第46話 リヒター子爵家
今日はとうとうリヒター子爵との調味料作成を教えてもらう日だ。本当はもっと前だったのだけれど、例の誘拐事件のせいで伸ばしていただいた。
1人で王都を歩くことはまだビリーの許可が出なかったので、狐獣人のファルフさんが付いてきてくれた。あのサンディーちゃんのお父さんだ。
「エリー、じゃあ午後の4時ごろに迎えに来るから」
「はい、よろしくお願いします」
そして裏の通用門の警備兵に声をかける。
「失礼いたします。わたくしはニールの冒険者マリアの娘、エリーと申します。本日は子爵閣下にお招きいただき参上いたしました。どうぞお取次ぎ願います」
いただいた招待の手紙を見せた。
「おお、あの誘拐事件の。このように幼い方とは存じ上げなかった。こちらではなく、正門からどうぞ。そこのもの、ご案内して差し上げろ」
「いえ、わたくしはただの平民でございます。正門を通るなど恐れ多いことでございます」
「いやいや、それでは我らが閣下よりお叱りを受けてしまう。どうぞ、こちらへ」
「さようでございますか。それではお言葉に甘えさせえいただきます」
それから正門を通って、リヒター子爵の屋敷に入ることができた。
入ると執事の案内で客間に通され、座って待つように言われた。
どういうことだろう?このような丁寧な扱いを受けるいわれはないのだけれど。
しばらくして、子爵と子爵夫人そして侍女と思われるお仕着せの女性が現れた。
私はすぐに立って、カレン・エイントホーフェン伯爵夫人仕込みのカーテシーでお声がけがあるまで待った。
エイントホーフェン伯爵夫人との訓練で私はこの体勢で2時間以上保てる。あの訓練はすごかった。身体強化を使ったら優雅さに欠けると切らされたのだ。冒険者でもない女性なのにすごく怖かった。
令嬢とは思った以上に筋肉が必要な生き物なのだ。
「面を上げなさい」子爵からお声があり、頭を上げた。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。わたくしは今でこそ子爵夫人ですが元々は平民ですから」
「それにそのような態度だと調味料作りが教えにくいよ。さっ、楽にして」
「ありがとう存じます。お言葉の甘えにさせて頂きます」
それからは普通にお話しさせていただくことになった。
「この度はわたくしの願いをお聞きいただきありがとう存じます。これは些少ですが、皆様でお召し上がりくださいませ」
ルードさんに教えてもらって作った蜂蜜マドレーヌを箱詰めしたものを差し出した。これは先代勇者がこの国に伝えたお菓子で、縁起物でもある。侍女が受け取り下がっていった。
「私たちはね、君にとても感謝しているんだ」
「わたくしに?」
「そうよ。わたくしは先ほども言いましたが元平民です。わたくしの妹が実はあの奴隷商人に誘拐されていたのです」
「まぁ、それは……」
侍女がまた戻ってきて、
「このメアリーの娘もよ」と子爵夫人は振り返った。
「奥様のお許しをいただきましたので、この場をお借りしましてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」と頭を下げた。
メアリーさんは子爵夫人の乳兄弟で、子爵夫妻の結婚のときにこちらについてきたのだという。メアリーさんにも娘が生まれて子爵婦人の実家に奉公に上がらせたら、夫人の妹と二人一緒に誘拐されたというのだ。
幸い誘拐されて間がなかったため売却されてなかったそうだが、なんとも恐ろしいことである。
「あの誘拐犯たちはそれほどまでに皆様のお心を痛めていたのですね。
わたくしもラインモルト猊下から誘拐の話を聞いていなければ注意できなかったほど、犯人グループの1人に気を許しておりました。そしてわたくし自身も誘拐されそうになり、自衛の手段としての討伐でございました。
手柄というほどのものでもございませんので、どうぞ頭をお上げくださいませ」
「いいえいいえ、主人を早くに亡くしまして私にとっては娘だけが生きがいだったのでございます。本当にお礼のしようもございません」
「それでしたら、どうかお嬢様と幸せにおなりくださいませ。それがわたくしへの一番の褒美でございます」
子爵夫妻からも再度お礼を言われたが、まずは本題の調味料作りを済ませてからゆっくり話そうということになった。
子爵と私は身支度を整えて、台所へ入った。
「それでは今日作るのは、トマトケチャップという調味料だ。トマトの実を煮詰め、香味野菜や調味料、香辛料で味を付けることで甘い中にも奥深い風味がついておいしくなる。シンプルな卵料理や肉魚のソースに使ってもとてもおいしいものだ」
このトマトケチャップという調味料はなかなか手間のかかるシロモノだった。
トマトの実を細かく切ってつぶしながら煮詰め、玉ねぎなどをすりつぶして煮たものを加える。ここに酢にいろいろなスパイスの粉を入れて香りを移すように加熱したものを加えて、砂糖と塩を加えて味を調えて煮詰めれば出来上がりだ。
かなり時間がかかったが焦げずにうまくいったようである。
これはルードさんにプレゼントしよう。
「どうだね、試食しないか?」
リヒター子爵は素晴らしい手際でオムレットという卵料理を作ってくれ、そのケチャップをかけた。
有難くいただくと、
「おいしい!」
ふわふわの卵焼きに乗ったトマトケチャップは彩りも美しく、卵の柔らかさに絡む甘みのある旨さに驚いた。あまりのおいしさについ敬語を忘れてしまった。
「だろう?」
子爵は満足そうに笑った。
「あのスキルスクロールは本当に素晴らしい買い物だった。こんな料理が作りたいと思ったら、調味料のレシピが浮かんでくるのだ。ただ買った直後に義妹が誘拐されて、しばらくはそれどころではなかったのだが」
「これほどおいしいものを考え付かれるなんて。閣下にお買い上げいただいてスキルスクロールにとっても幸いでございますわ」
「陛下や殿下にもたいへんお喜びいただけたんだよ。特に第二王女殿下は苦みのある野菜がお嫌いなのだが、このケチャップを付けることでお召し上がりいただけるようになったのだ」
「それは誠によろしゅうございました」
子爵と和やかに試食していたら、子爵夫人が入ってきて、
「もう!旦那様ばかりエリーさんとお話しして!お茶の準備が出来ましたの。ご一緒してくださいな」
というわけで、応接室に通されてお茶をいただくことになった。
------------------------------------------------------------------------------------------------
2022/04/07
マーガレットのセリフの
「わたくしの姪が……」→「わたくしの妹が……」に変更しました。
他の姪の部分も変更しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。