第51話 疑惑

 

 翌日になってハルマさんとシンディーさんが指定通りクランハウスに来てくれた。



「お久しぶりです。ハルマさん、シンディーさん」

「久しぶり、エリーちゃん」

「エリーちゃん、大変だったわね」

「はい、本当にこんな目に合うなんて思っていませんでした」

 積もる話もあるからと、クランハウスの空き室に二人を案内した。



「ここのクランマスターが呼んでるって言われてるってちょっとびっくりしたぜ」

「ああ、それごめんなさい。ビリーは呼んでません」

「「ええ~?」」


「あのギルドの窓口のお姉さんがハルマさんを紹介しろって言ってきて。でもシンディーさんがいるのにそんなこと出来ないじゃないですか。それでビリーの名前使ったんです。ビリーは使えるものは何でも使えっていつも言ってるから気にしないし。もともと奴隷商人の残党狩りが終わってないから、ここに来てもらえって言われてたんです」

「ああ~、あの子ね。いっつもハルマに色目使う子いる!」

 ハルマさんがハハハと乾いた笑いを漏らしていた。



「そういえばハルマさん、Bランク昇格おめでとうございます」

「ありがとう、運が良かっただけなんだけど」

「前もそう言ってましたよね」

「運も実力のうちよね。いい魔獣に出会っても倒せなかったらダメなんだから」

 そのとき、コンコンとドアが叩かれた。



「はーい、どうぞ」

「エリー、お茶もってきた」

「エリーお姉ちゃん、マドレーヌも」

 ドラゴ君はともかくサンディーちゃんも入ってきてびっくり。

 どうもサンディーちゃんはドラゴ君のことがすごくお気に入りらしい。

私が学校に連れて行くって知ったら恨まれちゃうだろうな。



「二人ともありがとう」

 ハルマさんがかわいいおちびさん2人を見て、

「エリーちゃん、この子たちは?」

「えっ、ああ、こっちがビリーと私の従魔で人化できるカーバンクルのドラゴ君。こっちが狐獣人のサンディーちゃんだよ」

「ぼく、エリーの保護者だから同席する」

「ドラゴ君この人たちは大丈夫よ。私の故郷の頃からお世話になってる人たちなの」


「ねぇサンディーちゃんって、もしかしてアレクサンドラの略名なんじゃない?」

「お兄ちゃん、よく知ってるね。そうよ。わたしアレクサンドラ。長いからサンディーなの」

 あれ?もしかしてアレクサンドラということは、まさか?



 本当に大丈夫?とでも言うように二人をドラゴ君がじろじろ見ていたがサンディーちゃんが、「ねぇドラゴくん、行こうよ」と袖口を引っ張った。

それでドラゴ君も観念して、「また後で来る」と2人して部屋から出て行った。



「ねぇツッコミどころ満載だったんだけど。何?ここのクランマスターとエリーちゃんの従魔って?しかもカーバンクルって伝説級の魔獣じゃない。

どうしてそれが従魔に?人化まで出来るなんて」

 あ、そこ?


「ビリーが森で捕まえてきたんです。私の護衛に連れていけって言うから、学校に入れるように私の従魔にもなってもらったんです。かわいいでしょ?ぷにぷにで獣化したらモフモフしっぽなんです」

「なんだかクランマスターにすごく気に入られてるのね」


「はい、仲良しです。受験のための乗合馬車にある人の護衛で『常闇の炎』のメンバーが乗ってきたんです。その時に意気投合して。誘拐されかかったときは仕事で一緒じゃなかったんだけど、その後で助けてくれてこのクランのお世話になってます」

「大変だったんだよな。初めは小さい男の子が誘拐犯たちを退治したって聞いていたから俺たちもまさかエリーちゃんだとは思わなかったんだ」



 事件の顛末を二人に話すと、とても励ましてくれた。

「嫌な事件だったけどおかげでこんなデカいクランに入れたんだろ。いいこともあるじゃん」

「そうよ。エリーちゃんの歳でクランで仕事が出来るなんてなかなかないわ」

「ありがとうございます。そうだ、このマドレーヌすごく美味しいんです。是非どうぞ。ここのクランでしか食べられないんです」



 3人でおいしく食べて和やかに話をしてたら、シンディーさんがお土産に欲しいと言ったので、売店を案内した。

「ほかのお菓子もあるんですよ。是非売店見て行ってください。試食も出しますよ」

「やだ、エリーちゃんすっかりここの店員さんみたい」

「実は学校に行ってる間、ここの仕事をさせてもらうんです。変な貴族の使いっぱしりをするくらいなら、ここの方が安全だからって」



 クランハウスの1階は店舗になっていてお菓子だけでなく、薬、化粧品、魔道具などが置いてあった。

さらに奥にはさまざまなオーダーメイドに対応するサロンもあり至れり尽くせりだ。

 服飾だけでなく、武具や家具など客層ごとに部屋をわけてあり、サンプル品がきれいに飾ってあって客たちの購買意欲をくすぐるように考えられていた。

 すぐ上の2階、3階は工房で、職人たちは作りながら下のサロンの接客も出来るし、客も工房の見学ができた。秘密の作業は見えないように工夫されているけどね。



 中庭の向こうにクランの事務を行う場所もあり、そこでクランメンバーを訓練したり、指示を出したりもするし、幼い子供たちを預かって面倒見るスペースもあり、軽作業を行う作業場もあった。

