第111話 すくわれないもの

「人間の医者はいるかね?」


 森の病がすっかり治まって、五日ほどが経ったある日の朝。長老様を始めとした沢山のエルフ達が、私達の家にやってきたの。


「何だ? アイツら……」


 私とサークは、思わず顔を見合わせたわ。その物々しい雰囲気は、エドワードにお礼を言いに来たようにはどうしても見えなかったんだもの。


「人間を出せ! 出さないと為にならないぞ!」

「……エリス、サーク、何があったんだ?」


 外の騒々しさに、エドワードも起きてきて怪訝な顔をした。私、その時、上手く言えないんだけどとても嫌な予感がしてね。


「私が出るわ。サークとエドワードはここにいて」


 そう言って、私一人で外に出たの。姿を見せた私に、その場にいたエルフ達は殺気立った視線を向けたわ。


「……長老様、エドワードに何のご用ですか」


 その視線に怖くなりながら、私は勇気を振り絞って聞いた。すると長老様は、無表情にこう言い放ったの。


「人間の医者には、今すぐ森を出て行って貰う。早急に家から出せ」

「!?」


 私、信じられなかった。だってエドワードは、この森を、私達を救ってくれたのに。

 それを咎人のように、追い出そうだなんて。当然、私はすぐに反論したわ。


「待って下さい、長老様! 彼は私達の恩人なんですよ!?」

「我らエルフは自然と共に生き、自然と共に死ぬ種族。人間の医者のした事は、そのことわりに反するもの」

「そんな! じゃあ私達は皆、病で死ぬべきだったと言うんですか!?」

「それが、自然が我らに課した運命ならば」

「……!」


 信じられなかった。認められなかった。生きるよりも、誇りにしがみついて死ぬ方がいいだなんて。

 皆、あんなにエドワードに感謝していた筈なのに。それは皆皆、嘘だったって言うの?


「大体おかしいじゃないか! 都合良く現れて都合良く病気を治せるだなんて!」

「それは……あれが昔、人間の世界で流行った病気だったからで……!」

「そんな事言って、本当はあの人間がこの森に病気をばらまいたんじゃないのか!?」

「違う! エドワードは……!」


 彼の弁護をしながら、思わず涙が溢れた。どうして、どうして誰も解ってくれないの。

 エドワードは絶対に、そんな人じゃない。だってエドワードはとても優しくて、誰にでも真摯に向き合って……!


「エリスよ。お前とサークはまだ若い。人間がいかに愚かで、残忍で、狡猾で、救いの無い生き物か知らぬ。騙されるのも無理はない」

「違います、長老様! エドワードは、あの人は私達を騙してなんか……!」

「これが最後の通告だ。直ちにあの人間を我らの前に出せ。さもなくばお前も、人間と同罪とみなす」


 言われて、ビクリと体が震えた。それは私もエドワード同様、この森を追い出されるという事だ。

 それは怖かった。考えるだけで、震えが止まらなかった。

 でも……それでも私は……。


「……もういい。もう十分だ、エリス」


 そう思った時だった。背後から、今一番聞きたくない人の声がしたのは。

 慌てて振り返ると、既に出立の準備を整えたエドワードがそこに立っていた。私はそれを見て、すぐにエドワードを家の中に押し返そうとしたわ。


「来ちゃ駄目、エドワード!」

「いいんだ。……いずれこうなる事は解っていた」


 けれどエドワードは私の制止を振り切って、皆の前に出てしまった。途端、辺りは怒号に包まれたわ。


「出たな! 人間!」

「出て行け! 森を汚す者!」


 中には石を振りかぶって、投げる人までいた。私は咄嗟にエドワードを庇って前に出たけど、拍子に大きな石が頭に当たってしまったの。


「うっ……!」

「止めてくれ! 君達の言う通りにする。だからエリスとサークだけは傷付けないでくれ!」

「何を言う! お前が盾にしたんだろう!」

「いい加減にしろよ! お前らなんか、病気が治まるのを待ってからコイツを追い出そうとする卑怯者じゃないか!」


 そこに後から現れたサークも加わって、場はどんどん騒然としていった。私は何かを言いたかったのに、頭がガンガンと揺れて、何も言う事が出来なかった。


「……鎮まれ、皆の者」


 そんな混乱した場を鎮めたのは、長老様の静かな一言だったわ。長老様はエドワードに目を向けると、厳かに宣言したの。


「この者が森を出るまで、一切の手出しを禁ずる。見送りも同様だ。我らは森に平穏が戻れば、それで良い」

「……」

「人間よ、これが儂に出来る最大限の礼である。速やかに立ち去るがよい」


 エドワードは、その言葉に一歩を踏み出した。サークはそれでも追い縋ろうとしたけど、他のエルフ達に阻まれて叶わなかった。


「エリス、サーク。最後に一つだけ」


 不意に、エドワードが立ち止まった。そして、振り返らずにこう言ったの。


「君達といると、あの病に罹って死んだ私の妹や弟と一緒にいる気分になれた。……ありがとう。幸せに」

「……エドワード……」

「クソッ、退けよお前ら! 行くなよ! もっと外の世界の事を教えてくれよ、エドワードっ……!」


 サークの叫びも空しく、エドワードの背中はそれからどんどん小さくなって……そして、見えなくなった。

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