童子の過去
ふ、と女は吐息をついた。
繁盛しない方が喜ばしい店を任されてから、もう5年にはなろうか。
助けられた霊もあれば、遅かった霊もある。私は彼らにとっての救いになっているのだろうか。
女がまだ人間の世の理に慣れていなかったころ。
古代より続く大和ことばで霊に接していたら、霊の多くは迷ってしまった。
身体に戻すことも、成仏させることもできない、いわば浮遊霊である。
こういうことはよくあることだと後に知った。
霊はことばを喋れない。だから遺族が霊と話そうと、霊能力者に仕事を依頼することがある。
霊は、家族と話すことにより自分が死んだことを悟り、生身の人間に取り憑くことなどをやめ無事成仏する、無害なものが多い。
しかし、それでは霊能力者は儲からないのだ。
この霊は怨霊だなどと偽り、適当に思い当たることを述べて遺族の心を掴み、霊を成仏させることもせず、ズルズルと遺族から金をむしりとる。
そんな悪徳霊能力者が後をたたないという。
彼らが霊と接点を持ち続ける際に利用するのが、大和ことばなのだ。
ことばは霊にとって道しるべである。
よくわからぬことばで話されると、間違った輪廻に迷いこみ、出られなくなる。
霊能力者は、永遠に現世に留まることになった霊を利用するのだ。
霊は霊能力者しか頼れない。
可哀想なことである。
女はそれを、霊能力者から聞いた。
その男は、本当に善意から霊を成仏させていた優しい男だった。
しかし、性悪な同業者から心ない噂を流され、思い詰めて自殺したのだそうだ。
悪徳業者からすれば、男は自分たちの悪事を見破りかねない危険な存在。
男は、彼らにこのような噂を流された。
「あの者は、悪霊と繋がり皆を騙す極悪人だ。その証拠に、あの者は儲かっていない。事情を知ってる者はあの者には依頼しないのだ」
滑稽なことである。霊能力は本来儲からないものだし、金銭とは無縁の言わばボランティアである。
儲かっている方が悪徳だというのは、皮肉なことに事情を知ってる者からしたら自明なことなのだ。
しかし庶民は権威と数に弱い。味が悪くとも、チェーン展開されているファストフードを選ぶ。
霊能力者の巧みな話術ですっかり洗脳された遺族たちは、男を目の敵にし、攻撃し始めた。
こうなると最早カルトである。
必死に無実を訴え、霊と遺族を救おうとした男だったが、もともとボランティアに近い活動であり圧倒的な資金を持つ悪徳業者にじわりじわりと追い詰められ、心身共に疲れきってしまった。
霊のためにすべてを捧げた男だったが、何かが切れてしまったのであろう。
男は、寺の舞台から飛び降りた。
最後まで信じてくれた依頼主への後悔からこの世に留まり、『待ち伏せ屋』にたどり着いた男。
霊能力者故に、大和ことばを使いこなせた彼は、女にさりげなくそのことばでは通じないことを知らせた。
そしてこの世のことばを女に丁寧に教えてあげたのだ。
彼のお陰で女はいる。
しかし女は思うのだ。
「私は本当に霊を救えているのか?」
知らない間に悪徳業者と同じ手口で霊を迷わせていたことは、女を酷く傷つけた。
また知らぬ間に霊を苦しめていないか、気が気でない。
「私は……理に背き秩序を乱しているだけなのではないか?人の善意が報われないことも、巡り巡って人を苦しめることもあるように。私は居てはならないのではないのか?」
問いは尽きない。
呼び鈴が控えめに鳴る。
「あら、今度は救えそうだ。輪郭がしっかりしておる」
キョロキョロと不安そうに店内を見渡す大学生くらいの男だった。
「あの、ここはどこですか?」
女は自嘲した。
「所詮我らは、自分の都合で善意を押し付けるしかないようだねぇ……」
「あ、あの?」
「いいや、何でもないよ。ところであんたはどこから来たんだい」
今日も、待ち伏せ屋は営業中である。
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