第116話 ティーカップ・テディベア


 次の日、朝になってもティーカップ・テディベアは目覚めなかった。

 軽く揺さぶってみたが全然起きそうにない。魔法の効力かもしれなかった。



「自然に起きるのが一番だけど明日も起きなかったらちょっと考えなきゃね。ご飯食べないと死んじゃうよ。契約してないから魔力供給もできないし」

 そんなのダメ!明日は何とかして起こさなきゃ。



 とりあえずティーカップ・テディベアはそっとしておくことにして、気になっていたことを検証することにした。



 ドラゴ君が返してくれた私のローブは隠蔽と潜伏と気配遮断を付けたのだが、私が着ると普通のローブのように効果がなくなった。

「残念、姿を消さなきゃいけないときもあるかもしれないのに」

「うーん、でも気配遮断は効いてるかも。それを着て隠れてみなよ」



 それでかくれんぼを始めた。

 ドラゴ君が数えている間に自分の部屋のクローゼットの中に隠れた。

 しばらくすると、小さなベッドの中のティーカップ・テディベアがもぞもぞと動き出した。目覚めたのだ。



 ティーカップ・テディベアはガバッと起きて周りを見渡した。

 そして自分の前足を見つめて、ため息をついた。

「やっぱ、熊のまんまかぁ。エンド~、どこにいるの~?」


 エンドってあのグリフォンのことかな?

 っていうか、喋るんだ。話のできる魔獣はかなりの高位魔獣だ。

 それともまさか熊獣人?



 それで許可は取ってないけど、鑑定してみた。





 モエカ 2歳 通称モカ ティーカップ・テディベア 聖獣 庭師



 樹魔法、無属性魔法

 魔力量 100340

 身体強化

 転移

 種まき 栽培 開花 収穫 交配 <すべて植物のみ>

 鞭 <植物の蔓のみ>

 言語能力 

 カップリング(腐女子目線)



 従魔:エンド(仮契約 グリフォン)



 <称号>

 転生者 

 腐女子

 格闘技マスター

 精霊樹の守護

 樹霊神ユグドラの加護






 絶句しかない。私より200倍もある魔力量だ。

 私が守る必要全然ないんじゃない?

 鞭で戦えるみたいだし、精霊樹の守護ってことはエルフの国の出身ってことよね。

 腐女子とか意味がわからないけどスキルになるほどの称号もある。



 モエカはベッドから出ると、

「ラジオ体操第一、よーい」

 そして明るい感じのメロディーを鼻歌で歌いながら突然不思議な体操を始めた。



 えーとモエカちゃん?

 まだ安全と決まった訳じゃないと思うんだけど。でもあのグリフォンが負けるなんて思えないか。

 もしかしたら、彼もまた人化できたのかもしれない。

 全財産はたいてでも買えばよかったかな?



 体操が終わってモエカは座り込んだ。

「お腹すいたー。エンドまだかな~」

 そうだよね。何日も食べてないもんね。



 彼女は辺りをさらに見回して、机の上に置いてあったドラゴくん用のお菓子を発見した。

ポルボロンというクッキーだ。粉砂糖をまぶしてあるから包み紙に包んである。

「すごい!エンド気が利く~」


 そしてお菓子に噛り付いた。

「うわっ、口の中の水分、全部持ってかれた」

 ポルボロンは一度炒った粉で作るクッキーで、ホロホロしていて美味しいが食べるときには何か水分を用意した方がいい。



 私は意を決してクローゼットから出ることにした。



 するとその前にドアが開いて、ドラゴ君がミランダを抱いて入ってきた。

「エリー!自分の部屋に隠れるなんて、そんな当たり前のことするのずるいよー。

あれ?ティーカップ・テディベア起きたの?あっー、それぼくのお菓子!」

「えっ?何。どういうこと?」



 私は今度こそクローゼットから出て、姿を現した。モエカは目をきょろきょろさせて慌てていた。



「何?誰?エンドは?どうしてこうなった?」

「多分エンドってグリフォンのことよね。彼は召喚士に捕まって従魔として貴族に売られてしまったの」

「嘘!だってエンドめちゃくちゃ強いのよ!」

 モエカは頭をブンブン横に振った。



「うん、でもあなたを守るためにお腹の中にあなたを隠してたの。それで魔力のほとんどをあなたの命を守るために使ったんだと思う。私は彼にあなたを任せたいって託されたの」

「そんなの絶対信じない!エンドは人化も出来るのよ。冒険者やってあたしと楽しく暮らそうって言ってたもの」

「そうするためにあなたを守ったの。彼は召喚士の力が弱るのを見計らって逃げ出すつもりなの。それまであなたを私に託したの」

「そんなのでたらめよ。証拠を持ってきなさいよ!」



 証拠。そんなものはなかった。

 今あなたが隷属させられずにいること自体が証拠なんだけど、そんなことじゃ納得しないだろうな。



「ごめんなさい。証拠はないの。彼も召喚士の隙をついた短い時間で私に託すので精いっぱいだったの」

「じゃあ、あたしの魔法を受けてもらうわ。我が庭よ、開け。シークレットガーデン」



 すると私の部屋にいたはずなのに、美しい花園の中に立っていた。

「我が守護たる精霊樹よ。真実を白日の下に晒せ」

 すると花園の中に一輪、スクッと立った白い花の蕾があった。

「それは真実の花よ。その花に触れればあなたの言うことが本当か嘘かはっきりするわ」



 私はためらわずにその花に触れた。

 花のつぼみはほころんで白い花びらがパッと開いた。

 すると花園は消え、私の部屋に戻った。



「じゃあ、あなたの言ってること本当なの?

エンドあたしのせいで捕まっちゃったの?」

「あなたを守るために最善の策を取ったんだと思う。下手に戦って攻撃されるより、あなたに従属していることを使って契約破棄に持ち込むつもりなのよ」

「そんなこと出来るの?」

「わからない。彼は勝算があるみたいに言ってたけど」



 そこまで聞くとモエカは泣き出した。

 ああ、彼女が泣くと私の胸が張り裂けそうだ。



 思わず私は彼女を抱きしめていた。私も涙が止まらなかった。

「私はあなたをエンドさんに会うまで必ず守る。だから泣かないで」

「な、なんであなたが泣くのよ」

「わからない。あなたが泣いたら私も苦しいし、悲しいの。私はあなたが大切なの」

 苦しくない程度にきゅっと抱きしめると、モエカのお腹がきゅるると鳴った。



「ああ、今すごく悲しいのにどうして~」

「生きなきゃいけないからよ。下にシチューやパンがあるの。食べに行きましょう。元気でいなきゃエンドさんと楽しい旅は出来ないわ」

「……とりあえずそうする」

「私はエリーよ。あなたは?」

「あたしはモエカ。でもモカって呼んで」

「ぼくはドラゴ。こっちがミランダ。エリーの従魔だ」



 ドラゴ君が紹介すると、ミランダがみゃーと鳴いてモカにあいさつした。


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この作品に、BL展開はありません。

ご期待された方がいらしたら申し訳ございません。






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