第95話 断罪

 

 わたくしはチェルシー・ブラーエ。子爵家の次女だけど姉が伯爵家に輿入れし、弟は生まれていないため家を継ぐことが決まっていますの。



 でもわたくしには野望があるんですわ。

 それはお姉様よりも上位貴族の元に輿入れすること。

 だっていつ弟が出来るかわからないし、子爵家は下位貴族でこれから先もあのいけ好かない伯爵家のラベンダー・エルバドスに大きな顔をされるなんてバカバカしいったらありませんわ。



 同じ学院へ行ったら絶対にこき使われるのは目に見えていたから、体調不良と言うことで学院は受けずにエヴァンズだけ受けましたの。姫騎士になりたがる上位貴族はいるでしょうけど、伯爵家以上は基本的に学院行きなんですもの。



 そうしたら素晴らしい方と出会ったの。

 リカルド・ルカス・ゼ・クライン伯爵令息。

 端正な顔立ちに、知性的で優雅なしぐさ、その上剣技や馬術、魔法どれをとってもも素晴らしいお方。

 クライン家は代々王を選任する立場にあり、直属の近習として仕える稀有な存在なの。彼らはその身をもって盾とし、その知能を使って柱となり、その魔力を用いて困難を打破するとされ、ずっと重用されている家柄ですのよ。



 リカルド様は次男ですけれど侯爵家の血筋の正妻子でその強い魔力と高い能力からクライン家を継ぐお方でいらっしゃるの。現に彼の兄は王宮に出入りされてないのにリカルド様は王太子付の近習になるべく教育を受けておいでなのよ。

 しかもクライン家を継がなくても母方のヴァレンツ侯爵家の養子にと望まれていらっしゃるの。

 


 クライン家は古い家系で王妃も輩出してきた家柄、侯爵家と同等の扱いを受けているのよ。しかもリカルド様が付いたお方が国王になるのは間違いなく、まかり間違ってもヴァレンツ侯爵になれるのだから彼を射止めればわたくしの望みは叶うはず。



 なのに……。



 リカルド様はクラスでも男子生徒を周りに配して物静かにいつも本を読んでいらっしゃるの。あまり令嬢方とはお話しされず、話をするのはディアーナ殿下とラリック公爵令嬢だけ。このお2人とお話になるのはご結婚されない相手と決まっていらっしゃるから。

 なかなか近寄れなくてじれったいと感じていたら、Bクラスの男爵令嬢がおかしな話を持ってきたのよ。



「リカルド様はほとんどお話しくださらないんですが、Cクラスのエリー・トールセンとはよく話をされていますの。不愉快でたまりませんわ」



 エリー・トールセンってあれよね。今年の入試の全問正解者でいつも男装しているおかしな女。

 顔を確かめてみれば、想像していたのよりはるかに美しい。しかも化粧はしてないのよね?

 平民だと聞いていたのに姿勢も動きも優雅だわ。男装して珍妙な姿だと思っていたのに、それすらも清らかな美しさを放っている。

 それにリカルド様は錬金術科志望の生徒には名前で呼ぶことをお許しになっていらしゃるの。わたくしもまだ呼べないのに、平民風情が呼べるなんて口悔しゅうございますわ。



 しかも学生証の裏書にカレン・エイントホーフェン伯爵夫人の名前があるなんて。

 夫人が裏書するのはご自分の認めた生徒だけ。

 つまり今は平民でもどこかの貴族の養女になれば、上位貴族に嫁げるだけの力量があるということ。



 何よそんなこと許せませんわ。あんな子がリカルド様のお側にいるなんて!



 そんなとき、ある週明けの朝わたくしたちが育てた薬草畑が何者かに荒らされていましたの。

 みんな被害にあって嘆いているのに、その中に全く被害もなく青々と茂っている畑がありましたの。

 エリー・トールセンの畑ですわ。



 周りの子たちもみんななぜ彼女の畑だけが被害にあっていないのか不思議に思いましたわ。

 しかも週末の樹の日の夕方、彼女が従魔を連れて畑に行った姿も目撃されているんですのよ。

 疑うのは当然でしょう?



