第80話 就職先を考える

 

 私は足早に出口に向かうとジョシュが待っていた。

 マリウスは騎士に関係のあることしか興味がないので、商業ギルドには来なかったのだ。



「ごめん、待たせて」

「大丈夫?」

「うん、付与魔法士が足りないんだって。クランの仕事もあるし断った」

「さすがだね。もう人材獲得合戦が始まっているわけだ」

「何それ?」


「エリーみたいに将来有望な生徒を今のうちに獲得しておきたいってこと」

「まだ学校始まって2か月目だよ。何が有望だよ」

「でも君ほどいろいろできる子、大人にだってなかなかいないよ。付与魔法も出来るなんて。魔法陣もかけるんだよね。お菓子だって作れるし、冒険者もやっている」

「うーん、お菓子は実家がパン屋だからだし。冒険者は母さんがやってるからだし。魔法陣は教会の手伝いで写してたからだし。

付与もホントに偶然出来るようになったんだよね。必死で戦ったら武器に付与が付いちゃって。なんで出来たのか未だにわからない」



 ジョシュはため息をつきながら、しみじみと言った。

「天才ってこういうの言うんだろうね」

「嫌だ、そんな言い方。努力しないと物にならないんだよ。私だって必死だよ」

「別にエリーを否定しているわけじゃない。ただ他の子たちにはあまり知られない方がいいかもしれない」

「やっぱりそう思う?」

「うん、みんな君ほどは出来ないからね。君の魔力量が少なくてよかったよ。そうでなければみんなの嫉妬が集中してしまうからね」



 そんなことになればニールと同じになる。不安になった。

「ジョシュは私が出来ると嫌な感じがする?」

「僕?僕はエリーと違う立場だし、魔力量は君よりずっと多いんだ。それに出来すぎると君のように注目を浴びてしまう。僕はそんなに目立ちたくないんだ。ほら、例のあの人のお忍びについていかないといけないからね」


「私だって注目を浴びたい訳じゃない」

「でも成績も落とせないし、仕事も辞められない。学校は貴族にとっては結婚相手を探す場だけど、僕ら平民にとっては就職先を探す場なんだ。

そしてそれは相手にとってもそうだ。

この見学会も商業ギルドは有望な生徒を見つけるために開いたんだ。


だからエリーはどこへ行っても声がかかると思う。だったら有利な内にいい就職先を見極めるのがいいよ。

君のクランはいいところだけど、他のところも視野に入れるといいと思う」

 ジョシュは文官らしく、こういう分析をよくしている。



「マリウスも気にするかな?」

「マリウスは騎士にしかならないから大丈夫じゃない?むしろ他の錬金術科志望の子たちはどうなの?」

「他の?」

「まさか他の子たちの事知らないなんてことないよね。あと5人いるんでしょ?」

 黙るしかなかった。そうだ、あと5人いる。そして私はその誰も知らないのだ。


「……考えたこともなかった」

「マジで?さすがエリー。就職の心配がないからって普通同じ専攻の子と仲良くしようと思うんだけど。専科に行ったら僕らはいないんだよ。ダンジョンは一緒に回れるけど。ああ、マリウスは専科に行ったらダンジョンも回れないと思った方がいい」


「どうして?」

「騎士科専攻だから、同じ専攻で回るようになるよ。彼らは魔獣討伐も立派な任務だし。学生時代から同じ任務に就いて仲間意識を高めるんだ。僕だってどうなるかわからないよ」


「そうだね。あと2年と言ってもすぐだよね。初めは誰も見つからなければ従魔たちだけで行こうと思ってたんだ。多分テイマーかサモナーにもなれると思うし」

「普通はそんな簡単になれないんだけどね。でもドラゴ君もいるし、ミランダもケット・シーで育てば強力な従魔だ。あと2.3匹いればいい従魔パーティーになるか」

「うん、魔獣を育てるのも楽しいし、そうしたいな」


「とりあえず僕はパーティーに入れてね。いろんなところに入って能力を晒したくないし」

「文官なのに?」

「僕は魔力が多いからね。ジョブは文官が出ているけれど、魔法士としての戦闘訓練も受けないといけないんだ。でもエリーは他の錬金術科の子とも仲良くした方がいいよ。今後一緒に活動しなきゃならなくなるんだから」


「そうだね。どうやって見つけよう」

「君と同じ授業を取ってる子に聞いてごらんよ。特に4限ね。工芸取ってる子なんてありうるね」



 うむむ、持つべきものは策士の友人である。

 同じ科を希望する子の事なんてその必要性に全然気が付いていなかった。

 忙しいのもあったし、今楽しいのもあった。

 マリウスもジョシュも優しいし、必要以上に踏み込んでこない。ちょうどいい距離間なのだ。



「ジョシュだって就職先決まったようなものだもんね」

「どうして?あの人と仲がいいから?」

 私が頷くと彼は肩をすくめた。


「その可能性はゼロじゃないけど、難しいと思う。あの人の側にいるのは側近なら伯爵以上、従者ならば子爵家か伯爵家の出だ。騎士になれば能力次第だから身分は関係ないけど僕は文官科だしね」

「難しいんだね」

「王宮こそ最も階級を気にするところだ。身分が高すぎても低すぎてもいけない」

 もっといろいろ聞きたかったがジョシュはもう聞くなと身振りで伝えてきた。



 まだ10歳になったばかりなのに、もう就職のことを考えないといけない。

卒業後の就職先が決まっているって本当にありがたいことだ。

 3年間はクランを離れて国に奉仕しないといけないので、この5年の間でクランに必要な人材だと認めていただかないとね。



 ヴェルシア様、このまま私は『常闇の炎』に勤めていたいです。

 どうかよろしくお願いいたします。

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