第四章

第57話 入寮手続き

 

 ガタゴト、ガタゴト。

 目を覚ますといつものように少年の服を着て私は馬車の中に乗っていた。



 ドラゴ君が私の顔を覗き込んでいて、プンスカ怒っていた。



「エリー、ぼく言ったよね。寝坊はダメって。結局、ぼくとルードで荷物運んだんだよ」

「ごめん、ドラゴ君」

「ほら、卵にも謝る。まだ朝の魔力上げてないでしょ」

「重ね重ね、ごめんなさいです」

 渡された卵に魔力を送り込む。



 ―――  どうか幸せになってくれ。さようならエリー  ―――



 ふと過ぎる慕わしい声。誰?


「また、ボーっとしてる。あれだけ寝たのにまだ寝足りないの?」

「ごめん。卵に魔力上げすぎちゃったのかな?」

「もう気を付けてよ」


 御者台に乗っているルードさんから声がかかる。

「エリーさん、そろそろエヴァンズですよ」



 窓から外を覗くと赤いレンガ造りのがっしりとした四角い現代風の建物が現れた。



「受験に来たときは慌ててたから、あんまりしっかり見てなかったんだよね」

「慌ててたって?」

「試験開始に10分しかなくて。それで……」

 それでどうしたんだっけ?


 答えられないでいるとルードさんが、

「慌てて走って通り過ぎたんですね。時間ギリギリはいけませんよ。エリーさん」

「ホントそうですね。ありがとうございます。ルードさん」



 学舎の前に馬車を止めて、まずは入寮の手続きに事務局を訪れた。

「おはようございます。本日学生寮に入寮いたします。トールの娘、エリーです」


 受けてくれたのは、真面目そうな髪をひっつめた眼鏡の女性だった。

「おはようございます。お待ちしておりました。

 わたくしは新入生の事務担当のフィリッパ・ニコルズです。

 わが校は400人近い生徒が在籍しております。

 エリーという名前の方もたくさんお見えになるので、あなたの事をエリー・トールセン(トールの娘の意)と呼んでよろしいですか?」


「かまいません。よろしくお願いいたします。ニコルズ先生」

「わたくしは教師ではありませんので、さん付けでかまいません」

 にっこり笑って、椅子を勧められた。



「トールセンさん、あなたは大変優秀な成績で本校へ入学されました。奨学金の事は聞いておられますか?」

「はい、3位で入学できたので一部いただけると伺っております」


「上位2名の方が貴族的ノブレス・精神オブリージュから奨学金を辞退されましたので、あなたは1位の奨学金として半額が免除されます。

どうぞ機会がございましたら感謝の意を表すとよいでしょう。

校内は身分差なく扱われますが、このようなお心遣いは表立って話すことではありません。あちらからお声がけのあったときに一言おっしゃるとよろしいでしょう」

「ご配慮ありがとう存じます。ニコルズさん」



 それから多少の説明を受けて、

「では、学生寮に案内しましょう。何かご質問は?」

「はい、私は従魔を連れているのですが彼は人化できるのです。一緒の部屋に滞在しても構いませんか?」

「男性なのですか?それは困りましたね。女子寮は女性だけなのですよ」


「まだ幼いので3歳児ぐらいなのです。戦闘能力はしっかりあるんです。でも獣化しているより、人化の方が好みらしくて」

「3歳児?それはまた。とにかく会ってみましょう」

「よろしくお願します」



 ニコルズさんを案内して、馬車の側で話し込んでいる2人に声をかけた。

「ルードさん、ドラゴくん、ちょっといいですか?」

 2人がこちらを向くと、ニコルズさんは顔を真っ赤にして言った。



「トールセンさん、さすがにあの男性は3歳児には見えませんよ!」

「違います。あの方は私がお世話になっているクランの幹部でルードさんです。その足元にいる小さい子が私の従魔としてクランからお借りしているドラゴ君です」



 ニコルズさんは眼鏡をちょっと持ち上げて、下の方にちょこんといるドラゴ君をよく観察した。

「まぁ、とても小さいお方ですね。この方が従魔なのですか?」


「はい、カーバンクルなんです。カーバンクルはめったに見られない伝説級の魔獣で、見た目以上に力があるのです。それでクランでも従魔舎に入れられなくて私の部屋で休ませていました。お行儀もとてもいいのです。ただし、勝手に触るのはやめてください。彼も魔獣ですので」


ニコルズさんはドラゴ君と目線を合わせるために腰をかがめて、

「わかりました。わたくしはエリーさんの学年をお世話する事務担当のフィリッパ・ニコルズです。あなたのお名前は?」


「僕はドラゴ。主はクラン『常闇の炎』のクランマスターのウィルさまだ。今のところ僕の使いどころがないからエリーに貸し出されている。エリーはいずれクランの中心人物になれると期待されているので、護衛も兼ねている。どうぞよろしく」

 ドラゴ君から手を出したので、ニコルズさんはにっこり微笑んで握手を返した。


「とてもよい従魔のようですね。知能も高く、行儀もよろしい。わかりました、エリー・トールセンさん。あなたを特別に屋根裏部屋に一人で住まうことを許します」

 へ?屋根裏部屋?あの小間使いたちが住む?



