言葉あそび

みなづきあまね

言葉あそび

夏真っ盛り。早めの夏休みを謳歌し、久々に出勤した。山盛りの書類、机にうっすらかぶる埃を想像して。


意外にも書類は1通の封書だけ。ホッとして埃を拭き取ることから始めようかなと考えながら荷物を椅子の背もたれに掛けた。


・・・ん?パソコンの上に見なれないオレンジ色の物体と小さな紙がある。


「この間はありがとうございました。少しですがお礼です。好きかどうか分かりませんが。今後もよろしくお願いします。」


達筆で書かれた字と日向夏ゼリーを交互に見やった後、差出人の席に目をやる。いる、座っている。普通の感覚なら、今私がしていることを気にしているはず。まあ、彼の場合違う可能性はなきにしもあらず。


思わず下の引き出しを開けるふりをして、彼から自分が見えないようしゃがんだ。笑みが顔に広がるのが自分でもわかった。


結局私に直接お礼も感想も言ってこなかった。だから既に諦めていたのに、不意打ちは困る。


今すぐお礼を言うのもなんだか癪。だけど待ちぼうけさせるほど勇気もなし。今日のうちにお礼は伝えようと決め、まずは机の掃除に取り掛かった。ゼリーはしっかり冷蔵庫へ。


これから夕方を迎える午後。比較的悠々と仕事をしている様子だったので、席を立ち、彼のところへ行こうとした。いや、周りに人がいすぎる。中止。


それからしばらく経ち、彼が後方の棚前で作業をし始めた。今しかない!


「あの、ありがとうございました。」


突然後ろから声をかけられて、彼はこちらを向いた。一瞬怪訝な顔をしてから、


「ああ、あのことか。」


と相変わらずの調子で返事をした。


「早速今日のおやつにします。・・・よく好物が分かりましたね?」


「いや、名産だからこれかなって軽い感じで買っただけですよ。」


彼は作業したままふっと笑った。


「美味しいなら何でもいいです!でも、すごく好きなんです。だから・・・」


だから嬉しいです、ありがとうございました、と言いかけた瞬間、


「なになに!?今の告白みたいなんだけど!いや、違うって分かるけど、可愛すぎない?『すごく好きなんです』だって!言われたいわ〜」


横を通りかかった彼直属の姉御先輩が、通常運転のテンションで割って入ってきた。彼女に悪意はゼロ。彼をからかうというよりも、単純に年下女子を毎日可愛いって言ってくれるただただ良い先輩。 でも、今回はっ!話し相手がっ!


「えっ、あっ、ただ単にお土産が!」


そう慌てふためく私を見て先輩は、


「耳まで真っ赤じゃん、ごめん〜超可愛くない?!というか、なんで私にはお土産ないの?」


と、ふくれながら彼の方を見た。普通の女子がやったら「ぶりっ子」と言われる仕草も、キャラとして通してる先輩がやると、誰も文句なし。


私も正直意味なしとは思ったけど、わずかな希望を求めて彼に視線を移した。


「いや、先に貰ったんですよ。」


そう滔々と述べ、会話終了。


「えー、可愛いと得するよねー!」


先輩はそう言いながら、自席に戻って行った。


「あの、とにかくありがとうございました。邪魔してすみません。」


私は申し訳なさを前面に出し、謝った。


「あ、はい。」


相変わらず冷淡。


今まで以上にギクシャクしてしまった、と泣きそうになりながら席についた時、彼と先輩のやりとりが聞こえた。


「そんな一気飲みしてどうしたの?」


「先輩があんなこと言うからですよ!」


「あ、まさか!照れて「違います。」


そう言い放つと彼は仏頂面のまま、空のペットボトルを手に持ち、いつもよりせわしなくラベルを剥がすと、ゴミ箱に捨てた。

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