第90話 新たなる力

「――ナ、クーナ」

「ん……」


 耳をくすぐる心地好い声に、意識がゆっくりと浮上する。軽く体を揺すられるリズムに時折また意識が沈みそうになるけど、結局は覚醒へと向かっていった。


「……サーク……?」

「起きろ。もう朝だぞ」


 その声に目を開けると、映ったのは見慣れたテントの中。間近に香る土の匂いが、ここが確かに眠る前にいた場所なのだと教えてくれた。


「あれ……私……?」

「は? 何だお前、寝ぼけてんのか?」

「夢……?」


 身を起こし、辺りを見回していると呆れたようにサークが言った。……今までの事は、全部、夢だったの?

 腕の中を見ると、あるのは片腕だけになった小手。何もかも、寝る前のまま。

 そんな……じゃあ、ひいおじいちゃまと会った事も、全部……。


(全部私の見た、都合のいい夢だった、なんて)


 気持ちが、一気にどん底まで沈んでいく。つまり私は、足手纏いのクーナのまま……。


「……ところで、クーナ」


 不意にサークの手が、私の横髪に伸びる。そして一房持ち上げて、こう言った。


「このリボン、どうしたんだ? こんなのお前、持ってなかっただろ」

「え?」


 その言葉にハッとして、横髪に触れる。するとそこには確かに、寝る前にはなかったリボンの感触があった。

 これは、ひいおじいちゃまから貰ったリボン。それじゃあ……これが、ここにあるって事は……!


「サーク!」

「うわっ!? 何だよ、急に大声出して!?」

「試したい事があるの。付き合って!」


 サークの返事を待たず、私は立ち上がり外へと駆け出していく。そして広い空間に向けて、開いた掌をかざした。


「おい、一体何だってんだよ、クー……」

「……『集え炎、我が身に宿りし力、紅蓮の業火に変われ』」

「何……?」


 頭の中に強く炎をイメージし、詠唱を口にする。今までにないくらいの、強い魔力の奔流が体の中に生まれるのが解った。

 これなら、いける。ひいおじいちゃまが託してくれた技を……きっと、今なら扱える!

 かざした掌が熱い。目の前に産み出された炎の塊は、どんどんその大きさを増していく。

 これを……一気に、解き放つ!


「クーナ、これは……!?」

「『業火よ、今その大いなる力を示し……立ち塞がる総てを焼き尽くせ』!」


 私が詠唱を終えると同時、炎の塊は一直線に野原に向けて飛び、着弾して大きな火柱を上げた。直後、激しい虚脱感に襲われた私は、その場にガクリと膝を付く。


「おい!?」


 サークが慌てたように私に駆け寄り、体を支える。そんなサークに私は、笑顔を浮かべて言った。


「アハハ……大丈夫、ちょっと一気に魔力を使いすぎただけ……」

「今のは何だ!? ぎょくもないのにあの威力……」


 信じられないと言った顔で、サークが火柱の跡を見つめる。私よりずっと長く生きてるサークを驚かせられた事が、何だかちょっと嬉しかった。

 ……大丈夫、これならやれる。私は、まだ戦える!


「……ひいおじいちゃまがね、教えてくれたの」

「クラウスが? お前、何言って……」

「私、必ずこの力を完全にものにする。それで、バルザック達をやっつける!」


 拳をグッと握り締め、私は強く宣言する。サークはそんな私を暫く怪訝そうに見つめていたけど、やがて小さな苦笑を浮かべた。


「正直、何がどうなってんのかサッパリだが。……お前がそうやって元気になったんなら、いいって事にするよ」

「うん!」

「さて、それじゃあ今の魔法の理屈を説明してくれ。何かアドバイス出来るかもしれねえからな」


 切り替えの早いサークに、感謝する。ひいおじいちゃま、あなたの相棒は、私にとっても凄く頼れる人だよ。

 よーし……やるぞー!

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