「屋根裏部屋と言っても梁やでっぱりがあるものの、広いお部屋ですよ。

掃除もちゃんとしています。もちろんあなたが住んだらあなたが掃除するのですよ」

「えーと、屋根裏部屋でも構いませんが、小間使いの仕事は出来ませんが」


「もちろん、あなたは錬金術科ですから、そのようなことはしなくてもかまいません。貴族付のメイドや従者にはちゃんと宿舎があります。

ドラゴさんがもう少し大きければ男性従者の宿舎に入ってもらったのですが、このように小さい方だと苛めの対象になってしまいかねません。

強い従魔であればあるほど、誓いを破れず苛めに耐えるのは辛いもの。余計な事故に結びつくかもしれませんから」



 そこをルードさんが私に代わって話し始めた。

「これはお心遣い痛み入ります、ニコルズさん。エリーお礼を申し上げて」

「ありがとう存じます。ニコルズさん」


「それから大変申し訳ないのですが、ルード様。

 できれば今後は校内の立ち入りは出来るだけ控えていただけませんでしょうか?

 お見受けしたところ、エルフでいらっしゃいますね」


「ええ、半分だけですが」

「本校は共学校ですが、あなたのように美しい男性はめったに見られません。

 思春期の女生徒の憧れをさらってしまうでしょう。わたくしは生徒たちの恋愛相手が生徒の保護者であるのは望ましくないと考えております」



 おお、ルードさんに暗に生徒に手を出すようなことはするなって釘刺してる!

でもルードさんって浮いた噂全然ない。

 クランの女のヒトたちも、騒ぐんだけど絶対無理だからみんな諦めてるんだって。

なんでだろ?



「その点はご心配には及びません。エリーには放課後や週末にクランの仕事をしてもらいますから、そこで連絡を取れますし、緊急時にはドラゴが対処いたします。

本日は初日ですのでご挨拶も兼ねて参った次第です」


「では恐れ入りますが荷物は職員で運びますのでお引き取りを。

このような失礼なことは申し上げたくないのですが、あなたが女子寮に荷物を運びこむだけで危険な考えを持つ女生徒がいないとも限りませんので」


「さほど重い荷物はございません。家具が必要かは部屋の様子を見て決めるつもりでした。エリーさん、何か必要なものがあればドラゴに伝えてください。クランで手の空いた女性に運ばせますから」


「お気遣い感謝いたします。何分、思春期の年ごろは扱いにくいものですので」

「いえ、忌憚ないお言葉、身に染みる思いです」



 うーむ、いろいろあるんだな。



「エリー、ニコルズさんが心配しているのはルードとの間を取り持てとエリーが苛められることだぞ」

 えっ?そこまでは考えてなかった。

 何それ怖い!



「ニコルズさん、ありがとう存じます」

「いいえ、時々あるのですよ。ご家族に美男子がいる新入生に紹介しないと苛めるような生徒が。ここでは生徒にはまだ見えませんからね」


「では帰ります。エリーさん、勉強頑張ってくださいね。ドラゴお前が頼りだからしっかりな」

「任せといてルード。みんなによろしく」

「ありがとうございます。お疲れさまでした」


「それではニコルズさん、エリーをよろしくお願いいたします」

 そうしてルードさんは帰ってしまった。



 その背を見送るとニコルズさんがため息をついて、

「なかなかの目の保養をさせていただきました。王都三大美男と有名なルード様にお目にかかれるとは思いませんでした」


「ルードさんにそんな二つ名があるのですか?」

「ええ。『常闇の炎』が学生の後援をするとは思っても見ませんでした。有名クランですのであまりクラン名を吹聴しない方がいいかもしれませんね」


「かしこまりました。不調法な田舎者でございます。今後ともご指導を賜りたく存じます」

「そこまでかしこまらなくてもよろしいですよ。あなたは本校の生徒ですから、丁寧語で話すようになさい。ただし、外では違いますので勘違いはしないように」

「わかりました。ありがとうございます」



 そっかぁ、そんなに有名なんだ。そういえば先代勇者が作ったって話だもんな。





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