第56話 秘密の契約
「これが俺の話だ。何か質問はあるか?」
「ビリーって、本当は金髪に金の瞳なの?」
「ああ、これはユーダイの姿に少しだけ俺を加えた擬態だ」
「どうしてそんなことを?」
「人間の世界に順応するためさ。俺とユーダイはSSSランクまで上げててな。
そんな力のあるやつが200年たっても同じ強さでいるなんて、人間にとっては恐怖ですしかないんだ。だから、ルードにクランを任せて一から冒険者やり直したんだ」
「ユーダイさんとはそれからどうなったの?」
「ユーダイは130年ほど前に亡くなった。
100歳超えてたから結構長生きだったぞ。最期まで一緒にいたな。
あいつも案外しぶとくて、俺と一緒に刺客を撃退してた。
『常闇の炎』もあいつが作ったクランだ。なんでも妹がオタクって奴で中二病っぽい名前を喜ぶからなんだそうだ。だから今も名前を変えずに使い続けている」
「本当に自分の国を作らなくてもいいの?」
「俺の国はいらない。魔族だけの国もな。でも人間と対等にすべてのヒト族が暮らせる世の中は作りたいな。俺は長生きだし、試行錯誤する時間もたっぷりある。
あとは心が折れないことぐらいかな。同じ考えの仲間がいたらいいなとは思う」
「ルードさんやドラゴ君はダメなの?」
「ダメっつーか、あいつらは俺の言う通りにはしてくれるけど、そういう意思みたいなものはないんだ」
「そっかぁ。じゃあさ、私は?これからもっと勉強して賢者になってビリーのみんなが共存する社会を作るの手伝うよ。だってすごく素敵だもの」
「エリーか……、これからの成長次第ってところかな」
「頑張りますので何卒末永くお願いいたします」
「フフ、どうだろうな」
「ねぇ、今も悪魔からの誘惑はあるの?」
「ずいぶん前に一度だけな。なんといえばいいのか、恐ろしく強い力そのものだった。あいつらにどういう意思があるのかはわからない。ただ力は与えてくれるけれど、その分全部奪い去るから、膨大な力の持ち主になれたんだと思う」
「今後一切悪魔に関わらないって私と魔法契約しない?」
「何だよ。俺にもお前にも別に利点がないだろ」
「あるよ。魔王はそういう意味で復活しないし、そしたら私は安心でしょ。
それにビリーは私の初めての友達だもの。一番大事な人じゃない」
ビリーは言葉に詰まったように黙っていたが、
「……なるほどお前の利点はあるな」
「ビリーは私を自由にできるはどう?奴隷は嫌だけど、私を友達兼部下に使えます」
「別に今でもほぼ自由に使えると思うが」
「ええ~!そんなこと言わないで。仲良くしようよ」
「仲良くかぁ」
ビリーはしばらく考え込んで、
「じゃあさ、俺と一緒に旅に出ないか?」
「旅?どこにいくの?」
「世界中どこへでも。みんなが共存繁栄する世界のために活動するんだ。俺の目だけじゃなく、エリーの目から見てもこれがいいってことをクランみたいに小さな組織から始めてさ」
「うんうん」
「まず俺がしたいのは、人間から他のヒト族への偏見を和らげることだ。人の考えを完全に変えることは洗脳でもしない限り難しい。でもさ、人間って慣れるんだよ」
「慣れる?」
「初めは嫌だと思っていても、そこにいても害がないし、ましてやお互いにいいことがあるって分かれば、まっいいかって思うようになるってこと。中には好意を持ってくれる奴も現れる。エリーが俺を怖がらないみたいに」
「それ、面白そうだね」
「ただ、人間は慣れもするが、責任転嫁もよくするんだ。例えば能力が高いヒト族と大した能力のない人間ではヒト族を雇った方が雇用主にとっては大きな利点だ。
そういうことが起こってくると、ヒト族のせいで仕事が出来ないとか、ヒト族が仕事をわざと奪っているとか言い出すんだ。自分の能力の低さを棚に上げてな」
「あっ、それ私も覚えがある。ニールで知らない男の子にお前のせいで一番になれないって怒鳴られたことあった。そんなのもっと頑張ればいいじゃないって話ね」
「まぁ賢者の卵と普通の子が張り合うのはちょっと無理があるがな。俺としてはそういう人間は違う方向に進めばいいと思うんだ。例えば男の子なら腕力とか、計算とか得意な分野に特化したら、エリーよりも優れたところがあったかもしれん」
「ああ、ルードさんの利き味みたいなのね」
ルードさんは目隠ししても口の中に入れただけでその食べ物がどこの店だとか、原産地はどことかがわかるのだ。
「あれはただ単に食い意地が張っているだけだと思うが、夢中になって研究出来るという点ではそうだ。
ただそういうのを人間でない俺たちが言い出しても嫌味にしか受け取られないだろ。
だから人間のエリーがうまく誘導してくれるといいなって思うんだ。
お前が賢者の称号を持てば間違いなく尊敬される存在になるんだし」
「それいいね。やる」
「じゃあ、決まり」
ビリーは魔法契約の証書を取り出して書き始めた。
「エリーの望みは、俺が魔王としてさらに力を得るために悪魔と契約しないこととこの世界を滅ぼさないこと。これでいいか?」
「うん」
「俺の望みは、エリーが俺と一緒に旅に出ること。その時にエリーは俺の「人間とヒト族の共存繁栄計画」に手を貸すこと。旅の開始時は俺が行くと言った時だ。
これでいいか?」
「うん、あっでも学校と国への奉仕期間はいけないかも。あと、ビリーと旅に出ると父さんや母さんと会えなくなるの?」
「期間についてはそんなにすぐじゃない。今でもやれる事は山積みだし。
それに一緒に旅に出るからってお前のすべての行動を制限するつもりはない。
