声を出した後のひと時

「疲れたからそろそろやめていいか」

「了解です!!」




 色んな台詞を天道の要望に応えて言い続けて、すっかり俺は疲れてしまった。時計を見ると思ったより長い時間、台詞を言い続けてしまった。



 こう、天道にはやくはやく、もっともっとと期待した目で見られてしまうと辞め時を見失ってしまった。なんていうか、こう、犬みたいな? そうだな、撫でてほしそうにキラキラした目でこちらを見ている犬というのが天道を表すのにしっくりくるかもしれない。



 じっと、天道を見て犬耳がついている幻想を思い浮かべてしまった俺は……疲れているのだと思う。



「どうしました?」

「何でもない」




 流石に犬耳がついているのを幻想したなんて馬鹿みたいなことを本人には言えないので、そう答える。




「もうこんな時間ですね。三時のおやつ時です。何時間も付き合っていただき、本当にありがとうございます!! ケーキ食べましょう。コップとか自由に使っていいですか? 飲み物もついじゃっていいですか?」

「おう。というか、俺も――」

「いえいえ、上林先輩は座っててください。分からなかったら聞きにきますから。それに私のせいで上林先輩はお疲れなのですから、このぐらいさせてください。寧ろケーキとかぐらいじゃ足りないぐらい、こう養分をもらったっていうか」

「養分……?」

「ええ、ええ。良い声は私にとっての養分のようなものなんですよ。何て言うか、私の生きる糧みたいな」

「……言い過ぎじゃないか?」

「言い過ぎなんていうことがあるはずありません!! 上林先輩の声はそれだけ私の好みの声だってことなのですよ。誇ってもらっても構いませんよ? ですから、ゆっくり休んでくださいね」



 天道はに笑みを溢してそういうと、軽い足取りで台所に向かった。



 お言葉に甘えてソファに腰かけて一息をつく。1LDKの部屋の狭い部屋なのもあって、ソファの位置から機嫌よさげに鼻歌を歌う天道の姿が見える。俺の聞いたことのない歌だが、リズム的にアニソンか何かだろうか。



 それにしても本当に昨日、今日で天道のイメージががらりと変わった。まさか、素がこんなキャラだとは思わなかった。

黙っていれば本当に清楚で、大和撫子を思わせるような美少女なのだ。いや、話していても美少女な事には変わらないけれど……。




「上林先輩、飲み物何がいいですかー?」

「……冷蔵庫にあるのなら何でもいい。好きについでもらってかまわない」

「はーい」



 天道は元気よく返事をすると、また鼻歌を歌い始める。なんかリズム感がある。歌もうまいのか。天道は多才だ。



「お待たせしましたー。上林先輩、ケーキ、どれがいいですか? 上林先輩が何が好きか分からなかったので、色々買ってきてしまったんですけど」




 天道はしばらくしておぼんに乗せた飲み物とケーキを持ってきた。ケーキは二人で食べるにして量が多かった。その数は五つ。イチゴの乗ったショートケーキに、モンブラン、チョコケーキにバナナが挟まれているケーキ、スフレチーズケーキに、ミルフィーユ。

 二人分でこれだけ買ってきて、誰が食べるというのだろうか……。俺も甘いものは好きだが、食べれても二つだろうか。




「こんなに誰が食べるんだ?」

「上林先輩が食べる分以外は、私のお腹におさめます!!」

「……そんなに食うのか?」

「私は甘いもの大好きですから」



 天道はそういうと、どれがいいですか? と再度聞いてくる。



「えーと、じゃあ、ショートケーキとチョコレートケーキで」

「上林先輩はショートケーキとチョコレートケーキが好きなんですか?」

「甘いものは好きなんだよ。あとイチゴも好きだから乗ってるやつがいいなぁと」

「そうなんですね。じゃあ今度から覚えておきます。ちなみに私はケーキなら何でも好きです! 三つとも美味しくいただきます」




 天道はよほどケーキを食べるのを楽しみにしていたのだろう。へにゃりと、口元を崩して笑った。



 ……本当に学園にいる時とは全く違う。



 学園ではこう、綺麗な、優しい笑みを浮かべていることが多い。天道のファンクラブの連中がそう言ってた。俺のクラスにも天道のファンはいるのだ。本当に、下手にこんなことになっていると知られたらややこしい事になることは間違いないだろう。



 本当に面倒なことになりたくないのならば、天道と関わらなきゃいいんだろうが……、なんかキラキラした目で見られると押し切られてしまったからなぁ。

 中学の頃にちょっと面倒なことになったことがある身としてみれば、天道に関わることはともかくとして……、知られないようにしないと。



 ……本当、天道が俺の部屋にいるのって改めて考えると不思議だ。

 天道の入れてくれたオレンジジュースを飲みながら、ケーキを食べる。口の中に甘さが広がって、美味しい。

 天道は目の前で至福の表情を浮かべながら、ケーキを頬張っている。




「う~ん、うまか」



 そんな言葉を口にして、幸せそうだ。



「ん? 何見てるんですか? あげませんよ?」

「いや、二つで十分だ」

「あ、でも上林先輩のを一口くれるっていうのなら、こっちもあげますよ?」

「……あー、それはちょっと魅力的かもしれない」



 正直言って天道の買ってきたケーキは、全て美味しそうなのだ。甘い物好きな俺としてみれば、食べてみたい欲求はある。



「ふふふ、じゃあ、あーん。どうぞ」

「って、何をしようとしてんだよ……。それはいいから、普通に一口くれよ」

「むー、嬉しくないんですか? こんなに可愛い私があーんってしてあげようとしてるのに」

「嬉しいかどうかっていったら、嬉しいが……って何を言わせるんだ」

「ふふふっ、上林先輩って素直ですね! そうですよね、こんなに可愛い私からあーんってされるのは嬉しいものですよねー。というわけで、あーんをどうぞ」

「いや、天道な、もっと自分を大切にしろよな……」



 大体、あーんなんてしたら間接キスになるだろうが……。そういうのはこう、もっと本当に好きな相手とやるべきであって、隣人である俺とするものではないだろう。



「そうですかー、じゃあいいですよ。自由に一口取っちゃっていいですよ。それにしてもやっぱり上林先輩は問題なさそうですね」

「サンキュ。で、問題なさそうって?」

「幼馴染が言ってたんですけど、男の中にはこう部屋の中に入っただけで合意と思い込んで襲いかかったり、がっついている人が多いんだーって。上林先輩のことを報告したら、『あんたの観察眼で大丈夫だっていうなら大丈夫だろうけど、警戒はしなさい!!』って言われたんですよね。ほら、がっついている人だとこう食いつくじゃないですか、こういうの。上林先輩ってこう、そういう目で私を見てないのいいなーって」



 ケーキを差し出され、一口フォークでもらっている俺を見てにこにこしながら天道はそう言った。




「まぁ、見てはないな」

「だからいいと思います。流石にこう、私のこと邪な目で見ている相手だったらこんなに素とか曝け出しませんよ」

「そうか。それなら安心だ。このスフレも美味しいな」

「ですよね!! 私、ここのケーキ屋さんのケーキ好きなんですよね。だからいつも試験でいい得点取れたりすると一人でケーキパーティーしてるんですよ」

「そうなのか」

「はい!! そうなんですよ。此処のケーキ美味しいから幾らでも入るんですよねー」




 よっぽどここのケーキ屋さんのケーキが好きらしい。満面の、花が咲いたような笑みを浮かべている。


 それから、ケーキを食べながら天道とのんびり会話を交わしたのだった。

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