夜が明けて

 美味しそうなにおいがして、寝ぼけていた頭が少しずつすっきりしてきた。

 なんか、こんなこと前もあった気がする。そんなことを考えながら瞳を開く。



 目を開ければ、至近距離に花音の顔があり、思わず「うおっ」と声をあげてしまった。幸いにもそんな驚いた俺の声に花音が目を覚ますことはなかった。



 代わりに台所に立っていた凛久さんがこちらを振り向いて、



「花音の顔を見てそんな声をあげるとはどういうことだ」




 と不機嫌そうな声を俺に向けてくる。ちなみに花音が起きないようにか小声でである。



「凛久さん、おはようございます」

「ああ。おはよう。喜一。朝からキッチン借りてるぞ」

「朝食準備してくれてたんですか? ありがとうございます」

「気にするな。昨夜は泊めてもらってお世話になったからな」



 俺も朝食の準備を手伝おうと申し出たが、座ってていいと言われてしまった。



「花音の事は起こしますか?」

「まだ寝させていていいぞ。なぁ、喜一」

「なんですか」

「花音は寝顔も可愛いだろう?」

「そうですね」



 凛久さんはその整った顔をデレデレさせて、俺に花音の寝顔がいかに可愛いかを語りだす。本当に凛久さんは花音の事を可愛がっているんだなと思う。



 眠っている花音を見る。

 こうして眠っている姿を見ていると、本当に天使か何かのようだ。穏やかな眠りにつく天使――、なんか絵にすると様になりそうな気がする。まぁ、俺には絵心なんてないけれど。っていうか、朝食の準備を終えたらしい凛久さんが花音の寝顔をパシャッとスマホで撮ってるんだが……幾ら家族とはいえ、いいんだろうか。




「はぁ、花音は本当に可愛い……」

「眠っている所撮っても怒られないんですか?」

「俺と花音は仲良しだからな。ちょっと恥ずかしがるかもしれないが、別に問題はない。変わりに俺もやり返されて寝顔撮られるぐらいだな」

「へぇ、そうなんですね」



 ……やっぱりこの兄妹は仲良しでいいなぁと少しだけうらやましい気持ちになった。俺には兄妹はいないから。兄妹みたいに仲良くしていた幼馴染はいたけど、それも色々あって今は疎遠だし。



「喜一、花音起こしてくれ。花音は喜一の声を気に入っているようだから、気分良く目を覚ますだろう」



 写真を撮り終えた凛久さんは俺にそう言った。

 俺は花音に近づいて、声をかける。




「花音、もう朝だぞ」

「……ぅん」

「起きろ。凛久さんが朝ごはん準備してくれてるぞ」

「……ぁさ?」

「そうだ。朝だぞ」



 パチリと花音が目を開ける。だけど、まだ完全に目覚めているわけではないらしい。寝ぼけたようにとろんとした瞳が俺を見る。焦点はあっていない。



「あれ? きー君がいるぅー。ゆめ?」

「いや……夢じゃ……」

「えへへ、夢できー君、出てくるとかラッキー。きー君、きー君……」



 起き上がった花音は、俺の言葉も聞かずに夢だと思い込んだようだ。俺の右腕を両手でつかんで、花音は嬉しそうにえへへと笑ってる。



「きー君、かっこいい台詞言ってー」

「……花音、夢じゃないから! 起きろ」

「え?」



 夢だと思ったのか、かっこいい台詞を言ってほしいとせがんできた花音は、俺の言葉に目を見開く。



 そして、


「あれ? 現実?」



 と不思議そうに首を傾げた。



「ああ。現実だ。昨日、花音と凛久さんは俺の家に泊ったんだ。覚えてるか?」

「あ、そうだ!! そっか。お兄ちゃんときー君家に泊ったんだった!! きー君の気持ち良い低音で起こされるとか良き良き!」

「……まだ寝ぼけているか? 顔を洗って来いよ」

「はーい」



 俺の言葉に花音は子供のように元気よく返事をして、洗面所に向かっていった。






「ねぇ、お兄ちゃんはいつまでいるの?」

「なんだ、花音。俺はいれるだけいるつもりだぞ」

「じゃあ、きー君とお兄ちゃんと私でいっぱい遊ぼう!!」




 凛久さんは朝食の場で今日もいれるだけいると宣言していた。花音も俺の部屋にずっと居座る気満々のようだった。

 まぁ、天道兄妹と話したり遊んだりするのは楽しいからいいけど。特に用事もないしな。

 そんなことを考えながら俺は凛久さんの作ってくれた朝食を口に含むのだった。


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