第77話 現れた追跡者

 問題の村が全滅した事で、当然疑いはまず私達に向いた。私達が魔物のせいという事にして、村の人達を皆殺しにしたんじゃないかって。

 けれど私達が言った洞窟に確かに魔物の黒焦げの死体があった事。行方不明になっていた冒険者達のギルド登録証が家の中から見つかった事などから、私達の報告が事実だと認められた。そして、私達の無実の証明になった要因がもう一つ。


 ――この世界の技術では、生き物を簡単に氷漬けにするなんて出来ない。


 例えば魔力の冷気を纏った武器で斬りつければ、その部分のみ凍らせる事は出来る。でもその方法で全身を氷漬けにするには、時間をかけて全身を切り刻まないといけない。

 普通はその間に他の誰かから反撃を受けるし、そうでなくても逃げられる。何より、氷漬けになった村人達に外傷は殆どなかったと言う。

 ギルドは新たな魔物が現れたとして改めて捜索隊を組むらしいけど……私とサークには、犯人が解った。犯人はきっと――。


 私達を追ってきた、異世界からの侵略者。


 勿論、そんな事をギルドに言ったところで信じて貰える訳がない。およそ八十年前――最初の侵略が起こった時も、異世界の存在については混乱を避ける為、後の世に伝えないと当時の議会で決まったらしい。

 異世界側もあんまり大っぴらに動いて存在を認識されたくないのか、大規模な襲撃を行ったのはサイキョウでの一回きりだ。それも恐らく人間を洗脳させられるノアなら、騒ぎを起こして注目を集めても丸ごと自分達に従わせればいいという計算だったんだろう。

 その異世界側が、ここに来て、初めてここまで目立った動きを見せた。もしかしたら、私達への宣戦布告なのかもしれない。


 そして、調査の為にシュヴァリエに拘束されている間、私達はベルからの伝言を受け取っていた。内容はこうだ。


『ミレニアの東、ムンゾ国で待っている』


 ギルドからは不手際で危険な目に遭わせたとして本来の報酬に慰謝料を大きく上乗せして貰ったので、ミレニアに留まる理由は何もなくなった。私達はベルの伝言に従って、ムンゾを目指す事にしたのだった――。



「ハアアアッ!!」


 私の繰り出した回し蹴りを、サークは片腕で軽く受け止める。そして衝撃を流す動きを利用して、一気に私に接近してきた。


「そらっ!」

「何のっ!」


 そのままボディーブローを放つサークに対抗し、こっちもバック転でそれをかわす。と、サークの手が伸びて、宙に浮く私の足を掴んだ。


「キャッ……!」


 バランスを崩した私は肩から落ち、地面にぶつかった場所から全身に衝撃が広がる。痛みに一瞬動きを止めた私の喉元に、素早くサークの手刀が突き付けられた。


「……っ!」

「ハイ、ここまで、っと」


 勝負は着いたと、サークが身を起こし体に付いた埃を払う。私はそれを恨めしげに見ながら、ヨロヨロと立ち上がった。


「うぅ、また一撃も入れられなかった……」

「お前は攻撃も回避も素直すぎんだよ。だからこうやって簡単に手玉に取られる」


 悔しさを滲ませながら、自分も服の埃を払う。こうやってサークと組み手をすると、改めて自分には実力も経験も足りないと思い知らされる。

 やっぱり、私は、もっと強くなりたい。ひいおじいちゃまみたいに……ううん、ひいおじいちゃまよりも強く!


「さて、程好く腹も減ったし、そろそろ飯にするか。そろそろ買い込んだ野菜を使い切らないとな」

「うん!」


 軽く背を伸ばして言うサークに、大きく頷き返す。いつ異世界側の襲撃があってもいいように、シュヴァリエを発ってからは街道を外れて移動するようにしていた。

 食事の支度は交代制で、今日はサークの番。私よりもサークの方が料理が上手いから、女としてはちょっと複雑なんだよね……。

 そう思いながら、私が一歩を踏み出したその時。


「……構えろ、クーナ」

「え?」


 突然サークが、曲刀を抜いて周囲を見回し始めた。急な事に、私はどうしていいか解らなくなる。


「どうしたの、サーク?」

「精霊達が急激に怯え始めた。……何かが近付いてくる!」

「……んだよ、あのアマ」


 サークが叫ぶと同時、前方の森が揺れ、一人の男の人が姿を現した。季節は冬に差し掛かっているのに何も着ていない上半身は、見た事もないような不思議な模様の刺青で覆われている。

 そして、その逆立った毛髪は、人間の髪じゃないみたいに青かった。


「何が黒いローブの女だよ、黒いコートの間違いじゃねェか。……まァ、見つかったからどっちでもいいか」


 訳の解らない事を言いながら、男の人がゴキゴキと首を鳴らす。そして私を見ると、ニイッと吊り上がった銀の三白眼を弧に歪めた。


「さてと。……よおォやく見つけたぜェ? 『神の器クリスタ』ちゃんよォ」


 顔の笑みとは裏腹に、その眼差しは、氷のように冷たかった。

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