第88話 玉の役割
「
目の前で起きた出来事に呆気に取られる私に、クラウスさんが振り返ってそう問いかけた。私はクラウスさんが何を言いたいのか解らないまま、首を横に振る。
「……そうしないと魔法が使えないから、じゃないの?」
「その通りだが真理ではないな。具体的に言えば、何故詠唱を行わなければ玉は力を示さないのか、だ」
「それはそういう仕組みだからじゃ……」
私がそう言うと、クラウスさんはゆっくりと首を横に振った。そして無言でこっちに歩み寄り、手を出して杖を返すよう要求してくる。
どうするんだろうと思いながら、大人しく杖を手渡す。するとクラウスさんは虚空に向けて、スッと杖をかざした。
「……『行け、雷』」
――バチッ!
「えっ!?」
直後、起こった事に、私はまたまた驚愕した。練魔法のものよりも短い、もう詠唱と呼べないような一言。
なのに――玉からは雷が生まれ、一直線に壁へと放たれたのだ。
「嘘……何で……」
「クーナ、もう一つ授業だ。魔法を使う上で必要なものを答えろ」
「え、ええ!? えーと、えーっと……」
混乱した頭に更に質問を重ねられて、私は完全にパニックに陥ってしまう。そんな私を見かねてか、クラウスさんはフウ、と小さな溜息を吐いた。
「仕方無いな。魔法を使う上で必要なものは三つ。魔力、触媒、そしてイメージだ」
「イメージ……?」
「お前は魔力で炎を生み出す時、何を考えている?」
言われて、改めて思い返してみる。……確かに、炎を出す時は、炎を強くイメージしている。
「うん、ひいおじ……クラウスさんの言う通り、確かに炎をイメージしてる」
「思い描いたイメージが具体的であればあるほど、魔法というものは強い力を発揮する。詠唱というのは、簡単に言えば、このイメージの補助だ」
「イメージの補助?」
「要するに、言葉にする事で、イメージを具体化しやすくしているんだ」
だんだん私にも、クラウスさんの言いたい事が解ってきた。詠唱をするのは頭の中のイメージをより強める為。つまり……。
「大事なのは言葉そのものじゃなくて、言葉によってイメージをより確かなものにする事……。つまり、本当は詠唱の内容なんて何でもいいって事?」
「そういう事だ。飲み込みが早いな、流石は僕の曾孫だ」
私の出した結論に、クラウスさんは満足げに笑う。そ、そう言われると何だか照れちゃうな……。
「僕の研究によれば、玉の真の役割は具現化の補助。詠唱に反応して玉が働くのではなく、詠唱で具体化されたイメージの具現化を、玉を介する事によって容易にしているという訳だ」
「それって、つまり……」
「イメージさえ確かならば、そのイメージ自体を触媒とした魔力の具現化は可能だ」
「!!」
そうか、解った。今伝えられている練魔法が弱いのは、詠唱の短さもあってイメージが上手く形になってないからなんだ。
やっぱりクラウスさん、ううん、ひいおじいちゃまは凄い。こんな若さで、もうここまで魔法の研究が進んでたんだ……。
……でも……。
(何でひいおじいちゃまは、今の時代にこの研究を残さなかったんだろう……?)
この研究が広まっていれば、皆が玉なしでもっと強い魔法を使えるようになってた。そしたら魔物退治だって、ずっとずっと楽になってた筈。
なのに、どうして……?
「理論が理解出来たなら、後は実践だ。早速試してみろ」
「う、うん……」
小さな疑問を胸に抱いたまま。私の、新たな修行はスタートした。
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