第25話 思わぬ再会

 ビビアンとの対決から十日余り。サークの新しい曲刀も新調し終えた私達は、久々に依頼を探しに冒険者ギルドを訪れていた。

 私達が来れなかった間、ギルドはギルドで大変だったらしい。何でもあの支部長が、ギルド資金を横領した罪で逮捕・更迭されてしまったというのだ。

 私達のギルドへの報告の後、死んだマクガナルの家に衛兵が家宅捜索に入ったところ、支部長がマクガナルに隠すように指示した横領の証拠が山程出てきた。それで事態が明るみになり、支部長が逮捕されたとそういう事らしい。

 正直私はあの支部長の事があんまり好きじゃなかったから、ちょっとだけ溜飲が下がった思いだった。だってあの人、最後まで私の事はサークのおまけ扱いだったんだもん!

 そんな訳で、代わりの支部長さんが派遣されてくるまで今は何とドリスさんが支部長代理をやってるらしい。ドリスさん、本当はギルド本部から来た人だったんだって。ビックリしたけど、あの強さにもそれなら納得かな。

 まあそんな噂話を聞きながら、私達は混雑中の依頼掲示板の前に並んでいた訳だったんだけど……。



「おや? クーナさんではありませんか」


 不意に名前を呼ばれて、私は振り返る。そこには見覚えのある顔が、私に笑顔を向けていた。

 金髪に白いプレートメイル。女の子がキャアキャア言いそうな甘いマスク。それは間違いなく、以前一緒に仕事をしたベルファクトだった。


「お久しぶりです。またお会い出来て光栄ですよ」

「は、はあ……」


 鳶色の目を細めてニコニコと笑うベルファクトに、私は軽く後ずさる。この人、根っからの悪人ではないと思うんだけどところどころ言動が危ないんだよね……。


「どうした、クー……げ」


 隣のサークもベルファクトに気付き、苦虫を噛み潰したような顔になる。この二人、基本的には水と油の仲なのだ。


「テメェ……まだこの国にいやがったのか」

「私がどこにいようが貴様には関係ないだろう。クーナさん、この野良エルフに何か無体な扱いを受けてはいませんか」

「え、ええっと……」

「おい、何人の許可なくクーナと喋ってんだ」

「クーナさんは誰のものでもない。貴様に私とクーナさんの会話を遮る権限はない筈だが?」

「生憎クーナに悪い虫が付かないか見張るのも保護者の俺の役目でなあ?」


 二人の間に、火花が飛び散るような幻覚が見える。ただでさえ目立つタイプの二人が睨み合ってるものだから、周りの注目もだんだんと集まってきた。

 こ、これは……。私がこの場を纏めるしかない!


「サ、サーク、ベルファクトさん! とりあえず場所変えて話をしよう!」


 私は今にも取っ組み合いを始めそうな二人の手を必死に引っ張り、ギルドを後にしたのだった。



「……面目ない。ご迷惑をおかけしました、クーナさん」


 ひとまず前にも来たカフェに避難し、皆で出されたお水を飲むと、意外にもベルファクトが素直にそう言った。ちなみにサークはまだ、凄い目でベルファクトを睨んでいる。


「もう、二人とも、人前で喧嘩なんかしちゃ駄目だよ!」

「……チッ」

「その通りです。私とした事が、ついあちらの挑発に乗ってしまいました。心よりお詫びします」

「テメェ、然り気無く人に責任押し付けてんじゃねえぞコラ」

「ちょちょちょストーップ!」


 また喧嘩が始まりそうな雰囲気に、私は慌てて間に割って入る。そして、二人にジロリと睨みを効かせた。


「サーク、私の事心配してくれるのは嬉しいけどちょっとやり過ぎ! 男の人一人自分で対処出来ないくらい、私だって子供じゃないんだから! ベルファクトさんも、私だけじゃなくサークにも謝って! ベルファクトさんだって十分サークに失礼な事言ってるんだからね!」

「うっ……わ、悪かったよ……」

「はい……す、すまない、野良エルフ……」


 すっかり意気消沈して互いに謝罪を口にする二人を見ながら、小さく溜息を吐く。……本当、何でこんなに気を遣う事になってるんだろう、私……。


「……でも、あなたには是非もう一度お会いして、キチンと謝罪をしなければと思っていたのですよ、クーナさん」

「え?」


 やってきた紅茶を一口飲み、そう言ったベルファクトに思わず目を丸くする。そんな私に微かな苦笑を浮かべると、ベルファクトは話を続けた。


「商隊が死者の群れに襲われたあの夜、私はあなたを侮辱する事を言いました。それをずっと謝りたかった」

「……あー……」


 言われて思い出す。あの時ベルファクトは私とサークに肉体関係があると決め付けて、その上で私に迫ってきたのだ。

 確かにあの時は、私の中でベルファクトの評価が最低まで落ち込んだけど……。今は最初に思ったよりも、悪人じゃないって解ってる。


「その事ならもういいよ。でも! もう二度と女の子にあんな迫り方しない事!」


 人差し指をビシッと立ててベルファクトにそう返すと、今度はベルファクトが呆気に取られたようになった。そして――どこか可笑しそうに、破顔した。


「……自分より他の女性の心配とは、本当にあなたは変わった人だ。ええ。二度とあんな真似はしないとお約束しますよ」

「ケッ、どうだかな」


 毒づくサークを目で嗜めて、改めてベルファクトを見る。……何となくだけど、今のこの人は信じてもいい気がした。


「うん、約束だよ、ベル」

「!!」


 私が呼んだその名前に、ベルファクト――ベルの目が今度こそ大きく見開かれた。サークも信じられないものを見るような目で、私を見ている。


「ク……クーナさん。聞き間違いでなければ、今……」

「お互い蟠りが無くなったんだし、私達はもう友達! だからベルも、サークだけじゃなくて私にも敬語はナシだよ。私よりベルの方が年上なんだから」

「おいクーナ、正気か!? 何でこんな奴を……」

「私がいいって言ってるんだからいいの! それに私を通じてサークの事、エルフの事をもっと知って貰えたら、ベルのエルフへの偏見もなくなるかもしれないし」


 私にとっては、寧ろそっちの方が大きいかもしれない。サークだけじゃなく、この先どんなエルフと出会う事があってもベルが偏見なく接するようになってくれたら、私は嬉しいと思う。


「……」


 当のベルは、心ここに在らずといった感じで呆け続けている。流石に心配になって私が顔を覗き込むと……何故か思いっきり目を逸らされた。


「何でー!?」

「すみません……いやっすまない……クーナさん、あ、いや、クーナ、あまり私に顔を近付けるな……!」


 しどろもどろになりながら、ベルが体ごと私から離れていこうとする。……敬語を止めようとしてくれてる辺り、友達が嫌って訳じゃないんだろうけど、何だか訳が解らない!


「……その辺の危険人物が、マジモンの危険人物になりやがった……」


 それを見てサークがボソッとそう呟いたけど、その意味も私にはよく解らなかった。

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