 結構広いのでお屋敷みたいというと、実際没落貴族の屋敷を買い取って改造しているらしい。

 住んでいるのはビリーとルードさんと私だけで、あとはみんな通いだ。

 2人がここに住んでいるのは守護のためで、泥棒や襲撃に来たものは生まれてきたことを後悔するくらい怖い目に合うらしい。



 シンディーさんがお菓子の試食をしている間に私はハルマさんにノートを返した。

「エリーちゃん、さっきのサンディーちゃんは間違いなくアレックスだ」

「私もハルマさんの指摘があるまで気が付かなかったんですが、サンディーちゃん実は例の奴隷商人に誘拐されていたんです。売られる前だったんですけど。

年齢も5歳でピッタリです」


「今回は防げたってことか、でもまた誘拐に会うかもしれないから気を付けて」

「はい、今王都では奴隷商人たちが大きな動きが出来ないように残党狩りをしているんです。平民側はほとんど裏をとれたみたいなんですけど、貴族側の買い手が見つからなくて。私が注意するように言われているのはそのせいなんです。

でもサンディーちゃんは特に注意してもらいますね」


「この様子だと他のキャラクターもいそうだね」

「実は私が行くエヴァンズにディアーナ王女が入学されます。なんでも尊敬する姫騎士がエヴァンズ出身だったそうで。私としてはいい迷惑なんですが」

「あとはソフィアか。何か情報ある?」

「いいえ聖女って教会関係者ですよね。ラインモルト様は私には学校のことか、遺跡の話しかなさらないのでわかりません。でも……」


「でも、何?」

「どうするんですか?ノートの通り別れるんですか?私はそれが真実の愛なんて信じられません」

「世界を救わなきゃいけないのなら、決断はいるのかも」

「真実の愛が効くのなら、シンディーさんでもいいはずです」

「おれも勇者じゃない方がいいよ。世界を救う自信なんかない。少なくともジョブは剣士だからね」

「あのノートの通りにならなければいいのに」

「ホントだね。本当に起こったら笑い話じゃすまない事件ばかりだもの」



 少し悲しげに笑ってハルマさんはシンディーさんの元に戻った。

 美味しいお菓子を食べて笑うシンディーさんはかわいらしくて、ハルマさんの中にそんな葛藤があることなんて気が付いていない。


 2人が帰るときに以前から用意していたシンディーさんに蜂蜜入りリップクリームを渡した。

 キャッキャッと喜ぶ私たちに、ハルマさんが「催促するわけじゃないけど、俺の分はないんだね」って一言。

 忘れていました、ごめんなさい。



 今後も一応何かあったらお互いに連絡を取り合うことにはなった。

 ダンジョンへ一緒に潜る約束はなしになった。

私は正式メンバーではないが『常闇の炎』とつながりが深すぎるからだ。

 冒険者は個人事業主だから他のクランメンバーとは依頼主の意向がないかぎり一緒にしないのが鉄則なのだ。

 そうでないとお互いの手の内を明かしてしまうことになるからだ。



 とりあえず預かりものを返せたことはよかったけど、ノートの人たちが実在しているのは確かに気になった。

 あのノートで起こる戦いのほとんどが起こってはいけないことばかりだからだ。



 それと気になっていることがもう1つ。

 あのノートの物語の発端となる、森の深いところにいる竜って、まさかドラゴくんのことじゃないだろうか?

 私が知らないだけで他にも竜が封印されてればいいんだけど、そうそうあるとは思えない。



 その竜の主って、今ビリーなんだよね。

 ビリーは魔族で私が会った人の中でも突出した魔力の持ち主だし、みんなから怖がられも尊敬もされている。

 それってまるで王様みたい……。



 違う、絶対に違う!!

 私は何度も首を振った。



 ビリーは悪魔に取りつかれるほど弱くもないし、戦争なんか馬鹿がすることって思ってる。

 皆の事守りたいって、愛情の知らない人が考えることじゃない!

 ビリーは魔王になんかならない!

 私がさせない!

 でも誤解されやすいしなぁ。

 悪い奴に嵌められて、魔王のように祭り上げられてしまうのかもしれない。



 ヴェルシア様、私にどうか力を。

 私にビリーを守ることのできる力をお授けください。





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