第68話 海上戦

 サークの声に、辺りにいた人達は一斉に船内へと避難を始める。代わりに船の護衛や、客として乗船していた冒険者達が武装して飛び出してきた。

 私達の見ている前で、緑色の鱗にお腹以外の全身を覆われた、魚頭の人間が次々と甲板へ這い上がってくる。海に住む一番一般的な魔物、シーギルマンだ。


「頭数が揃う前にどんどん叩くぞ、クーナ!」

「うん!」


 サークと共に、先頭を切ってシーギルマンの群れへと駆け出す。同時に、私は自分が取るべき戦術を組み立てていた。

 海水に濡れたシーギルマンには、炎の魔法は不利だ。鱗が固いから、ただの打撃も効果が薄い。なら!


「『集え雷よ』!」


 私はいつもの炎のぎょく魔法ではなく、雷のれん魔法を発動させ、小手に雷を纏わせた。媒介を一切使わない練魔法は、通常なら殺傷力はさほど出ないんだけど……。


「ハアッ!」


 ボロボロの錆びた槍を振りかぶったシーギルマンの懐に素早く潜り込み、鱗に覆われていない腹にボディブローを浴びせる。すると拳に纏った雷が海水を伝って、瞬く間にシーギルマンの全身を駆け巡った。


「キョキョキョキョキョ!!」


 全身をガクガクと痙攣させ、シーギルマンが崩れ落ちる。白目を剥いたシーギルマンは、プスプスと黒い煙を上げて動かなくなった。


「うん、久々に使ったけど、練魔法のコントロールも良くなってるみたい」


 練魔法より調整が難しい、玉魔法のコントロールに日々勤しんでいる経験が活きているらしい。以前よりずっと楽に、魔力を出力出来るようになっている。


「よーし、どんどん片付けていくよ!」


 自分の成長を嬉しく思いながら、床を蹴る。そして目についた、戦士のお姉さんを取り囲む三匹のシーギルマンのうち、一匹の後頭部に回し蹴りを喰らわせる。


「やっ!」

「キョオッ!!」

「ありがとう、助かったわ!」


 突然倒れた一匹に他の二匹が気を取られている間に、戦士のお姉さんが長剣で二匹の腹を裂き、切り伏せていく。私はそれを横目で見ながら、今蹴り倒した一匹に雷を流し込んでトドメを刺した。


「敵はまだまだいるわね。さっさと片付けましょ!」

「うん!」


 戦士のお姉さんに別れを告げて、今甲板まで上がってきたばかりらしいシーギルマンの一団の方へ向き直る。私は一旦腕の雷を消し、両手をシーギルマン達へと向けた。


「『いでよ雷よ』!」

「キョキョ!?」


 私の両手から生み出された雷撃が、シーギルマン達に直撃する。と言っても直接体に雷を流し込むのと違って、いくら海水の助けがあってもこの程度じゃ足止めにしかならない。


 だからこそ・・・・・、私は雷撃を放ったのだ。


 雷撃のショックで、シーギルマン達がその場に踞る。雷撃を放った直後に既に駆け出していた私は、再び両腕に雷を纏わせる。


「『集え雷よ』! ……ハアアアアッ!」


 気合と魔力を込め、まだ体勢を立て直せていないシーギルマン達に次々と拳を見舞う。シーギルマン達は私の雷に全身を焼かれ、次々と絶命していった。


「キョーーーーーッ!!」

「!!」


 けれど何匹目かのシーギルマンにトドメを刺した時、一匹のシーギルマンが雷撃のショックから立ち直り、槍を突き出してきた。不意を突かれた形になった私はその一撃を完全には避けきれず、錆の浮いた刃が私の左腕を掠める。


「くっ……!」

「クーナ!」


 その時突然後ろから抱きすくめられ、私はバランスを崩して誰かの腕の中に収まる。揺れた視界に曲刀が煌めき、私を襲ったシーギルマンの胸を貫くのが見えた。


「何やってんだ、こんな奴らに!」


 その声に、身をよじって振り返る。すると私を見下ろす、血相を変えたサークの顔が見えた。


「サーク……何で」

「話は後だ! ……クーナに傷くれやがって……許さねえ……っ!」


 私を懐に抱いたまま、サークが風の上位精霊を召喚する。そして下した命令に、私は目を見張った。


「嵐を起こせ! 魚野郎を一掃しろ!」

「サーク!?」


 サークの命通りに、精霊が風を起こす。最初は小さなつむじ風程度だったそれは急速に膨れ上がり、やがて船全体を覆う荒れ狂う嵐へと変わった。


「キョキョーーーーーッ!?」


 その凄まじい風圧にシーギルマン達は耐え切れず、どんどん上空に巻き上げられていく。……けれど。


「くっ……ヤベェ……!」

「このままじゃ私達まで……!」


 そう、嵐の被害は、他の冒険者達にまで及んでいた。彼らは床に突き立てた武器を支えにしたりして何とか一緒に吹き飛ばされないようにしてたけど、いつまでももたない事は明白だった。


「サーク……っ! 風を止めて! このままじゃ他の皆も巻き添えになっちゃう!」

「……!」


 私の声に、サークはやっと周囲の状況を認識したようだ。精霊が消えると同時に嵐はみるみる治まっていき、最後は穏やかな風に戻った。


 ――ドガッ!!


 一拍置いて、嵐に巻き上げられたシーギルマン達が雨のように辺りに落下していく。海に落ちたものもいたけど、大半は為す術もなく甲板に叩き付けられ、死に至った。

 それを見て、少し怖くなる。もしも普通の人間も、同じように巻き上げられていたら……。


「……ワリィ。少し、冷静さを失ってた」


 辺りの惨状を見て、すっかり頭が冷えたらしい。私を抱き締めたまま、サークがポツリと言った。

 ……サークが暴走した原因、私には解る気がする。きっと、サイキョウでの一件が原因だ。

 サークは誰よりも、仲間を大切にする人。それが、敵に操られてたとは言え、自分の手で私を――仲間を傷付けてしまった。

 責任感の強いサークは、きっと今も自分を責めている。そのせいで、過剰に私を守ろうとしてしまうんだ。


(……今私がサークにしてあげられる事って、あるのかな)


 私を未だ離そうとしないサークの温もりが、今は、とても苦しいものに感じた――。

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