帰宅して

 途中でスーパーによって買い物を済ませて、帰路についた。歩いて数分で家に到着する。到着してすぐ、帰宅したことを連絡すれば、驚くことにすぐにピンポーンとインターホンが慣らされた。



 来るのはやすぎないか、などと思いながら出ればやっぱりやってきたのは天道だった。どうせ、天道だろうと誰が来たか確認もせずに出てしまったのだが、天道には「ちゃんと誰が来たか確認しないと不審者だったらどうするんですか!」と少し怒られてしまった。

 確かに天道が言うことももっともだ。俺が男で、このマンションがセキュリティ対策がをきちんとしていようとも、不審者が何らかの手段を用いて侵入してくることはあるのだ。ちゃんと確認をしてから出ようと決意した。



「おじゃまします! 上林先輩、カラオケどうでしたか?」

「楽しかった」

「それは良かったです! 今度、私ともカラオケ行きましょうね」

「今度な。あと行くにしても天道だとバレないような恰好はしてくれよ。このあたりは学園から近いんだから、うろうろしていたら誰かに見られて大変なことになりそうだからな」



 天道は学園でも有名人だ。天道が居るというだけで周りはすぐに気づくし、話しかけてくる人も多いだろう。そもそもバレない恰好を心掛けていようとも、近くに寄れば天道だと分かるだろうし、なるべく一緒に出掛けたりしない方が安全だ。



 とはいえ、こんなにカラオケ行きたい! ってオーラ全開の天道に断りを入れるのはしょんぼりされる未来が見えるので、天道が俺に飽きる前にタイミングがあれば一度ぐらい行こうと思う。



「上林先輩の声で歌を歌われたら私、凄く興奮する自信があります! 悶えて、キャーキャーいって、ずっと歌わせちゃうかもです」

「いや、ずっと歌うのは喉がやられるから流石に無理。天道は歌もうまそうだな」



 そう言いながらソファで隣に座っている天道を見る。俺がソファに座ったら天道はナチュラルに隣に座ったのだ。ここ数日、距離が近くなりすぎて隣に座るぐらいでは動じなくなってしまっていた。

 天道は基本的になんでもできる完璧な美少女、というのが学園での評価で、俺の中での評価でもある。だから歌もうまそうなイメージがあった。




「私ですか? 私はそれなりですね。そんなに凄くうまいとかではないです」

「そうなのか? イメージ的には聞いた人たちが皆聞き惚れるよな歌なイメージだった」

「もーなんですか、それ。流石にそんなに上手くはありませんって」



 イメージを口すれば、そこまで上手くはないと断言されてしまった。

 しばらくそんな風に話した後、天道は元気よく口を開いた。



「そういえば、昨日言ってた死にルート多数の乙女ゲーム持ってきましたよ! やりませんか?」



 天道に進められてやっているギャルゲーもまだ全部のルートをクリアしているわけではないのだが、キラキラした目で今すぐやってほしいとばかりに訴えている天道を見るとやってみるかという気分になった。



なので了承すれば、

「わーい、じゃあ早速やってみましょう」

 と満面の笑みを天道は浮かべるのであった。

 




 早速二人でテレビの前に座る。今日は隣で俺が乙女ゲームをやるのをみたい気分らしい。









「主人公の名前か……。女キャラに俺の名前入れるのは嫌だしな」

「上林先輩は喜一って名前ですから、いっそのこと、『きい』とか入れてもいいかもですね。それかあれだったら私の花音って名前を入れてもいいですよ。何も入力せずに進めたらデフォルト名にはなるんですけど」

「じゃあ、天道の名前を入れるか」



 俺はそう言って天道の下の名前、『花音』をヒロイン名に入力した。隣で天道は何が楽しいのか、にこにこしている。



 この乙女ゲームはファンタジー世界の魔法学園に主人公が入学してから一年の物語のようだ。一年の内に攻略キャラクターと仲良くなって、攻略が出来ればオッケーのようだ。

 ヒロインも『素敵な出会いが待っていればいいなぁ』などと最初から呟いていて、恋に憧れている感じのヒロインのようだ。



 ちなみにヒロインは貧乏男爵家の次女で、男爵家は姉が婿を取って継ぐことになっており結婚相手を見つけなければならないと言うリアルな事情も垣間見える、などと天道が横でペラペラしゃべっていた。



