一夜のキリトリセン【SNS編】

野森ちえこ

ある少年の場合―98個目―

 ――ここが、そうなのか。


 今自分がどこにいるのか。考えるまでもなく少年にはわかった。


 ほんとうに『入って』しまったのだ。


 前後左右真っ暗闇で。唯一、足もとに見えるのは不気味なほどに白く、等間隔でならぶ点線。


 今日と明日をわけるキリトリセン――。


 このキリトリセンは、夜明けとともに切り離されるという。そしてそのとき、すでに昨日となっている今日に残っていた人間は二度と『明日』には進めない。


 それが意味するところは、現実世界での『死』だ。


 ただし、今自分が立っている場所が『今日』なのか『明日』なのか。それはそのときがくるまでわからない。




 そんな、ただの噂だったはずのキリトリセンが今、少年の目のまえに白く浮きあがっている。




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 少年がその噂をはじめて知ったのはSNSだった。



 この世界のどこかに、今日と明日をわけ、生と死をわける『キリトリセン』が存在している。



 その書きこみを見ても最初は気にとめなかった。もともと少年はそういうオカルトネタにあまり興味がない。けれど、SNSをひらくたび同様の噂が目に入ると、興味ないながらに気になってくるもので。

 知らずしらずのうちに少年は噂を集め、情報を追いかけていた。


 そしてある日、そこに入る方法をみつけたのだ。

 うそかまことか。それはじつに簡単なことだった。


 あるホームページで、午前0時0分0秒ぴったりに『一夜のキリトリセン』と、サイト内検索をかける。それだけだ。

 媒体はパソコンでもスマホでもガラケーでもタブレットでもなんでもいいらしい。


 0時0分というのはともかく、0秒ぴったり――というのは、なかなかむずかしかった。少年は二晩連続で失敗して、今日は三度目の挑戦だった。いわゆる三度目の正直――というわけだ。


 ――どうして。


 少年はぼう然とそう思う。あんなものは、ただのくだらない噂。冗談と同類の都市伝説。実際にやってもなにかおもしろメッセージが見られるとか、きっとそんなものだ。そう思いながら、いつのまにか夢中になっていて。あげく、ほんとうに『入って』しまった。


 ――なんで、こんなことになるんだ。


「っざけんな! おい! さっさとここから出せ――――ッ!!」


 のどがやぶれそうなほどの少年の叫びは、どこにも届くことなく闇に吸いこまれていく。


 少年は自分が『選ばれた人間』だと思っていた。欲しいものはなんだって手に入れてきたし、気に入らないものはすべて排除してきた。


 これからだってそうだ。

 そうでなくてはいけないのだ。


 ――ああ、そうだ。


 大丈夫だ。落ちつこう。

 おれは、選ばれた人間だ。


 だから。


 進むもとどまるも、自分が選んだほうが『正解』なのだ。

 そうに、きまっている。どちらを選んでも、大丈夫なのだ。

 なぜなら『選ばれた人間』だから。大丈夫。大丈夫だ。




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 キリトリセン。

 生も死も運次第。


 進むか。

 とどまるか。


 少年は――。




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     (続)



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