 そしたらあの女、生意気にもわたくしに神殿に訴えろだの、一緒に不寝番をしろだの言うんですのよ。

 それに手当てなんて言い訳して素手でリカルド様の手を握ったのですわ。


 

 いやらしい!もう我慢なりませんわ!



 そうしたらリカルド様はわたくしのトールセンに対する疑惑を撤回しろとおっしゃったの。

 どうしてわたくしの思いをわかってくださらないのですか?

 こんな平民どうなろうとかまわないじゃありませんか?



 警吏を呼ぶことになり、事務員にトールセンが連れていかれた後、リカルド様が私に話しかけていらしたの。



「私は馬鹿な女性は嫌いだ。

せっかく君をかばってやったのにわからなかったようだな。

しかも格下とはいえ目の前にいる同級生を従者と言うとは……無作法にも程がある。

もう私の側には二度と来ないでくれたまえ」



 どういうこと?わたくしをかばったって?



 私が混乱しているとリカルド様の従者が、

「あなたの経歴に瑕が付かないようにリカルド様が機会を、しかも2度与えてくださったのにそれもわからない愚かな女などリカルド様にふさわしくありません。

お茶会の招待はこの場で断らせていただきます」



 その時いた子たちから聞いたのか、わたくしがお茶会へご招待した方々から断りの返事が来たの。わたくしの家は事業が成功していて、子爵家ながら資産家でとてももてはやされていたのにこんなことって。



 これも全てエリー・トールセンのせいだわ。

あの女が平民のくせにリカルド様をたぶらかして、わたくしを陥れたのだ。



 それで前にもいろいろ教えてくれたカーラとかいう男爵令嬢の情報を得てあの女に罰を与えようとした。

 でも何をやっても堪えない。

 魔力が少ないくせにかなり高度でち密な魔法が得意で付与や魔法陣の達人なのよ。

水を掛けようとゴミをぶつけようと、周りに被害が出ても彼女はキレイなまま。


 しかも彼女の魔法できれいにしてもらったらかえって前よりきれいになるって変な評判までたち始めた。

 苛めを起こしたとしてわたくしたちの評判は更に落ちてしまう一方。なんとかあの女をぎゃふんと言わせたかった。



 そんな時にわたくしはリカルド様のお茶会にお招きいただいたの。トールセンを苛めていた5人の男爵令嬢たちも一緒に。

 わたくしは最高におめかしして向かったわ。

 やっとわたくしの気持ちが通じたんだと思ったの。



 でも違った。そこはお茶会の場だったけど、実質断罪の場だった。



「君たちがエリー・トールセンを苛めようが苛めなかろうがそんなことはどうでもいい。なぜこの私が平民出の毒婦にたぶらかされるような男だと学院で触れ回ったのだ?」

いつも冷静で荒ぶることのないリカルド様はこのような質問でも穏やかだった。



 誰かが答えている。

「そのようなことは言っておりません。ただクライン様がトールセンをかばったお話はしました」

「ブラーエ嬢。私は君をかばったつもりだったし、君にもそう伝えたと思うが」

 彼の穏やかさとは別の冷たい眼差しがわたくしだけに突き刺さる。



「は、はい、伺いました」

「ならなぜ君の友人はこのようなことを言っているのだ?」

「あの、ですから、その、よくわかりません」


「エリー・トールセンは自分が無罪と簡単に証明できた。。

ヴェルシア神の裁定を持ち出せば彼女の潔白はすぐに明らかになる。彼女が学生裁判を起こせば確実に負けて正式な公文書に君が負けたことが記載される。

だから発言を取り消せと言った。なのに君は取り消さなかった。

愚かしい女だとはその時にも思ったがまさかこのような騒ぎを起こすとは思っていなかった」

「違うんです、わたくしどもはそんなつもりではなかったのです」

「残念だ。だが私にももうどうすることも出来ない」

 リカルド様はそのまま席を立ち、その後は彼の従者が続けた。



「寛大にもリカルド様のとりなしであなた方のは許されます。ですがその条件はあなた方の転校です。クライン伯爵家の名誉を傷つけたのですから当然でしょう?」

「そんな……」

「あのわたくしは学院も合格してましたの。学院に転校しても?」

一人の男爵令嬢が言う。


「そんなことが許される訳がありません。お分かりにならないのですか?

