第86話 何に頼る事もない力

「いっけえええ! 『炎の拳ブレイズ・ナックル』!」


 私の燃え盛る拳が、巨大ムカデの顔面を撃ち抜く。巨大ムカデは全身を炎に包まれ、のたうちながらその場に倒れた。


「ギチギチギチギチ!!」


 仲間を殺された事に怒り狂ったのか、残り二匹の巨大ムカデが私に向けて突進してくる。それを迎え撃とうと私が構えを正した、その時。


「避けろ!」


 背後から、そうクラウスさんの声がした。私は声に従い、大きく右側に飛ぶ。


「『我が内に眠る力よ、轟雷に変わりて敵を撃て』!」


 私と入れ替わるように、クラウスさんの特大の雷が二匹の巨大ムカデを丸ごと飲み込んだ。巨大ムカデは一瞬で黒焦げになり、次々と倒れ伏す。


「ひいおじいちゃま、本当に凄い……」


 炎と雷、ぎょくの属性の違いはあるにしても、クラウスさんの魔法の威力は私の魔法と桁違いだ。もし私が雷の玉を使っても、あそこまで威力のある雷は撃てないだろう。

 知恵と魔力を併せ持つ、偉大なる大賢者。ずっと憧れていたその人を私は今、確かに目の前にしてるんだ。


「これでこの辺りの魔物は、一通り片付いたな」


 私達以外に動くものがないのを確認すると、クラウスさんがこっちに近付いてきた。私は何だか急に気恥ずかしくなって、ピシッと姿勢を正してしまう。


「それにしても面白いな。小手を玉で燃やして直接殴り付けるとは」

「エヘヘ、ひいおじいちゃ……じゃなかった、クラウスさんの小手があるから出来るんだよ」

「お前の戦いぶりを見て、ますます確信した。未来から来たという話は本当だとな」


 初めて会った時より大分柔らかい表情で、クラウスさんが笑う。それが何だか嬉しくて――でも、すぐに気分が落ち込んだ。


「? ……どうした?」

「ううん……私、この小手がなきゃやっぱり何にも出来ないんだなあって」

「小手が、玉ごと破壊されたという話か?」


 どちらからともなく、私達は床に座る。私はクラウスさんの問いに頷き、自分の抱える不安を素直に話し始めた。


「私、強くなりたかったし、実際少しは強くなれた気がしてた。でも、小手が壊れてやっと解ったの。私の手に入れた強さは、この小手があったからこその強さだったんだって」

「使えるものを使うのは悪い事ではない。必要な時に的確な道具を扱える事もまた、強さのうちだろう」

「でも……私はもっと力が欲しいの。何に頼る事もない力が……」


 視線を落とすと、いつの間にか固く握られていた拳が目に入る。決して揺るぐ事のない力。もし手に入れる事が出来たら、きっと四皇しこうにだって……。


「……ならば、身に付けてみるか?」

「え?」


 聞こえた言葉に、顔を上げる。クラウスさんは、真剣な目で私を見つめていた。


「その前に聞かせて貰おう。お前は何の為に力を欲する?」

「決まってる。今大切な人達、これから大切になるかもしれない人達……その全部を守る為だよ」

「その為ならば、いかなる努力も惜しまないと誓えるか?」

「勿論!」


 私が大きく頷くと、クラウスさんがフッと目尻を下げる。それは優しいようで……どこか、悲しそうにも見えた。


「……迷いがないな。そんなところは、本当にあいつそっくりだ」

「クラウスさん……?」


 あいつ。そういえばさっきもクラウスさん、あいつって言ってた。

 あいつって、誰の事なのかな。もしかして、ひいおばあちゃま?


「お前の覚悟は解った。その言葉、忘れるな」


 不意に浮かんだ、そんな疑問を胸に秘めながら。クラウスさんの強い視線に、私は、もう一度深く頷き返した。

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