためにも必要である。

 以前私がニールで雑貨を卸していたのは、委託販売と言って販売許可がある人に手数料を払うことで代わりに売ってもらう方式で売れなければお金にならない。


 でも4級裁縫師の雑貨ならば、仕入れという形で店に買い取ってもらえるのだ。

 店は在庫を抱えることになるが、売れる商品を作る職人に先にお金を支払うことで優先的に品物が手に入る



 今回私が以前作った布花のコサージュをお客様に販売するために必ず4級裁縫師にならなければならない。



 裁縫ギルドに入って受付に学生証を提示して試験を受けに来たことを伝えると、ちょっと待ってくださいと職員が奥に入ってしまった。

 そして別の女性が姿を見せた。

 落ち着いた物腰の焦げ茶色の髪にひねりを加えた結い方をしたおしゃれな方だった。


「私は本日の試験監督員のステラ・キャッスルと申します。あなたがエリー・トールセンさんですか?」

「はい、そうです」

「あらかじめ試験を受けたいとご連絡をいただいたときにいただいたサンプラーはあなたが作られたものですか?」

「はい」



 私が提出したサンプラーと言うのは、シャツの仕立に必要な縫い方をすべてできるということを表すために、なみ縫い、返し縫い、まつり縫いのような基本的な縫い目やボタンホール、閂止めのような穴を開けたり補強したりの縫い目を布に縫ったものを作って出してあった。

 それは試験を受けるための要綱に書かれてあったので作ったものだ。


「何か問題がございましたか?」

「いえ、サンプラーは見事な出来でした。ただあなたはその制服を着ているということは10歳以上だと思いますが、幼い方なので確認したまでです」

「ジョブ判定式で裁縫師は出ていませんが、裁縫スキルを持っています。10歳以上ならば働くことが認められていますし、資格をいただきたくて参りました」


「参考までに伺いますが、最適ジョブは何が出られたのですか?」

「錬金術師です」

「それならば暫定的にですが資格は必要ないと思います。あなたが錬金術師の資格を取ればすべての生産品を作れると認定されたことになりますから」


「そうなのですが、それですと少し困るんです」

「どうしてですか?」

「私は聖女ソフィアと知己を得まして、あの方のためにドレスを縫って差し上げたいのです。そのためには私は1級裁縫師を取らなければなりません。

 今の時点でもドレスは縫えますが、聖女が社交場に着ていくドレスは例えどんなにすばらしい出来栄えであろうとも素人の作品ではいけません」

「それはそうですが、聖女のドレスとなると競争率も高いですよ」

「はい。それは覚悟の上です」



 本当はリメイクするためなのだが、そういうことは言わない方がいい。

 ソフィアがドレス代を孤児のために使いたいというのは彼女の考えで教会の考えではないからだ。



「……わかりました。試験は受けていただきましょう」

「でも彼女は」

 受付の女性がキャッスルさんに言いかけたが、

「彼女がどこのクランに所属していようとも、資格を取る権利があります。受験要綱も満たしているのですから拒否することは出来ません」


 ああ、私が『常闇の炎』だから何らかの文句をつけて受験できなくしようとしていたのか。



「試験は2階で執り行います。席についてお待ちください」

「はい」



 階段を上がって試験会場に入ると私のほかに4人いた。みんな私よりずっと年上だ。



 しばらくすると、キャッスルさんが現れて、まずは筆記試験から始まった。

 試験内容は、布地のサンプルを見てその布の名称と最適な服の種類を書いたり、布の厚みによって使い分ける糸や針の太さを選んだりなどとても基本的な物だった。



 次は実技で布と型紙を渡されて、3時間で1枚のシャツを縫うことだった。

 格子だったのでまずは柄合わせを考えて、布を裁断し、襟やカフスに芯を縫い付けた。それから縫うのだが、デザインから見て男性用の作業シャツなので折伏せ縫いにした。外側に縫い目が出るが飾りに見えるように縫い目もそろえて美しく縫った。

