始業式前日

 ふと気が付けばもう今日で夏休みが終わるといった日になってしまっていた。今年の夏休みはなんというかはやかったイメージだ。特に天道と関わるようになってからは秒速ともいえるほどに一瞬で終わる夏休みだった。



 後半の数日、俺は特に誰かと遊ぶ予定もなかったので天道は毎日俺の家を訪れた。午前中からやってきて夕飯を食べて帰っていく。流石に以前寝過ごして泊った時のようなことはない。

 そういうわけで、今日も天道は俺の隣にいる。




「ようやく王太子ルートクリアですね。王太子ルートだといずれ王妃になるわけですから、恋愛以外のパラメータもカンスト間近まであげないといけないんですよねー。王太子の婚約者にも認められて負けたって思わせてこそのハッピーエンドが一番良いエンドですし。よくここまでよいハッピーエンドで王太子エンド出来ましたね。王太子ルートだと婚約者に認められないとひたすら邪魔されて、大変な目に遭いますからね。ヒロインが死んだりとか、王太子と共に幽閉されたりとか、二人纏めて殺されたり、王太子暗殺ルートだったり」

「そういうところは乙女ゲームなのに現実的だよなぁ」



 このゲーム、乙女ゲームだが割と現実的な設定などが多々組み込まれているのだった。王太子と結ばれるルートも様々なルートがあるのだが、今回は完全なるハッピーエンドで王太子妃となるエンドを迎えた。



 此処に来るまで長かった。



 この数日の間に魔術師ルートはクリアしていたのだが、王太子ルートは魔術師ルート以上に高難易度だった。まず、王太子妃になるということを目指すのならば学園でありとあらゆるパラメータをあげる必要があった。



 そして当たり前だが、王太子には王妃になるべく教育を施されている婚約者がいるのだ。ヒロインの目指すのは悪い言い方をすれば、その婚約者から王太子を奪う略奪ルートである。



 そのため、半端な覚悟で近づこうものならば虐め倒される。いや、虐めという可愛いものではない。最悪の場合は暗殺される。まぁ、王太子に近づく危険分子として処罰されたとなれば納得はいくが。



 それにしても王侯貴族社会って怖いなと思った。俺、現代日本に生きててよかった。



 今回はパラメータを全てあげて、王太子の婚約者の課す試練に全て合格し、見事ハッピーエンドを勝ち取ったのだ。当たり前だけど、婚約者の課す試練が難易度が高くて、本当に何度失敗するかと思った事か。



 最終的には周り全てに祝福され、王太子妃となったで終わっていて満足した。王太子の婚約者も別の相手と幸せになっていたしな。



「王太子ルートってハッピーエンドともバッドエンドとも判断しにくいルートもあるんですよねー。なんか、ヒロインのパラメータは低いんですけど、うまく攻略対象たちを落としまくって、メロメロにさせて、攻略対象たちを堕落させて婚約者の事を断罪して王太子妃になるっていうの。ただその場合、最後のスチルが何とも言えないスチルで、王太子と結ばれても最終的に王太子が王位継承権失ったのかなーって思うぐらいの感じで。ただ一人によっては幸せになれましただからハッピーエンドだって言い張ってる人もいるんですけど」

「なんか、奥が深いな」

「ですよねー。なんだろう。そのキャラクターの一つのエンドを終わらせただけでは見えてこなかったものも、色んなルートを制覇することで世界観についても触れることが出来て凄く楽しいんですよねー。個人的に婚約者の〇〇ちゃんもちょーかわいかってなってもうやばいんですよねー。〇〇ちゃん断罪ルートだと酷い目にあってるはずなので、あのルートはあんまり好きじゃないんですよねー」

「そうなのか。俺もこの婚約者は結構好きだな。王太子はなぜか良い感情持ってないみたいだけど、王太子のために努力をずっとしていて一途だしなぁ」



 乙女ゲームだからヒロインを操作しかできないが、王太子ルートを進めているとこの婚約者の令嬢がどれだけ頑張っているかも知ることが出来るのだ。

 王太子の回想や婚約者の話を見る限り、客観的に見るとこの婚約者の子はとても頑張っている。



 王太子に一目惚れをしてから、自分を律して、王妃になって王太子を支えるのだと一生懸命なのだ。今、俺がクリアしたエンドだと、「私は立派な王妃になることばかり考えていて、〇〇殿下のお心に沿う事が出来なかった。私の代わりに〇〇殿下の事をよろしくお願いします。私はこれからは臣下として〇〇殿下を支えさせていただきます」って言ってて、ずっと支えていた婚約者を取られたのに、何だかんだ認めてそんな言葉を言うとか健気だなと感心した。



「ですよねー。凄く一途で可愛かですよねー。アニメでどのルートをメイン軸にするかは分からないですけど、〇〇ちゃんには是非とも幸せになってほしいです。〇〇ちゃんは凄くファンからも人気ですからサイドストーリーでも書いてほしいんですよねー」



 天道はにこにこしながらそんなことを言う。



 俺もアニメ化するなら、この婚約者には幸せになってもらえるルートにしてほしい。どのルートをメイン軸にするかは分からないが、こうしてゲームをやることで是非アニメを見たくなってきていた。

 乙女ゲームはこれまでやったことはなかったが、天道がはまるのも分かる気がした。



「だな。俺も幸せにならないルートは嫌だ」

「ですよねー。それはファンの多くの民意だと思うんですよねー。ただアニメ化ってびっくりするぐらいアレな出来にされるのもあるから、嬉しいようではらはらな気分もあるんですよねー。作画崩壊とか色々と。アニメから入る人でも世界観やキャラクターを好きになってくれるような出来にしてくれればいいんですけど」