基本的には一緒に行動だが、そうでないときには会いたい人に会っても構わない。
秘密にしないといけないことは守ってもらうがな」
「ありがとう、そんなに自由でいいの?あと私がこの契約より先に死んでしまったらどうなるの?」
「もちろん、契約破棄で俺は自由になる。だから死ぬなよ」
「わかった。そうだいいのがある!」
私は母さんから借りているマジックバッグをポケットから取り出した。
旅の間は胸に当てる防具の裏に縫い付けていたけれど、街中であんなのをつけてたら却って目立ってしまう。
バッグの中から豪華な宝石の付いたネックレスを取り出した。
「お前、それはまたすごい代物だな。
「えーと、例のダンジョンからもらいました」
さらにダンジョンで錬金窯などジョブに関係する品物をいろいろもらったことを告げた。
「なるほど、魂繋ぎのネックレスか」
「そうなの。殺されてもギリギリで命保てるから死なないよ。だから死にかけたらビリー助けに来てね」
「俺は助けにも行かなきゃいけないのか?」
「だってそうでないと旅に行けないし」
「しょうがないな」
とりあえずつけてみた。
「その……なんというか、女にこういう事を言ってはいけないのはわかっているんだが……」
「うん、これ子供のつける物じゃないよね」
似合わなかった。しかもめちゃくちゃ目立つ。
「ほら、こっち来い。
ビリーが魔法をかけて見えなくなった。
「俺の魔法が見破られることは少ないとは思うが、お前から簡単に外れないようにしないとな」
今度はよくわからない言葉で長い詠唱を始めた。
「ねぇ、ビリー一言でいい魔法とそうでない魔法の違いって何?」
「自分で考えろ、賢者の卵。だいたい、俺と旅に出るならちゃんと賢者になっていろよ。いいな」
「うっ、頑張る」
ビリーはなかなか痛いところを突いてくる。
「まだ、証書が書き終えていない。一応、旅に出るときにお互いの意思を確認して、どちらかが行きたくないということになったら契約破棄ということにしよう」
「それじゃあ、ビリーが世界滅ぼせちゃうじゃない」
「お前の方の都合もあるだろ。それにこういう長期の契約時は契約変更が出来ないといろいろ問題があるんだ」
「うーん、しょうがないのか。わかった」
納得は出来なかった。
私は命に代えても彼を悪魔に渡さないと心に誓っているんだ。
でもここで踏ん張って契約そのものをなしにされては困る。
「ではお互いサインしたから契約締結」
「ありがとう、これからもよろしくね」
「そろそろ、夜が明ける。帰るぞ」
ビリーが腕を広げたので、その中に飛び込むと思った以上にきつく抱きしめられた。
「ビリー、苦しい」
彼を見上げて抗議しようとすると、ビリーの魔眼が作動していた。
「
何をしようとしているのかすぐにわかった。
「嫌だぁー、ビリー‼」
心が痛くて涙がこぼれた。
◇
腕の中でエリーは動かなくなった。
これで俺の事は全部忘れているはずだ。
手のひらには記憶の魔石が出来ていた。緑色の美しい石だ。これを壊せばエリーの記憶が戻ることはない。
でもローザリアの記憶の魔石はすぐに壊せたのに、エリーの魔石は壊せなかった。
つじつま合わせに少し記憶を改変しておく。
クララとルードとドラゴの3人と馬車に乗り合わせて仲良くなって、クランの仕事をするようになったこと。
幼いため1人で仕事の出来ないドラゴが学校に付いていくと言ったので、従魔の仮契約をしていること。
俺とも顔見知りだが親しくはないこと。
ああ、ベルやローザリアの事を注意しておくことは残しておこう。
エリー、心配しなくても俺は悪魔とは契約出来ないし、この世界も滅ぼさない。
でもお前は絶対引くつもりなかっただろ。だからこの契約を結んだんだ。
お前はわかっていなかったようだが、俺の側は危険なんだよ。魔族から今も命を狙われているし、お前と俺の仲に気が付かれたらお前を標的にするに違いない。
俺が旅に一緒に行こうと言うまではこの契約はお前を縛るものではないから俺の事を忘れて、幸せになってくれ。
いっぱい好きな勉強をして、賢者になってもいいし、錬金術師のままでもいい。
お前の未来は自由で、好きな人もできて、赤ん坊だって産めるんだ。
俺と一緒だったら絶対に出来ないことだ。それに俺への対価はもうもらっている。
エリーのくれた刺繍のハンカチ。
一針一針に込められた俺への信頼と愛情、そして絶対に守ろうという覚悟。
ビリーはエリーの記憶の魔石をそっとハンカチに包んだ。
「馬鹿だなぁ。俺なんてたった数週間一緒にいただけじゃないか。それなのに命まで懸けて守ろうとするんじゃねーよ。
でもそんなに愛してくれたのは、お前とユーダイだけだよ」
ユーダイの最期。
悪魔と契約した魔族からの渾身の一撃を俺の代わりに受けて死んだこと。
助けようとしたが、悪魔の呪いの傷はあの時の俺では治せなかった。
「ビリー、お前は俺の自慢の息子だ。だから生きて幸せになってくれ……」
その一言と魂をかけた守護を俺に残してくれたユーダイ。
あんな思いはもう二度としたくない。
ああ、こんなに泣いて。
エリー、俺のために泣かないでくれ。
俺は涙を拭きとり、腫れかけた目元に唇を当てた。
次に会うときはただの顔見知りだけど、俺はお前の幸せを必ず守るから。
だから、俺の事は忘れてくれ。
どうか幸せになってくれ。
さようなら、エリー。
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