隣の後輩は俺の声が好きらしい。

池中 織奈

プロローグ

「今日も花音ちゃんは可愛いなぁ……」

「本当、誰にでも優しくて、高嶺の花というか……」



 俺、上林喜一(かんばやしきいち)の通う学園には、この学園で誰もが知っている有名な女子生徒がいる。


 名前は天道花音(てんどうかのん)。


 学年は一つ下。艶のある黒髪に、丸々とした愛らしい瞳、大和撫子を思わせる風貌は入学当初から注目を浴びていた。加えて、勉学も運動も全てにおいて秀でている。まさに、完璧という言葉がふさわしいと言えるだろう。

 直接話したことはないが、天道花音の噂は同じ学園に通っていれば嫌でも耳に入ってくるものだ。

 周りに平等に優しく、笑みを浮かべている。

 柔らかい物腰で、丁寧な口調。その穏やかな微笑みは、気性の激しい生徒だろうとも一発で黙らせるそうだ。

 聖母のように慈愛にあふれていると言われる天道花音に告白するものは入学当初多くいたが、どんなに顔立ちが良い人気者が告白をしても頷く事がなく、入学してから四か月たった今は「花音様は誰の物にもならない。心を煩わせないためにも告白を制限しよう」という動きになっているらしく、告白に向かう者は数を減らしているという話である。

 まさに高嶺の花。



 俺の所属している二年生の教室でも毎日のように天道花音の噂は耳に入ってくる。



「本当、天道さんは人気だよな。美人だもんな」

「そうだな」

「喜一はあまり興味なさそうだな?」


 高校に入学してからの友人である永沢ゆうきが話を振ってくる。


「まぁ、あんな美少女に相手にされるわけないしな。ゆうきも興味はないだろう?」

「うん。まぁ、俺はどちらかというともう少し素朴な感じの子が好きだし」



 ゆうきも天道花音に興味があるわけではない。第一、こいつは片思い相手がいるので、幾ら美少女がいようとも目もくれないのだった。


「……喜一はバレないようにしないとな。家が隣だって」

「ああ」



 ……天道花音と直接話したことはない。ただ、高校入学時から住んでいるマンションの隣の部屋に天道花音が引っ越してきたという事実はある。

 その事実は俺と友人のゆうきの間だけで共有されている秘密である。そんなこと知られたら面倒なことになる未来しか見えない。そもそも、そんな美少女と俺が関わる事何てまずありえないのだ。


 と、そんな風に俺は考えていた。

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