第79話 商業ギルド

 

 今月の社会見学は商業ギルドだ。

 冒険者ギルドが冒険者とその仕事を管理しているように、商業ギルドは商人とその仕事を管理している。

 中でも重要なのが販売権・著作権・出店権・人材派遣の4つだ。



 販売権は文字通り販売する権利、つまり販売許可証のことだ。


 商人になるには信用がいる。中でも犯罪歴がないことは特に重要視される。

 王都の通用門近くにあるスラムの子どもたちのように、自分で働けないために人から盗むことを覚えると窃盗がスキルとしてついてしまう。

そのスキルがあることで、彼らは商業ギルドに入ることが出来ない。

つまり商人になれないのだ。


 そんな子供が働ける場所は冒険者か職人になって技術を身につけることだ。

 でも職人になっても犯罪歴があると親方になることが出来ないので、未来は狭まってしまう。

 片親でも親がいたり、孤児院に入ることが出来たりすることはとても幸運なのだ。

 そういえばあの子たちはどうなったんだろう?



 言わないことが暗黙の了解になっているけれど、『常闇の炎』の職人の中にはこの窃盗スキルのために素晴らしい腕前なのに親方になれなかった人もいる。

 もちろんウチのクランでも親方にはなれないけれど親方並みの給金がもらえるし、弟子の指導もしている。


 クランマスターはこう言ったそうだ。

「子供の頃に生きるためにした盗みのせいで、今は反省して厳しい修行を乗り越えてきた立派な職人が認められる機会を与えられないなんて不公平だと思わないか?

生きるためではなくても貴族の乗る馬が平民を撥ねても無罪なのに?

今も盗みを続けているならともかく違うからな。

ちゃんとした評価をもらえて当然だと思う」

 こういう考えに惹かれて窃盗スキルのない親方もウチのクランに入る人もいる。


 

 私はこのクランに仮とはいえ入れてとても誇りに思っている。



 著作権は素晴らしい商品を発明した人に与えられる権利で、発明してから25年か死後15年の間、その商品から発生する利益を発明者やその家族が歩合でもらうことが出来る。

 他の人がこの発明を使いたければこの権利を持つ発明者に使用料を払わなければならない。



 先代勇者さんはこれをかなりたくさん持っていたんだって。

もちろん死後15年はとっくに過ぎてるから、今は誰でも使える技術になっている。

 ただお菓子の作り方などの一部の発明は公開せずクランだけで使えるものもある。


 マドレーヌなんかは作り方も簡単だからわざわざ権利を取るほどでもなかったんだろう。

 人気商品なので真似をしたものはたくさんある。

 でもウチのマドレーヌは一味違うと買いに来る人がたくさんいて、ここじゃないとダメだという。

 先代勇者の看板があって初めて売れるものなのだ。



 出店権はお店を出す権利だ。

 道端の屋台から王都一の大商人ディクスン氏の大型店舗、もちろん我らがクランのお店も全部商業ギルドの管理下にある。


 店がなくても売買している人はいるけど、知り合いとの間でひっそりと行うか、物々交換でないと引っかかってしまう。

 これはお金を取引に使う店舗はみんな商業ギルドに登録すると法律で決まっているからだ。

 もちろん商品のレシピも商業ギルドには開示しているが外部へ開示することは魔法契約で禁止されている。


 昔は類似の商品があったと言って開示していた職員がいたそうだが、訴え出たらヴェルシア様の罪の印が出るので今は一切なくなった。

 だから秘伝のたれとか、秘伝のレシピとか、そういうものは商業ギルドから漏れることはない。



 最後の人材派遣は、商業ギルドにスキルや職業経験などを登録しておいてそれに合致する仕事を紹介し条件が合えばその人を依頼先に派遣する仕事だ。

 商業ギルドに登録する人は専門性の高い職業ギルドよりも複合的な仕事の出来る人が多い。

 例えば、教師の資格もあるが戦闘能力も高いので家庭教師兼護衛として雇ってもらいたい、のような場合である。



 冒険者ギルドにも似た機能があるが、違いは短期契約か長期契約だろう。

 先ほども言ったが商業ギルドには犯罪歴がスキルとして付いたヒトは入れない。

だから長期で雇いたい事務員や使用人は商業ギルドから雇われるのだ。

 私も卒業後にちゃんとした就職先で働けなかったら、長期の仕事を商業ギルドで探してもらったかもしれない。



 見学が終わって帰ろうとしたら、商業ギルドの職員に声を掛けられた。

「エリー・トールセンさん。もしよろしければ私共に登録なさいませんか?」

「あの、私もうお世話になっているクランもありますので」


「今付与の出来る付与魔法士が不足していまして。お得意だとお見受けしました」

「あのですから」

「気になったんですよ。『常闇の炎』の店員が最近全員清浄の付与が付いた制服を着用していますよね。今あなたの制服にも同じ系統の付与魔法がされているのを見て判断しました。あなたがされたのでしょう?」

 否定は出来なかった。でも肯定もしない。


「申し訳ありませんが私はこれ以上仕事を増やせません。時間がありませんので」

「クランというものは簡単に解散出来るものなのですよ。逆にギルドは国の認可を受けた簡単に無くならない組織です。あなたの様な将来ある若い方が冒険者のような不安定な職場に就く必要はないと思いますが」

「ご心配いただいて有難いのですがお気持ちだけで充分です。未熟者ですので勉学を優先したいと存じます」



 私は『常闇の炎』にいたいのにどうして誘ってくるんだろう。

 何だかとても心がざわついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る