クライン家が次代の王を選任する立場なことはご存知でしょう。

そのクライン家の名誉を貶めることは、選ばれるお立場のシリウス殿下、エドワード殿下、ディアーナ殿下を貶めることに等しいのです。


特にシリウス殿下はこの件を憂慮されお心を痛めておられます。

殿下方がおわします学院やエヴァンズにいるなんて図々しいにもほどがあります。

今すぐの転校を求めたいところですが、あなた方にも準備があるでしょう。

今学期中に出ていきなさい。行かなければ相応の対処をいたします。

すでにあなた方の家にも連絡してあるので彼らの指示に従うのです」



 じゃあもうこのことをお父様もご存知だというの?



 呆然としていたら、従者は部屋を出て行った。

 クライン家の執事が「お帰りはこちらでございます。どうぞ足元にお気をつけくださいませ」などといいながらわたくしたちを屋敷から追い立てた。



 家に戻るとお父様がお怒りだと思っていたのに悲しそうな顔をされていた。

「チェルシー、お帰り。疲れたね。まずはお茶を飲んで話をしよう」



 お父様がお茶を用意させて私に飲ませてから言った。

「チェルシー、この件でお前の同等以上の貴族との縁談は絶望的になった。

もうお前の元に結婚の申し込みに来る者はいない。

ただ私には資産があるので金の力を使えば誰かとは結婚できるよ。

そうだ、見込みのある商人の息子もいいかもしれない。

殿下やクライン家のかかわりのない世界で生きていくのも悪くはない。

だが社交界で生き抜いていくのは難しいだろう」


「そんな、わたくしリカルド様の名誉を汚すつもりはなかったんです」

「ああ、わかっているよ。だが結果的にそうなってしまった」

「それにいったい誰がこのブラーエ家を継ぐというのです」

「ああ、それは……アマンダが夫からお前の姉と言うことで離縁を告げられて戻ってくることになった。彼の家はクライン家の遠縁だからね。

アマンダもつらいのだ。せめて家督はアマンダに継がせようと思う。

お前は平民になるか、修道院に入るかどちらかにしてほしい。わかったね」


「そんな……お父様。わたくしをお許しください」

「こんなことを父に言わせる娘に育てた覚えはなかったが、お前のような子のことを親不孝者というのだよ、チェルシー。

わかったら平民向けの学校か修道院かどこか選びなさい。私はお前を勘当する」



 私は泣き崩れた。泣いて泣いて部屋に閉じこもっているとお母様がやってきた。

「チェルシー。お父様はあなたを勘当されるけど、あなたの面倒を今後も見てくださるつもりなの。それは寛大なご処置なのよ。

あなたと一緒になってリカルド様を辱めた男爵令嬢たちはもっと厳しい沙汰が下るでしょう」


「どういうことですか?」

「他の家はね、わたくしたちよりも資産を持っていないの。

あなたは裕福な平民になれるけど彼女たちはそうではない。

あなたたちが苛めた平民よりも大変な思いをするでしょう」


「全部あの子のせいなのね。エリー・トールセンの」

「馬鹿ね。今更その子を傷つけたところで犯罪者になるだけよ。

それにクライン家は冷徹な家柄だから彼女が死んでも眉一つ動かさないでしょう。

これ以上馬鹿なことをしてわたくしたちを苦しめないで。

あなたは少なくともお金には不自由しないし、結婚のチャンスもあるわ。

その幸運を噛みしめなさい。いいわね」



 そう言ってお母様はわたくしの背中を優しく撫でてくださった。

「中央に出てこない田舎貴族なら平民でも輿入れできるかもしれないわ。

だからあなたは諦めてはダメ。貴族の誇りを失わず、平民として柔軟に生きるのよ。

同じ平民をもう馬鹿にしてはいけません。

わたくしたちはそばにいられませんが、あなたを養女に出す先は旦那様の片腕として働いてくれているマチス家ですからね。たまにはお食事くらいできるわ」



 もうわたくしの将来は決まってしまった。

 悲しいけれどこれが現実。



 せめてわたくしはお母様のおっしゃる通りに誇りを失わず生きていこう。

 でもエリー・トールセン、私はあなたのことを忘れない。



 いつか目に物見せてやる!






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