第112話 決別

 ……それからサークは、それまでなかなか真面目に取り組まなかった精霊語の習得に没頭したわ。

 私とヒューイ以外のエルフとは、まるで口も聞かなくなった。あの子はすっかり、エルフ嫌いになってしまっていた。

 そして普通よりもずっと早い年月で総ての精霊語をマスターして、一人森を出て行ったの。


 ――それでも、これで終わったなら、あの子はきっとまだ幸せだった。故郷に、本当に愛想を尽かさずにいられた。

 あの子に本当にとどめを刺す、私達姉弟が森を出る切欠にもなる決定的な出来事は――これから起こるのよ。



 あれは、サークが森を出て二十年ほど経ったある日の事だった。

 サークが人間のお友達を連れて、突然森に帰ってきたの。……そういえば、そのうちの一人、どこかあなたに似ていたわ。

 サークは人間の戦争を止める為の力を、森に借りに来たと言ったわ。放って置けば人間の国だけじゃなく、私達の森にも被害が及ぶかもしれないって。

 ……でも勿論、長老様には相手にされなかったわ。そして翌日、事件は起こったの。


 当時の森にはリィンという、小さなエルフの子がいたの。サークのように人間や外の世界に興味津々な、好奇心旺盛な子だったわ。

 そのリィンが、サーク達がやってきた翌朝、姿を消したの。当然皆は、サークが連れてきた人間さん達がやったんだと決めつけて、非難してきたわ。

 それでサークと人間さん達は、身の潔白を証明する為にリィンを探しに行く事になったの。そのうちの何人かは、エルフ達の元に人質となって残ってね。


 ……サーク達は、無事、リィンを連れ帰ったわ。でもその為の犠牲は、あまりに大きかった。

 サーク達はリィンを連れ帰る為に、誰かに狂わされてしまった大精霊と戦わなくてはならなかった。大精霊を手にかけるしか、リィンを救う道はなかった。

 それを、エルフ達は許しはしなかった。大精霊を殺したサーク達を、一方的に責め立てた。


 ……自然と、精霊と共に生きる私達にとって、大精霊は神様のようなもの。それは、森を離れたサークにとっても変わらない。

 きっと、苦渋の決断だった筈よ。それなのに、誰も、それを理解しようとしなかった。

 そして……遂にサークは、追放を言い渡された。

 けどきっと、追放されなくてもあの子はきっと森を出て、そして、二度と帰ってこなかったでしょう。それくらい、あの子と他のエルフ達の間の溝は決定的になった。

 あの子にとって、そして私達にとってもあの森は――もう、とても故郷とは呼べない場所になっていたの。


 あの子があなたにこの事を話さなかったのは、きっと、辛い事を思い出したくなかったからだと思うの。だからどうか、この事であの子を責めないであげて。

 そしてどうか……いつまでも、あの子の側に……。

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