「私、乙女ゲームへの転生ものの漫画や小説も結構好きなんですよねー。そういうの見ているとそういう裏事情とか想像するようになったりもして、設定資料にも書いてないような設定とかを想像してみるのも結構楽しいんですよー」

 と、天道は笑っていた。



 転生ものの小説は俺も結構読むが、乙女ゲーム転生ものは読んだことがない。乙女ゲームを自分でやってみて、興味が出たら天道に借りて読んでみようかななどと思った。

 ヒロインはまず入学式の行われる講堂の場所が分からず迷子になる。そこで攻略対象の一人であるこの国の王太子に出会うようだ。




「上林先輩、王太子の台詞読んでみたりしません? というか、攻略対象の台詞、全部読んでほしいです……っ」



 王太子との出会いの場を進めていたら天道からそんなおねだりをされた。



「気が向いた時だけでいいなら。流石に攻略対象の台詞を全部読んでたらゲーム進められないだろ」

「わかりました! じゃあ、どうしても読んでほしい時に言いますね。そこで上林先輩の気が向いたら是非、読んでください!」

「というか、声優さんの声がフルボイスで入っているんだから俺が読む必要もないだろ」



 そう、この乙女ゲームは全ての攻略対象の台詞がフルボイスである。素人の俺と違って、声のプロとして活躍している声優さんたちの声が入っているのだ。それをわざわざ俺の声まで当てたがる意味はよく分からない。



「何を言いますか! 確かに声優さんたちの声は素晴らしいですよ!! 私の好みの声を持つ声優さんも攻略対象の中にはいらっしゃいます。それでもです。上林先輩と言う好みの声の人間がいるのならば、お気に入りの台詞などを言ってほしいと思うのは当然なのです。上林先輩の声で声優さんたちの表現とはまた違った声を、近い距離で聞く事が出来るというのに聞かないなんていう選択肢は存在しません。聞けるというのならば、聞きたいのです」

「そうか……」



 早口で力説されて聞き取れない部分もあったが、よっぽど俺に台詞を言ってほしいらしいので頼まれたタイミングでは言ってもらうことにする。




 それからヒロインは何人もの攻略対象と出会っていく。入学してから一週間足らずで学園内の攻略対象に次々と会っていくのは、美形とのエンカウント率が高すぎると思った。あと今やっているギャルゲーよりも、この乙女ゲームは攻略人数が多いらしく、隠しキャラ含めて15人ほどいるらしい。中には乙女ゲームなのにGLエンドなどもあるようで、シナリオライターはよっぽど気合を入れて頑張ったのだろう。




 選択肢次第で出会うことが出来ない攻略対象や、二週目以降ではないと会えない攻略対象には会えていない状況だが、それはおいおい何度かプレイする中で回収していこうと思っている。



 天道はこの乙女ゲームがよっぽどお気に入りのようで、興奮したようにちょくちょく口をはさんでいた。とはいえ、ネタバレはしたくないようで必要最低限の情報しかくれないわけだが。



 そんな天道に見守られながら進めて行ったら、どこかで選択肢を間違えたのか、友人キャラが死亡した。一年のゲーム期間のまだ序盤、夏に入る前に死亡するのには驚いた。




「この子、死にやすいんですよ。気を付けないと死にます」

 などと天道には言われた。




 ……この選択肢で、こんな風に友人キャラで色々情報をくれる子が死んでしまうことがあるのかと漠然とした。ただこれを見たからこそ、すぐにこのゲームでは人が死ぬというのが実感出来て、気を付けていこうと思った。








 のだが、結果的に一週目は、ヒロインが死亡するルートに進んでしまったらしくBADエンドになってしまった。

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