お迎え

人を救う意味に悩み、試行錯誤する女を、高いところから見ている人がいた。


いや、人ではない。他でもない、童子を地上に遣わした御仏であった。


彼(?)もまた苦しんでいた。


冥界の掟に背かぬ程度の人界への干渉のつもりだったのだが、己のほんの同情心からやったことが童子から男として生きてきた年月を奪い、しかももう二度と冥界に戻れなくさせてしまった。


「わしは、あの子を私(わたくし)の事情に使ってしまったのじゃろうか?」


その御仏の横に立つ者がいた。


「さあ、行きなさい」


その者が仏に囁いた。


御仏は、すっ、と動き、


仏の世界と人間の世界の間にある『あわい』に溶けていった。


女は、なにか懐かしい風が店内に吹くのを感じた。


「……我があるじがいらした。なにか粗相をしたであろうか…………?」


風が、女の中に溶けていく。


「さあ、迎えに来たぞ。共に冥界に帰ろう」


「あるじ様……私はもう戻れぬはず」


急速に絶たれていく意識と闘いながら、女は風に問う。


「わしと共に、帰ろうぞ……」


その言葉を最後に、女は意識を失った。


「この童子は人の何倍も長く生きてはいるが、まだまだ修行の足らぬ身。人界の不条理に苦しんでおりましたゆえ、引き戻して参りました」


神々しい御仏さえ畏怖するほどの金色の光に包まれたもの。


それは仏を統べる者。


「……余計なことを」


光のなかから声がした。


「……いけませんでしたでしょうか」


「そちは、知らなんだか。この童子は人の子ぞ」


御仏は、打たれたように顔をあげた。


「しかし……この者はもう百年も生きておりまする」


「……わからぬか。この者には名がある。その名を呼ばれることを欲している。」


御仏は、なにかを悟った。


「この者は、人の子として生まれる定めなのですね」


「人を救い、救われることの悲しさを、我らは知らぬ。我らは、恐ろしいほどこの世界にいすぎた。我らが迷える人の魂を救おうとしても、見当違いのことをしているかもしれぬ。しかし、彼は違う。彼は、人に生まれ、様々な悲しみを知りながら、多くの人を救うだろう…………」


光が、淡くなった。


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