第109話 目覚めの前に1
マリアは先ほどのエリーとの対話に衝撃を受けながら、事の顛末を思いかえしていた。
驚くべき知らせが届いたのは、トールとマリアがパンの仕込みをやっていた夜明け前だった。
店の外に突然爆発的な魔力の流れを感じてマリアが外を伺うと、外には黒い人影と8本の足がある白い馬が引いた馬車がいた。
不安に駆られたマリアはトールと共に奥に行き、愛用の剣を握って息を殺していた。15年も来なかったが追っ手かもしれない。
店の扉がノックされ、返答がないと知ると誰かが入ってきた。
「ここはエリーの実家のパン屋か?俺は『常闇の炎』のジャッコと言う。緊急の知らせがある。出てきてくれ」
トールとマリアは顔を見合わせ、戦えるマリアが出ようとしたがトールが止めた。
「俺が行くから、危ないようならマリアは様子を見て逃げてくれ」
「ダメよ!」
「本当に客人かもしれない。だから初めから戦うそぶりを出してはダメだ。俺はマリアを守りたいんだ」
トールは店に出て、
「俺が店主のトールだ。緊急の知らせとはエリーのことか?」
「そうだ。エリーは教会ダンジョンでケルベロスの攻撃を受け、今死の淵をさまよっている」
「何だと!」
トールは心臓を抉られるような衝撃を受けたが、マリアを連れ出す作戦かもしれないと言い聞かせて落ち着いているようにふるまった。。
「あんたが『常闇の炎』の人だっていう証はあるか?」
ジャッコは黙って自らの冒険者カードをトールに差し出した。
カードには所属クラン『常闇の炎』と明記されていた。
「マリア、こちらは大事なお客様だ。ジャッコさん、ここじゃ何だから奥で話そう」
トールは居間にジャッコを通し、マリアが茶を入れている間に用件を聞くことにした。
「一体エリーが死にかけているってどういうことなんだ。教会ダンジョンは安全だと聞いているんだが」
「その安全なはずのダンジョンにかなり高位のリッチが出てケルベロスを召喚した。エリーはみんなを守るために大火傷を負ってしまった」
その内容にマリアは茶を入れるのを止め、居間にやってきた。
「どうしてそんなことに?エリーは魔力が少ないんですよ!」
「俺は事情を知らん。エリーは魔法の火で魂まで焼かれた。そしてウチのマスターが最後の手段としてエリーの記憶を消した。それでも熱が治まらず意識が戻らない」
「そんな……」
驚愕の余り、トールもマリアも二の句が継げなかった。
「だから迎えに来た。今生の別れになるかもしれない。すぐに馬車に乗ってほしい。ウチで一番早い馬だから3日で王都に着く。急いで支度してくれ」
トールとマリアは慌てて身の回りの物を準備し始めたが、
「マリア、お前だけ行ってくれ」
「どうして?これが最後になるかもしれないのよ!」
「俺は商業ギルドに週に5日パンを出す契約をしている。だから3日も休めない。
体調不良を言い訳にしても本人がここにいないでは話にならない。
店を失うだけならいいが、信用が無くなれば商売が出来なくなってしまう。
そしたらいったい誰がエリーの治療費を払うんだ?」
そう言われてマリアも考え始めた。
エリーの財宝があれば払えるかもしれないが、この話だけでも火傷と記憶を消すという聞いたこともない特殊な治療が為されている。多分億は下らない。
もしお金が払えなければ、エリーは死後でも罪人になってしまう。
迷った末、マリアだけが行くことになった。
◇
2日と半日後、マリアは王都へ着いた。
馬車の馬はスレイプニルという驚くほど速い馬で滑るように駆け抜けていった。
景色も何も見えず休憩の時にだけ休めたが、元Aランク冒険者のマリアでも辛すぎる道のりだった。
食べ物を吐き、めまいを起こし、とうとう失神した。
だが失神したおかげで予定よりも半日だけ早く着くことが出来た。
ふらふらになりながらもマリアはエリーの元へ向かった。
エリーは熱でうなされて顔が真っ赤になっていた。
マリアはエリーが生きていることを喜び、そのそばに小さな少年が添い寝しているのをみて不思議に思った。
「そいつは俺の従魔のドラゴだ。氷魔法が使えるので今エリーの体を冷やしている。あと命をつなぐための魔力も供給してもらっている」
いつの間にか一人の男性がマリアの側に立っていた。
「そんな……」
「ドラゴは俺がエリーを守るように貸した従魔で、エリーとも契約している。契約関係にあればお互い魔力供給が出来るんだ。紹介が遅れてすまない。俺は『常闇の炎』クランマスターのビリーだ」
「母のマリアです。あの、エリーを助けていただいてありがとうございます」
「本来ならあなた方に許可をもらうべきだったのだが、エリーの怪我が大きすぎたので記憶を消しただけでなく、代償のいる治癒魔法を使った。
代償はエリーが成長する力だ。だからしばらくは大きくなれない。
でも時間がかかるがちゃんと大人になって子供も産める。許してくれ。
魔力を代償にすると今のエリーではもたなかったんだ」
「そんな!助けていただいただけでも十分ですのに。しかも迎えにまで来ていただいて、感謝のしようもございません」
「おれはクランの子どもならエリーでなくても助ける。気にしないでくれ」
そんな訳にも行かなかったがマリアはそのままエリーの看病につくことになった。
それとここにいる間に知った事実を話せないように魔法契約を頼まれて了承した。
ドラゴから聞いた話はとても人に話してはいけない内容だったからだ。
ミランダに氷魔法の魔石を抱かせてエリーの添い寝を変わっている間に、マリアはビリーとドラゴに話を聞くことが出来た。
「エリーが死にかけているのを察知してぼくがダンジョンに転移して行ったの。本当はぼくが倒したかったんだけど、ウィル様が代わりに魔法で倒したんだ」
「しょうがないだろ。お前が本気のブレス吐いたら、ケルベロスだけでなくボス部屋全部が壊れるからな。早く魔法制御覚えろよ」
「一発で倒せるから楽なのに」
「エリーも殺したら意味がないだろうが」
ビリーがケルベロスを倒せるSランク相当であること、カーバンクルがダンジョンが壊れるほどのブレスを吐くこと、従魔の体を使って魔法が使えるということ。
どれも外に出るとまずい話だ。
とにかく、エリーはこのクランで大事にされていることをマリアは感謝した。
あとはエリーの意識さえ戻ればいい。
マリアは最高神であり治癒と光の神ヴァルティスに祈った。
どうか、エリーをお救いくださいと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。