第27話 友への願い
ベルの案内で辿り着いた神殿は、それほど大きな建物じゃなかった。と言っても今はきっと、どこの神殿もこんなものだろう。
昔は国ごとに一つの宗教を国教として崇める事が多かったんだけど、最近は国教を定めず、一つの国に複数の神の神殿が置かれる事が多くなっている。地方の町や村では今でも元々の国教の影響が根強いけど、大きな町だと教会が複数建って互いに利用者を取り合う事も珍しくない。
ちなみに私自身は、決まった神様を信奉したりは特にしていない。怪我をした時などの困った時だけ教会に行く人の方が、世の中には圧倒的に多いのだ。
もっとも最近では医学と聖魔法を両方身に付け、教会や神殿よりも格安で治療を行う病院も増えてるんだけど。ドリスさんが入院していたのも、そういった病院の一つだ。
ベルを先頭に、神殿の入口へと近付く。すると門番の僧兵達が、サッとその行方を遮った。
「止まれ! このウルガル神殿に何のようだ」
「我々は冒険者ギルドより依頼を受けて来た者です。こちらが証拠の遂行書になります」
にこやかにベルが荷物袋から取り出した遂行書を、門番達が凝視する。……依頼人相手には猫被るとこ、ちょっとサークに似てるかもしれない。
「……確かに本物のようだ。通ってよし!」
門番達は暫く遂行書を睨み付けていたけど、やがてそう言うと左右に分かれ道を開けた。私はそんな門番達に心の中で思いっきり舌を出しながら、二人と一緒に神殿の中に入っていった。
神殿に入り中の神官達に用向きを伝えると、入口近くにある面会室へと通された。そして現れたのは二人の神官を引き連れ、白い豪華なローブを身に纏った髭の長いおじいさんだった。
「あなたが依頼人の方でしょうか」
「左様。この神殿の司祭長を務めさせて頂いておりますモルフォと申します」
おじいさん――司祭長さんはそう言うと、深々と頭を下げた。どうやら司祭長さんは、とても穏やかな人のようだ。
「ウルガル教の神官戦士、ベルファクトと申します。こちらの二人は、今回共に依頼を請け負います冒険者です」
「ご丁寧にどうもですじゃ。そちらの御仁はエルフのようじゃな、このような場所で見る事になるとは長生きはするものじゃ」
エルフであるサークを見ても、司祭長さんは楽しそうに笑うだけ。良かった……。この人には、エルフに対する偏見はないみたい。
「さて、お前達、もう下がってよいぞ。後は儂一人で対応するでな」
「しっ、しかし……」
「司祭長としての命令じゃ。下がりなさい」
お付きの神官達はまだ何か言いたそうだったけど、結局は司祭長さんに従って部屋を出ていった。それを見送ると、司祭長さんは私達の向かいの席に腰掛ける。
「いやはや、このような老いぼれ、好きで守っている訳でもなかろうに……全く、自由の効かない立場になってしまったものですじゃ」
「何を仰います。司祭長と言えば司教に次ぐ大役。望めば大抵の事など望みのままでしょう」
「ベルファクト殿はお若いですのう。地位や権力では得られぬものも、世の中にはあるという事」
ベルの言葉にゆっくりと首を横に振り、まるで教え諭すように言う司祭長さん。……きっと色々と、不自由な思いをしてるんだろうな。
「サークです、よろしく。エルフである俺を好意的に受け入れて下さり感謝します。それで……依頼では屋敷の調査を頼みたいという事でしたが」
「ええ。この王都から少し離れた所に、今は空き家となっている屋敷がありますじゃ。あなた方には屋敷を調べ、そこに出る幽霊を鎮める方法を探して頂きたい」
「クーナです、よろしくお願いします。幽霊って……ゴーストですか?」
ゴーストとは、この世に強い未練を残した魂がその身に混沌を宿してしまい、魔物化してしまったものの事を言う。ゴーストになった魂は現世に自由に干渉出来るようになる代わり、理性が薄れ持っている未練に異常に執着するようになる。
このゴーストの厄介なところは、グールなどと違って肉体がないので魔法でしかダメージを与えられない事。立ち向かう際は、ターンアンデッドの使い手を最低一人は入れる事が定石とされている。
私の問いに、けれど、司祭長さんは小さく首を横に振った。
「いや……なりかけてはおります。ですがまだ、ゴーストになってはおらんですじゃ」
なら、ターンアンデッドで成仏させる事は出来ない。ターンアンデッドは死者を操る混沌の力を打ち消す魔法。まだ混沌に染まりきっていない魂を、浄化する力はないのだ。
そして、それは、その魂をまた元の静かに眠る魂に戻してあげる事が出来るという事をも意味する。それにはその魂の未練を、解消してあげないといけないけど……。
「となると、ターンアンデッドは効き目がない……今回敢えて外部の我々に依頼なさったのは、だからでしょうか?」
続けられたベルの質問には、司祭長さんは肯定も否定も返さなかった。ただ、どこか悲しげにこう答えた。
「……強硬派の中には、こう言う者もおります。魂が完全にゴースト化するまで待ち、その上でターンアンデッドをかければ良い、と」
「そんな!」
その非情な対応に、私は思わず声を上げた。自分達が排除しやすくする為だけに、一つの魂が魔物に変わるのをただ傍観するだなんて!
「……一つ聞かせて下さい。あなたは何故外部に依頼をしてまで、その幽霊を穏便に鎮める事にこだわるんです? あなたの言う強硬派のやり方は聖職者としてはとても褒められたものじゃないが、生者への脅威がなくなる事には変わりはない筈です」
憤る私とは対照的に、努めて冷静にサークが尋ねる。でもサークも強硬派のやり方を快く思ってない事は、深まった眉間の皺が示していた。
暫くの間、司祭長さんは質問には答えず小さく俯いていた。けれどやがて、ぽつりぽつりと理由を語り始めた。
「……あやつは、儂の親友だったのですじゃ。屋敷に籠ってばかりの変人という扱いをされておりましたが、儂と、晩年になって迎えた妻にだけは心を許しておりました。もっともその妻は、あやつが死ぬ半年前に病で亡くなってしまいましたが……」
そう語る司祭長さんの姿は何だか、さっきまでより小さく見えた。私達は静かに、司祭長さんの話を聞いていた。
「本当は儂が自ら出向き、あやつの心残りを探したい。ですがそれはならぬと固く止められてしまい、やむなくこうしてあなた方に依頼をした次第ですじゃ。……期限は、あやつが完全にゴースト化するまでの間。儂は可能なら、あやつを強制的に成仏させるような真似はしたくないのですじゃ。お願いですじゃ。どうか、どうか……」
遂にはそう言って、司祭長さんは泣き崩れてしまった。司祭長さんの親友を思う気持ち。それが痛いほど、こっちにも伝わってきた。
ただ一人ベルだけは、どこか複雑そうな顔をしていた。共感するでも否定するでもない、どうしていいか解らないという顔。……どうしてベルは、あんな顔をするのだろう。
「……解りました」
嗚咽を漏らす司祭長さんに、そう声をかけたのはサークだった。サークは真剣な瞳で、司祭長さんを見つめる。
「あなたの親友の魂は、きっと俺達が未練から解放します。だからあなたもその親友について、出来る限りの事を教えて下さい」
サークの言葉に、司祭長さんは顔を上げて大きく頷いた。
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