第28話 対幽霊会議

「……ここが、ワイルダーさんの屋敷だね」


 街道を逸れ、人里離れた場所に建つその大きな屋敷を見上げ、私は呟いた。長く雨風に晒されてきたとおぼしい色褪せた煉瓦の壁は、びっしりと蔦に覆われている。

 中が見えるタイプの門の向こう側も一面に雑草が生い茂り、この屋敷が長い間放置されていた事を表す。その事が、無性に物悲しさを感じさせた。


 ワイルダーさんは貴族の一員だったけど人間嫌いで、その為当時持っていた財産の殆どを使ってここにこの屋敷を立て、移り住んだらしい。そして時々ここに訪れる御用聞きの商人と唯一の幼馴染みである司祭長さん以外とは、誰とも会おうとしなかったそうだ。

 けど年を取ってくると広い屋敷の管理がだんだんと行き届かなくなり、お手伝いさんを雇う事にした。それが後の奥さん。

 お互い未婚のまま老境に差し掛かった二人は次第に惹かれ合うようになっていき、やがて結婚。それからは二人幸せに暮らしていたけど、結婚して五年後に奥さんが病で倒れ、帰らぬ人になった。

 そして奥さんの死に生きる気力を無くしたワイルダーさんも後を追うようにして半年後に衰弱死。以後、住む者の誰もいなくなった屋敷は、こうして荒れ果ててしまったのだという。


 無人のこの屋敷に幽霊が出ると騒がれるようになったのは七日前。近くを通りがかった旅人が一夜の宿を求めた時の事だった。

 街道というのはよく整備され危険も少ない代わりに、目的地まで一直線という訳にはいかない。だから先を急ぐ旅人は、敢えて街道を外れ直線ルートを取る事もある。この旅人も、そんな旅人の一人だった。

 空き家になってから物取りでも入ったのか、玄関の鍵は壊されていた。外同様荒れ果てた屋敷の中を、寝床に出来る場所を探して旅人が進み始めた時だった。


『……返せ……』


 突然そんな声が聞こえたかと思うと、辺りに散らばる瓦礫やガラス片が次々と旅人に襲いかかってきた。そして目の前には、青白く透き通った老人の霊が……。


『返せ……返せ……!』


 ただそれだけを繰り返し、旅人へと迫る老人の霊。身の危険を感じた旅人は、慌てて屋敷から逃げ出したそうだ。

 屋敷と幽霊の噂はあっという間に広まり、噂を聞き付けたフレデリカの各神殿は霊を除霊すべくそれぞれ神官を派遣した。けれどまだゴースト化しきっていない霊をターンアンデッドで成仏させる事は出来ず、手をこまねいている……と言うのが、司祭長さんから聞いた事のあらましの総てだった。


「……それで? 軽々しく未練を解消するなどと言ってくれたはいいが、当てはあるんだろうな?」


 どこか不機嫌そうに、ベルがサークを睨み付ける。ベルは司祭長さん以外の神官達の意見に賛成のようで、ここに来るまでの間もあまり乗り気な様子は見せていなかった。


「おお怖。聖職者の癖に、さ迷える魂が可哀想だとは思わねえのか?」

「未練を残して死ぬなど所詮弱者の末路だ。浄化してやるだけでも十分優しいと思うが?」

「ベル、それはちょっと言い過ぎだよ。ワイルダーさんも、好きでこの世に未練を残した訳じゃないんだから。サークも意地悪しないで。何の算段も立てずにここまで来る訳ないって、私はちゃんと解ってるんだからね」


 また喧嘩を始めそうな雰囲気の二人の間に、私は直ぐ様割って入る。ベルは少し気まずそうに私から目を逸らし、サークは頭をボリボリと掻きながら小さく舌打ちをした。


「チッ、わあったよ。……まず未練の解消法はシンプルだ。ワイルダーは何かを探してる。奴にとって大事な何かを。そしてそれは、元々は屋敷にあった」

「それぐらいは私にも解る。それを一体どうやって判明させ、尚且つ見つけ出すというのだ? もし国外にでも運び出されていれば、打つ手はないぞ」

「ポイントは、ワイルダーがこの世に未練を持つようになった時期だ。ワイルダーの霊が最初に目撃されたのは、七日前って話だったよな?」


 サークの言葉に、私とベルは頷く。それに頷き返すと、サークは話を続けた。


「ここは確かに人里から離れてるが、街道を通らないで進むなら中継点にするには持ってこいの位置にある。もしもワイルダーが探してるブツが無くなってから長ければそれより前に目撃証言が出ている筈だし、そもそもとっくにゴースト化しててもおかしくない。つまり、問題のブツが消えたのはつい最近だ」

「それが解ったところで……」

「話は最後まで聞け。ここでもう一つ、屋敷の中の様子がポイントになる」


 ベルが口にしかけた反論を、サークが途中で制する。私は黙って、話の続きを聞く事にした。


「屋敷の中は荒れ放題で、鍵だって壊されてる。そんな中に、つい最近まで高価な物が残ってたと思うか?」

「……そうか、ならば少なくとも、ワイルダー卿の探すものは決して高価な物ではない。寧ろ……」

「普通の奴が見れば、盗む価値のない取るに足らないものである。その可能性が高いな」


 的を射たりといったベルの指摘を受け継いで、サークが口元に笑みを浮かべる。凄い……サークはあれだけの情報で、そこまで情報を分析してたんだ……。


「更に言えば、俺は問題のブツはまだ屋敷のどこかにあると睨んでる」

「え?」


 更に続けられたその推論に、私は思わず驚きの声を上げる。だって、それがないからワイルダーさんはこの世をさ迷い始めたんじゃ……。

 けれど、そんな私とは対照的に、ベルの方は納得したという風な顔になった。


「一理あるな。目的のものが他人から見て盗む価値のないものであれば、それをわざわざ外部に持ち出す理由はない。屋敷のどこかに隠されたと考えた方が道理が通る」

「或いはちょっとした悪戯のつもりだったのかもな。わざと物の配置を大きく変えて、ここに一度来た事のある奴を驚かそうとでもしたのかもしれねえ」

「ならば我々のやる事は……」

「霊の攻撃を避けつつ、隠された何かのある場所まで霊を導く、だな」


 気が付くと私そっちのけで、二人だけで話が通じてる形になってる事にちょっと焦る。え、いまいちよく理解出来てないの私だけなの!?


「あ、あのー!」


 この蚊帳の外の空気に耐え切れなくて、私は声を張り上げる。幸い二人とも、すぐに話を中断してこっちを向いてくれた。


「どうした、クーナ?」

「あの、えっと……結局どういう事?」


 おずおずと私が聞くとサークは微妙な顔に、ベルは面食らった顔にそれぞれなった。けどベルの方はすぐに笑顔を作ると、不自然なくらい優しい声で言った。


「君は私達の指示通りに動いてくれたらそれでいい」

「それって私の事馬鹿にしてるよね絶っ対!」

「……お前は時々、どうしようもねえポンコツになるよな……」


 そう言って盛大に溜息を吐くサークに、私は思いっきりアッカンベーを返した。どうせ私はサークやベルほど頭が良くありませんよーだ!



 話に夢中になっていた私はこの時、気付く事はなかった。

 悪意ある視線が、ジッと私達の様子を窺っていた事に――。

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