「そうだな。アニメが悪い出来だと、アニメから入った人は原作のよさか分からないだろうからな」

「そうですよ。私は好きなもののよさは是非とも多くの人に広まってほしいですからね。というか、そろそろ夕飯食べますか?」

「ああ」

「じゃあ、準備してきますねー」



 その日も天道がお邪魔しているお礼にと夕飯を準備してくれることになった。








 それから天道が準備してくれた夕飯を食べる。今日はブリの照り焼きである。良い感じにやけていて、白ご飯とよく合う。美味しい。



「そういえば明日から二学期ですね」

「そうだな」

「ちなみに上林先輩は学園の後って暇ですか? 暇ならまた遊びに来たいんですけど」

「……今の所用事はない。天道はいいのか? 天道ならお誘いも多いと思うが」

「問題ないです。私、仲良い人以外とはそんなに出かけない方なんですよねー。なので誘われても必要最低限しか行く予定はありません。あ、上林先輩がもし出かける予定が出来たらそっち優先してもらって構いませんからね。久しぶりの学園ですし」

「そうか。俺もおそらく用事は入らないだろうから、問題はない」

「ふふ、なら良かった。是非ともギャルゲーと乙女ゲーを進めてもらって、言ってほしい台詞も言ってもらったりしなきゃなりませんからね!! 上林先輩の良い声で時々、乙女ゲームの台詞言ってもらえて私とっても耳が幸せなんですよ。はぁー、これからも耳が幸せな日々が続くかと思うと、本当、上林先輩に感謝しかありません!」

「相変わらず大げさだな。もっと声がいい人間も多いだろうに」



 本当に大げさだと呆れた声を出してしまう。



 なんていうか、天道は絶賛して、俺の声を聞くと幸せだとかなんとか言っているが、此処まで言われたのは人生で初めてだ。

だからこそ、そこまで実感は湧かない。何度も俺の声が好みと言われるが、天道が大げさに言っているように聞こえてしまう。



「良い声っていうか、私のモロ好みな声なんですよ。世の中、似ている声はあれどもその人の声っていうのはその人一人だけのものなんですよ。私にとって上林先輩だけのその声はとっても好みなんです。大げさとか言いますけど、上林先輩の声は私の耳と心を幸せにしてくれる凄い声なんですよ!! だからもっと自信を持ってもらっていいのです。寧ろ、もっと私に色んな要求ぶつけて構わないんですよ!! それだけの声を上林先輩は持っているんですから」




 ……急に天道が早口でまくしたてた。

 もっと要求しろと言われても、俺としてみれば天道とは楽しく過ごせているし、天道と関わるようになったから楽しいゲームに出会えたので特に天道にやってほしいこととかはない。




「天道と遊べるのは俺も楽しいし、夕飯一緒に食べれて一人で食べるより楽しいし助かってるし、天道と遊んでいるから楽しいゲームに出会えたわけで、俺としてみれば十分なんだけど」

「もー、本当に上林先輩は素直ですね! そんな言われたら嬉しいですけど、絶対、私の方が楽しいをもらってますからね? まずその声、普通に話しているだけでも私としてみればはぁーってなるような声なので寧ろ喋ってくれてありがとう!! って感じなんですけど、それに加えて私の言ってほしい言葉も言ってくれてるんですよ! あと私が好きなギャルゲーと乙女ゲーもやってくれて、私に付き合ってくれているし。絶対に私の方が上林先輩と一緒に居て楽しんでいて、幸せになってますって!!」

「そうか? 俺も十分、天道と遊んでいて楽しいし、幸せな気分だけど」

「私の方が絶対に楽しんでます!!」



 俺も十分楽しんでいるのだが、天道は譲る気配がなかった。



 まぁ、俺も楽しくて天道も楽しんでいるっていうのなら良い事だろう。片方だけ楽しんでて片方が詰まんないと思っていた関係だったら悲しいからなぁ。



「どっちも楽しんでいるってことでいいだろ。夕飯代も二人分だから一人で買うよりも浮いているし」

「そうやって、私の事を甘やかして……。上林先輩はどんだけ、私を甘えさせる気ですか!! 何か今度、お礼しますからね!! おしつけますからね!!」

「別にいいんだが……」

「いいえ、私の気がすまないので。自己満足かもですが、おしつけます。あとお母さんも上林先輩のこと話したらお礼を送らなきゃねーって言ってたので、何か実家から届いたら一緒に食べたりしましょうねー」

「分かった」



 そんな会話をしながら俺たちの夕飯は終わった。




 食事が終わった明日の準備をしたり、乙女ゲームの続きをしたりした。天道は夜になっても乙女ゲームの話を語り、ハイテンションだった。

 俺はそろそろ眠くなってきたのだが、本当に元気だ。




「上林先輩眠そうですねー。眠そうな上林先輩ってちょっとレアな感覚です」

「……そうか」

「上林先輩も眠そうですし、私は帰宅しますね! また明日会いましょう。あと、眠くてもちゃんと戸締りはしてくださいね。幾ら男の一人暮らしで、このマンションがセキュリティが厚くても悪い人間はいるかもしれませんからね?」

「ああ。分かっている。また、明日」

「はい。お邪魔しました!!」





 天道は眠気に負けそうになっている俺を見て隣室に帰宅していった。天道が明日もやってくることが本当に当たり前になりつつある。

 ……明日も来るのは俺は楽しいからいいが、学園の人気者の放課後を俺が独り占めしているというのを知られたら学園は煩そうだなと思った。





 天道の助言通り、きちんと鍵を閉めてから俺はすぐに眠りにつくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る