 3時間ギリギリだったが、何とか提出できてホッとした。



「トールセンさん、なぜこのように縫ったのですが?」

「デザイン・布地の強度から男性が力仕事をする時に着るシャツだと考えました。袖をまくったり、肩に重い荷物を乗せたりもあるでしょうから、手間はかかりますが布端がほつれてこない補強も兼ねた縫い方として折伏せ縫いを選びました」


「トールセンさん、合格ですが一つ注意させていただきます。

これは男性用の作業シャツですが、あなたのように柄合わせに布地をたくさん使い、かなり手間のかかる作業をしていてはシャツの価格が大変高価なものになります。

このシャツを買えるのは一般的な労働者ではなく、労働者の中でも役職を得た高給取りだけになってしまいます。

ですがわたくし共も一般的な労働者向けに作れとは明記しなかったのですから、今回は不問にいたします」



 もしかして、これってひっかけ問題だったのかもしれない。

 実は他の人はみんな無地なのだ。

 キャッスルさんの判定を後ろにいるさっきの事務員さんは苦虫を嚙みつぶしたような顔で見ていた。

 柄合わせをして布を使い過ぎたら不合格、柄合わせをしなかったら製品としてよくないと不合格に出来る。



 キャッスルさんが公正な方でよかったと心からそう思うった。

 次からは使用用途と布量の制限など確かめて縫った方がいいかもしれない。



 試験が終わって裁縫ギルドから出るとドラゴ君が待ってくれていた。


「エリー、お疲れさま。試験大丈夫だった?」

「うん、何とか。でもひっかけ問題があってちょっと危なかったよ」

「どうなったの?」

「向こうも条件を提示してなかったから、今回は不問にしますって」

「ふーん」



 試験で4時間以上費やしたので、今日はそのまま学生寮に帰った。

 戻ったらビアンカさんにレターバード送って、それとソフィアにも第一関門突破したことを伝えなくちゃ。



 ヴェルシア様、なんとか試験に合格しました。ヴェルシア様のおかげです。

 これからもどうぞ私をお導きくださいませ。





 ◇




「ギルマス!どうしてあの子を合格させたのですか?

商業ギルドから言われていたでしょう!」

「そのようなことをして彼女を制限できるのは学生の間だけです。

たいへん愚かな行為です」

「しかし!」


「ラム。あなた、私のスキルをご存知かしら?」

「えっ、あの……危険察知ですか?」

「少し違うわ。危険を察知しどうすれば一番いいか私に教えてくれるスキルです」

 ラムと呼ばれた事務員は裁縫ギルドマスターのステラ・キャッスルが何を言いたいのかわからなかった。


「彼女のギルド員試験を断ろうとしたときに、私の目の前が真っ赤になったの。

彼女に試験を受けさせないことは私の破滅につながるとね。試験を受けさせたら私の目の前は正常に戻ったわ。私はこの事をマスター会議で告げるつもりよ」

 ラムは目を見開いて驚いた。



 マスター会議。

 それは様々な職業ギルドマスターが集まって情報を統一化することで円滑かつ安全にギルドを運営するための会議だ。

 通例なら犯罪者が現れたので注意しておくようにとか、景気の動向で産物の値段を今までとどのくらい改定するのかを決めたりする会議だ。



「それほどまでなのですか?」

「ええ、彼女はもしかしたらものすごい錬金術師になるのかもしれないわね。

それこそレント師のような」

「まさか!レント師は賢者ですよ。そう簡単になれません」


「それはそうでしょうけど、彼女に職業ギルドが敵だと思われることは絶対によくない。それだけは間違いないわ。

 商業ギルドがどういう意図で彼女に資格を取らせないようにするのかはわかりませんが、私たちが巻き添えを食うことだけは避けなければなりません。

 私の危険回避は他の職業ギルドマスターたちも信頼してくれていますから、この事で私たちが破滅することはないでしょう」



 ステラはそういうと数多くのレターバードを他のギルマスたちに送った。

 ラムは黙ってみているしかなかった。

 でも心の中は違った。

(まずい……、これでは依頼と変わってしまう。とりあえずここは引いて別の方法を考えよう。でもあたしのいるここに最初に来るなんてなんて間が悪いんだろう)



 ラムは小さくため息をついて、仕事に戻ることにした。

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